29 January 2022

Two Pillars and System Stability

1.BEPS包摂的枠組みの国際課税に関する合意について、昨年末にふたつの短いものを書いた。それらが年明けに公刊された。

  • 法律時報1月号の時評では、同誌の最近の論説による問題提起を参照して、Pillar Two、Pillar One、より大きな問題、に触れた。Pillar Oneを評する文脈で、「新しい課税権を支える明示的根拠の不在は、今回の合意がはたしてどの程度国際課税ルールに安定性をもたらすものであるかについて、疑念を抱かせる材料である。」と述べた。(なお、より大きな問題に触れた部分は、とくに最後の段落が舌足らずで、AIやロボットが人の労働にとって代わったり、データを囲い込む勝者とそれ以外との格差が増大したりすることなど、大学のゼミでいろいろな本を学生の皆さんと会読したことが前提になっている。ミラノビッチのCapitalism, Aloneとか、ハラリの21 Lessonsとかのお話などは、言及も引用もできておらず、論が飛躍している感じを与えてしまうと思う。展開するのは今後の課題。)
  • ジュリスト2月号特集の一部では、この分野について継続的に取り組んでこられた先生方の前座として、21世紀に入ってからの国際協調の動きを概観し、その中に今回の合意を位置づけた。そのむすびの部分でも、「今回の合意がどの程度の強度で、今後どのくらいの期間、安定的な状態をもたらすかについては、歴史の審判に委ねざるを得ない」と記した。
2.ふたつの記事で安定性を問題にした理由。かねてより、OECDのプレスリリースなどで、この多国間合意が「国際課税システムに確実性と安定性を加えること」を目的としている、などといわれてきたことが念頭にあった

ここで、安定性の意味が問題。一国主義的なデジタルサービス税が世界中で施行され、これに対して米国が報復措置を加えるなどの経済戦争的状況が念頭にあるのか。ならば、Pillar Oneの国際合意とともに各国がデジタルサービス税をドロップすれば、それはそれで安定的な状態になる。

けれども、もうすこし深い意味で安定性をとらえたらどうか。1920年代の合意に代わる堅牢な安定的合意ができたのか。これはだいぶあやしい。むしろ、新たな基準作りに向けた議論のはじまりにすぎないのでは?

3.Andrus and Collierのこの記事(「2つの柱以後の移転価格と独立企業原則」)は、独立企業原則について積み残しの問題がたくさんあることを縷々述べたあとで、最後のページ(555頁)で、
sooner or later further changes to the income allocation rules will be necessary(遅かれ早かれ所得配分ルールのさらなる変更が必要になるだろう)

と、さらっと書いてある。彼らによると、

The key issue concerning the income allocation rules of the international tax system is the route to reestablishing stability in that system. Ultimately, we do not think any stability is going to be achieved in the absence of an engagement with the fundamental policy and technical questions we have set out and those that concern the viability of the arm’s-length principle. (国際税制の所得配分ルールに関する重要な問題は、税制の安定性を再び確立するための道筋である。究極的には、私たちが提示した問題および独立企業原則の存続可能性に関する根本的政策と技術的論点に取り組まない限り、安定性は達成されないと我々は考える。)

とのこと。たしかに、彼らのいうとおり、これからはPillar Oneと独立企業原則が併存する世界になる。それだけでも不安定といえそう。

06 January 2022

Master of Writing

立教大学の大学教育開発・支援センターが、Master of Writing/Master of Presentation レポートの作成・プレゼンテーションの準備というページを公表していた。たまたま浅妻教授のtweetでこれを知り、ためしに見てみたら、とてもわかりやすかった。名古屋大学のacademic skills guideも素晴らしい。東北大学学習支援センターのも、大阪大学全学教育推進機構のも、充実している。これだけサポート情報が供給されているのは、学ぶ側の需要がそれだけ大きいからだろう。高校を出て大学1年生になったばかりの段階で、ぼくもこんなのに接していたらどれだけよかったか。

そんなことを思って、雪がちらつく中、東京大学附属図書館のLiteracyをちらちらみていたら、レポート・論文作成支援というページが見つかった。おそらく以前からあったのだろうが、これまで見たことがなかった。その目次をそのままコピペすると、下記のとおり。

目次

「I.1.参考図書を読む」の参考図書リストには、ぼくのイチオシ本、戸田山先生の論文の教室があがっている。木下先生の理系の作文技術みたいに、なつかしい本もあがっている。さらに、経済史の小野塚先生がご自身のページにアップされているレポートの作成について、文章が熱い。法学界隈にも手を広げて、弥永先生の法律学習マニュアルとか、大村先生たちの民法研究ハンドブックとかも、リストアップしておいてほしかった。

ぼく自身も、論文執筆のお手伝いをしたり、ゼミでプレゼンの準備をしてもらったりするときに、稚拙な資料を当たり前のように自作してきた。自分の意見と他人の意見を明瞭に区別して書くことなど、何度も何度も話しているつもりなので、ゼミ生は耳にタコができているかと思いきや、「そんなの知りませんでした!」という感じの反応も多い。受動的に聴くだけでは身に付かないと言うことだろう。

ちょっと検索するだけで一般的にはこんなに情報が得やすい状況になっているのだから、ヒントを差し上げた上で、「自分で気に入ったのを見つけてごらん」と一旦ボールを投げてみて、メッセージが伝わったかどうか確認する、といったやり方に切り替えるべきかもしれない。工夫してみたい。

04 January 2022

租税法入門の韓国語版に、書評

もう1年近く前、2021年2月に、租税法入門第2版(有斐閣2018)を、安佐鎮判事が韓国語版にして公刊された(博英社2021)。全体を丁寧に翻訳してくださっただけでなく、500個を超える脚注を付して詳細な韓日比較を行うとともに、付録として日本租税法令の基本条文を翻訳された。日本語版が比較的ハンディーな本であるのに対し、韓国語版は物理的にもずっしりと重い本である。

このたび、釜山のキム・セヒョン部長裁判官が、租税法研究2021年12月号539-541頁に書評を寄せてくださったと知った。この書評は、2021年12月27日付の法律新聞でも紹介された。書評の日本語訳を拝読し、原著に対する過分なお言葉に恐縮する。同時に、安判事の日韓租税法に対する深く正確な理解や、「翻訳者としての中庸」を堅持される姿勢など、安判事のお人柄を知る者にとって、いかにもその通り、と膝を打つ指摘をうれしく思った。

この本の初版を日本で公刊したおりに、須藤典明判事の「租税法の明日を求めて」と題する書評に接し、感激したことを、昨日のことのように想い出す。他の方のご本をきちんと読んで、著者の気持ちを奮い立たせるような書評を書くことが、自分にはできるだろうか。