【この投稿の趣旨】
暗号資産の課税について、見通しの良いレビュー論文をゼミで会読した。Katherine Baer, Ruud De Mooij, Shafik Hebous, Michael Keen, Taxing cryptocurrencies, Oxford Review of Economic Policy, Volume 39, Issue 3, Autumn 2023, Pages 478–497, https://doi.org/10.1093/oxrep/grad035
本論文の著者は、IMFで長い経験を有する4名のエコノミスト。長所として、暗号資産の中でも特にどのタイプのものが問題になるかを見極めたうえで、基本構造に関わる論点とヨリ実際的な論点を腑分けしている。また、租税制度の実体的設計だけでなく、税務執行こそが大事な問題であることを強調している点は、おおいに共感できる。
そこで、このブログで本論文の概要を紹介し、暗号資産課税に関心を有する日本の読者にご覧いただきたいと考えた。
【本論文の構成】
I. Introduction
II. Context
III. Cryptocurrencies and tax design
IV. Evasion and revenue potential
V. The heart of the matter: implementation
VI. Conclusion
すなわち、Ⅱで本論文が対象とする「暗号通貨 (cryptocurrencies) 」を定義して、その性質や規模などを説明する。Ⅲで所得課税や付加価値税など、実体的な租税制度上の課題を指摘する。Ⅳで脱税と税収力の推計を示し、Ⅴで「問題の核心」と題して執行上の課題が暗号通貨特有の匿名性(取引内容は透明だが誰が取引主体であるかがわからない)にあることを指摘する。
【本論文の概要】
Ⅱで、暗号資産の中でも、TetherやBitcoinのような「暗号通貨(cryptocurrencies)」こそが、投資機能と決済機能を兼ね備え、民間で発行されるものであって、課税の基本コンセプトに関わる問題があると喝破する。
- これに対し、NFTsのようなsecurity tokensは通常資産のデジタル表象であって投資資産として扱えばよいし、CBDCs(中央銀行デジタル通貨)はデジタル形式の不換通貨であって通貨として扱えばよいとして、検討対象から省いている。
- 上記と区別された「暗号通貨」について、価格変動の乱高下を繰り返している事実を指摘したうえで、①取引主体がわからないこと、②取引内容が透明で公開されること、③領域を超えていること、という3つの特徴を示す。そのうえで、暗号通貨の取引形態を述べ、富裕層に保有が集中しているという推計を示す。
Ⅲは、実体的な税制設計上の課題について述べる。
- 所得課税について、株式や社債のような資産として扱うのか、それとも、(外国)通貨として扱うのか、という根本問題があるという。これによって、たとえば、キャピタルゲインとして課税するか否かといった点が変わってくる。
- 付加価値税の核心構造については大きな困難がないとしつつ、価格変動・租税逋脱・越境取引といった実際上の困難があること、マイナー(miners)の受け取る報酬について明確な指針が必要であること、を指摘する。
- 外部性との関係では、暗号通貨が金融政策や外為措置の効果を減ずることに対処するための金融取引税類似の課税と、暗号通貨PoWが膨大なエネルギー消費を必要とすることから環境負荷を減ずるための炭素税に、言及する。
Ⅳは、脱税と税収力に関する文献レビューである。
- 暗号通貨は脱税よりもそれ以外のハードコアな犯罪との関係での推計のほうが比較的に知られているとする。
- これに対し、脱税については、①脱税の経済モデル(Allingham and Sandmo (1972))において、現金と比べた暗号通貨の取引コスト、価格変動の大きさによるリスク、という考慮要素があるとする。②暗号通貨を用いた脱税の規模については、ほとんど証拠がないとする。③暗号通貨取引に係る納税の推計をいくつか挙げている。
- 税収力については、紹介を省略。
Ⅴは、問題の核心が実装(implementation)にあるとする。その意味するところはⅣの指摘の延長で、要するに、税務執行こそが問題の核心であるということである。
- 匿名性(anonymity)が問題だ。かつて、課税当局の問題は、「あなたが誰かは知っているが、あなたの取引は知らない」だった。しかし、暗号通貨については、「あなたの取引は知っているが、あなたが誰かを知らない」という問題がある。つまり、取引の同定よりも、取引を特定の主体に結びつけることに困難がある、というのである。
- それでは、課税当局は偽名使用(pseudonymity)にどう対処するか。マネロン規制(AML)の本人確認はあるが、AML情報だけでは課税目的には十分ではない。OECDは暗号通貨について国際的情報交換の枠組み(CARF)を設けようとしているが、分散型取引所(DEX)やpeer-to-peer取引をカバーしないという問題がある。
- 付加価値税との関係では、暗号通貨を用いて消費者に対する最終売上を過少申告するリスクや、逋脱への利用が問題である。
【増井のコメント】
以上みてきたように、本論文は、手際よく既存文献をレビューし、明確な見通しを与える。分量も適度である。もっとも、ほめているだけでは「増井は批判的読解ができているのか」とお𠮟りを受けそうなので、いくつかコメントしておこう。
- 暗号通貨の実態に関するハードな証拠は、このレビューを見る限り、まだそれほど集まっていないようである。Ⅳで紹介されている推計にはかなりのブレがあるし、これから暗号通貨がどの程度・どのように使われていくかによって変化していくだろう。本論文がmoving targetを追いかけていることに注意が必要である。
- 本論文は、security tokensとCBDCsについては、自覚的に考察の対象外とする。それによって暗号通貨特有の「投資と決済の二面性」という中心課題があぶり出されている。他方で、NFTsやCBDCsについてもそれ自体として課税問題があるわけで、別途、実態解明と論点整理のレビューがほしい。
- 付加価値税に関する記述には展開の余地があるかもしれない。本論文は、Ⅲ(ii)で、バーター取引を念頭において、付加価値税では、供給(日本流にいえば「課税資産の譲渡等」)が法定通貨でなく「対価(consideration)」との関係で表現されており、暗号通貨がこの「対価」に当たる、という理由によって、税制の核心構造については大きな問題がないとしている。しかしこのこと自体は、日本の所得税法の収入金額に関する規定を考えると、所得課税でも同様ではないか。また、この部分で言及している実際上の諸々の困難は、結局、あとのⅤのところで執行上の問題として再燃しており、これこそがまさに「問題の核心」なのではないか。
- 偽名使用への対処策が発展途上である。これからどうしていけばよいか。工夫のしどころである。将来のことは鬼が笑う話だが、消費者が財やサービスを購入するときに暗号通貨を決済手段として用いることが一般化すると仮定しよう。もしそのようになれば、匿名性の問題に対処できなければ、付加価値税の執行は大きなリスクにさらされるであろう。
- 本論文が指摘していない執行面の論点として、租税徴収の問題がある(ゼミ生の指摘による)。差押え→換価→配当という国税徴収法の伝統的な仕組みが、匿名性があり、国境を超え、価格変動の激しい暗号通貨にどうフィットするか。
【文献に関する注記】
なお、本論文は、Oxford Review of Economic PolicyのTaxing the rich (more)という特集の一部である。特集の全体は次の4部構成であり、この中で、Part Iに配置されているのが本論文であった、というわけ。
Part I: How are the rich taxed now?
Part II: How do the rich react to attempts to tax them more?
Part III: Reforms to tax the rich more
Part IV: Legal and political hurdles to taxing the rich more