Inequality: What Can Be Done?で,2015年に刊行された。同年中に山形さんたちの日本語訳が出た。
この本は,第1部で不平等の拡大をデータで示して診断を下し,第2部で所得分布をより平等な方向へと転換させるための15の提案を行い,第3部でこれらの提案の実現可能性を検討している。ゼミではこの順番で毎週別のレポーターをたて,それぞれのテクストをめぐって議論した。そのせいだろうか,第3部の粘り強さが印象に残った。
第3部は,3つの論点を扱う。
- パイの縮小?Shrinking the Cake?
- グローバル化のせいで何もできないか?Globalisation Prevents Action?
- 予算は足りるだろうか?Can We Afford It?
そして,いずれについても楽観論が成立しうるという見通しを示す。教授によると,グローバル化も技術革新も,それに対して何も手が出せないような代物ではなく,私たち自身がそれに対して能動的に働きかけることができる。グローバル化の下での税制に関する個別の記述については,課税情報交換やBEPS行動計画に接している私のような者からすると,いくつか留保をつけたいところもないではない。しかし,この本のメッセージの中で一番大事なのは,根っこのところでのこの楽観的見通しだろうと思う。分配の問題を議論するときに,現実世界の制約可能性を考えると,無力感を抱きがちになる。この本は「じっくり考えるとそうでもないよ」と語り掛け,球を打ち返そうとしている。
アトキンソン教授は2017年1月1日に亡くなった。この弔辞を読むと,2014年に不治のガンであるとわかり,急いでこの本を書いたという。ハンブルグの貧困地域の病院で6か月看護師のボランティアをした,という若いころの話からはじまっていて,どういう人だったかが浮かび上がってくる。自由主義的でときに辛辣なThe Economist誌が,ここまで敬意あふれるあたたかい弔辞を書いている。その後のこの論文集が教授にささげられているのも,うなずける。
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