アムステルダムのIBFDで、国際課税で博士論文を書く人のための会合に顔を出してみた。いわゆるDocMIT、正式名称はDoctoral Meeting of Researchers in International Taxationだ。2日間で15本の博士論文(の卵)について、それぞれ20分で研究計画をプレゼンし、30分で教授陣からコメントを受けていた。
どうしてこういう会合をはじめたか。以下のような考慮があったという。博士論文を書く人は普通、一つの大学で一人の指導教員と向き合って執筆準備をしていく。でも、同じような問題意識を持って論文を書こうとしている人が他の大学にいることもあるし、教員側からみても複数の眼からみることによってより多角的かつより深い指導ができる。だったら、ちょっと規模を広げて研究会の形にし、みなであれこれ論評しあうのが有益ではないか。こういう考え方から始まったという。もう何年も続けているとのこと。
今回の参加者はEU域内の大学だけでなく、英国(ケンブリッジ)や豪州(メルボルン)からの人もいた。EU域内の大学で論文を書いている人で、アンゴラやバングラデシュからの参加者もいた。日本の大学の博士課程からの参加者はいなかった。
トピックはさまざまで、G20各国と低所得国との間の租税条約の機能とか、EU財源のための目的税の提言とか、EU法と国際法が衝突する場合に加盟国のとるべき手段とか、CSRと租税回避に関する実証研究のレビューとか、租税誘因措置がASEAN統合の中でどうなっていくかとか。必ずしも国際課税ではなく、税制とジェンダーに関する報告もあった。研究手法もさまざまで、法律や判例を整理していく伝統的な法学のやり方だけでなく、社会学的なものとか経済学的なものとか、いろいろあった。若い研究者たちがどういうトピックに関心をもっているのかを垣間見ることができたと思う。
議論の中身は日本の大学での研究指導と変わらないところが多かったと思う。必ず質問が出たのが、research questionが適切に定式化されているかどうか。ぼく自身もつねづね、「適切な問いを立てることができればもう8割方できたようなもんですね」と公言しているので、これにはまったく違和感がなかった。
欧州の大学でもやはりそうなっているのか、と感じたのが、ひとまずたてた作業仮説を論証するために用いる方法が適切かについて、かなり自覚的な議論がされていたこと。つまり、research methodに関する反省だ。一例をあげれば、インドネシアの方のある博士論文の立てた問いが、伝統的な法学の手法によって処理できるものなのか、率直な疑問が呈された。あなたの論文で本当にやりたいことは国際関係論の専門家の指導を仰がないと、きちんとした形にならないのではないか、という指摘である。こういう指摘は外部からならではのものかもしれない。
セッションのあと、その方とすこし話をする時間があった。ASEANを対象にする場合には、EU法のような法的枠組みにのっけた議論が難しい。方法論上の限界はわかっているのだけれど、ちょっと苦労しているのです、と教えてくれた。その方のもともとのresearch questionは、Pillar 2の下でインドネシアの租税誘因措置をどうしていくべきか、というものだったという。所属先の指導教員の助言により、それだけではひねりがないということで、ASEAN統合との関係に視野を広げてきたとのこと。その状態のものをここに持ってきたら、「それってあなたの手持ちの方法で料理できるのですか」と問われたというわけ。ここからどうするかがまさに大事な課題。外部指導教員のsecond opinionのような形をどこまでとることができるかは、もちろん所属大学でのアレンジメントの問題。research questionをうまく工夫して修正してくことで、見えてくるものがあるかもしれない。どういう風に進めるにせよ、この方にとってなかなか得難い機会になったものと思う。
今回のDocMITには豪華なおまけがあった。
なお、上記のDocMITと並行して、ポストドクターの人たちの会合があり、AIを用いる場合の課税庁の説明責任について激論が戦わされるなど、いろいろ面白いことがあった。また、本来、ぼくがこのこれらの会合に顔を出したのは、お世話になった方の退職記念セミナーに出るためだったが、これについてはもう書く時間がない。これからスキポール空港に向かう。