15 October 2025

森田果(2020)Chapter 1を使って対面授業開始

 駒場(東大教養学部)の1年生130名とともに、「法Ⅱ」と題する法学入門の対面授業を開始した。先週はオンラインで、ゲストとして元ゼミ生の方におこしいただき、ファイナンスの分野がどういうものであるかや、米国系投資銀行と日本系メガバンクの企業風土の違い、インハウス・ローヤーの仕事の醍醐味など、いろんなお話をうかがうことができて、ホストの私も楽しかった。

今日は、森田果(2020)のChapter 1を読む回。小雨模様の中、朝1限から熱心な学生さんたちが前列に陣取っている。Chapter 1の内容は、法ルールの基本型が「要件と効果」のセットから成ること、法ルールが人々の意思決定や行動に影響する「インセンティブ」を与えること、法ルールは人の行動を変化させるためのツールだという見方、など。明確な方法論的自覚に基づき、法道具主義を前面に押し出す叙述が快い。論旨が一貫している。しかも、そのことについて自覚的であるため、法道具主義以外の法の見方との対比もやりやすい。

さて、森田(2020)Chapter 1のコアは、法ルールがいかに人の行動を変化させるかを、3つの興味深い実証研究をもとに、活き活きと語っている点だ。

①NYでの外交官駐車禁止の事例は、Fisman el al. (JPE, 2007)を素材としている。これは、法執行が効果的に人の行動を変化させた例だ。とりわけ、各国外交官の駐車禁止ルール違反と、それら外交官の出身国の腐敗度指数との相関関係を検討する点は、議論のしがいがある。

教室では、「日本の外交官がサンクションなくしてルールを遵守していたのはなぜ?」という問いをフロアに投げて、議論してもらった。国民性だ、という回答が複数あった。これは、各国比較におけるより普遍的な論点だと思う。すなわち、各国の違いを生む要因として重要なのは、制度(institutions)なのか、文化(culture)なのか。この点、久米郁男(2025)によると、文化論的説明の問題点として、ステレオタイプの誤り、N=K問題(説明されるべき事例の数Nと説明の数Kが等しいためどの国のことも説明できる説明方法になってしまうという問題)、トートロジー、がある。森田(2020)は、評判や習慣による説明を示唆しており、文化論的説明を避けていて、さすがに一貫している。

②福島県立大野病院事件の事例は、Morita (IRLE 2018)に依拠している。検察官の起訴が強すぎる効果をもたらした例だ。この論文の題名Criminal prosecution and physician supplyの通り、のちに無罪になったにもかかわらず福島県内の産科医師供給にインパクトを与えてしまった。自分で手掛けた実証研究で法学入門書の巻頭を飾るなんて、ちょっとうらやましいくらいかっこいい。

教室では、サンクションのさまざまについて補足した。刑事罰以外の、社会的制裁(評判など)や民事損害賠償などである。

③延長保育の社会実験は、これも著名なGneezy & Rustichini (JLS 2000)を素材としている。A Fine is a Price(罰金は代金だ)と題するイスラエルの延長保育の実証研究で、罰金制が逆効果をもたらした例。親が保育園児の引き取りにくるのが10分遅れるごとに、子ども1人につき10NIS(当時のレートで300円くらいだろうか)を「罰金」として保育園に支払う、ということにした。ねらいは、それによって延長保育を減らすことにあった。しかし、かえって延長保育の利用数が増えてしまった。「罰金を支払えば延長保育を依頼してもいいんだ」と親が考え方を変えてしまった。つまり、罰金のつもりで導入したのに、「それを支払えば延長サービスを提供してもらえる」代金として機能してしまった、というのだ。

教室では、延長保育について、次の投票を挙手でやってみた。「お迎えは18時までです。遅れたら、ペナルティーとして1000円支払っていただきます。」A遅れない。B遅れる。の2択。結果は分かれた。急ぎ足で、Metcalf et al. (2020)のビネット調査で、Gneezy & Rustichini (2000)の結果を再現できなかったことや、社会科学における追試の難しさなどを補足。

最後に、このケースで延長保育を減らすにはどうすればよかったかを、教室の皆さんに議論してもらった。お迎え最終時間を一律に20時まで遅くして保育料を引き上げる、3回お迎えが遅れたら翌日には子どもを預からないルールにする(サービス停止)、お迎えが遅れた翌朝のお預け時間を遅くする、など、いろんな意見が出た。提案者たちもそれぞれの長所短所を認識していて、さらに議論ができそうだったが、そろそろ授業時間が終わりになる。

それでも、まとめのところで、いくつか質問が出た。帰結主義と異なる義務論的な構想とか、刑事罰の目的としての抑止と応報とか、法制度のもたらすインセンティブが罰則や行政命令などネガティブなサンクションに偏っている感じがするのはなぜだろうとか(これに対しては給付金とか褒章制度とかポジティブなインセンティブ付けも結構あることを指摘)、人間の精妙な認知能力に働きかけるnudgeとかアーキテクチャによる行動制御とか、あれこれ議論できた。対面1回目にしては悪くないスタートだったように思う。森田(2020)を教科書指定したおかげだろう。そうはいっても、冬の1限に出てくるのは夜の遅い若者たちにとって大変なチャレンジだ。次回に出席者が激減していないことを望みたい。

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