The Economist誌2020年11月21日付けBriefingの,次の記事である。
A grand bargainその論旨はおおきく,3段から成る。
1)ITにおける米国の覇権に中国が挑戦しているとの認識の下で,トランプ政権はHuawei排除などdecouplingに動いたが,今後の米国はEUやインド,日本などと組むべきだ。米欧対立は競争・課税・プライバシーなど多くの局面で存在するが,妥協の余地はある。国が私企業のようにふるまう傾向を放置すると,インターネットの分断(splinternet)によりデジタル保護主義が蔓延してしまう。
2)こういう背景のもとで,いまこそ,大きな取引(a grand bargain)が必要だ。欧州は米IT企業の権益を保障し,その代わり,米国は規制や課税などを受け入れる。問題はそれをどこまで公式のしくみにするか。
3)妥協に至るのは難しい。しかし,二国間協定やゆるい協力よりも,より頑健で(robust)で特化したアプローチが必要だ。たとえばWorld Data OrganizationとかGADD(General Agreement on Data and Digital InfrastructureつまりデジタルインフラにおけるGATT,これなども参照)のようなもの。
この記事が英国の視点から書かれていることに注意は必要である。2)でいう「大取引」の妥協の内容などは,欧州にとって虫のいいことをいっているような気がしなくもない。しかし,なかなかよく取材してある。かつての地政学は地理的領域を基礎にしていたところ,デジタル化の進んだいまや,分析の単位はプラットフォームである,という指摘(第16段落)などは,なかなか秀逸だ。21世紀前半における体制選択が,技術の在り方にかかっている。自由な民主主義を掲げる国々が,どうやって協調路線を組むか。第12段落や第13段落では,Robert Knakeのdigital trade zoneや,それよりもよりゆるやかな提案として,日本のAPIが米のCNASと独のMERICSとともに打ち出したtechnology allianceに言及している。G20で2019年に打ち出されたOsaka Trackや,Global Parthership in AI(これに関する日本の記事)なども,「大取引」にむけての萌芽として言及されている。
問題はもちろん,3)で論じられているように,「本当に現実化するのか?」だ。この記事は,最後の第34段落で,1944年にブレトンウッズ体制ができたことを引き合いに出して,コロナは世界大戦とは異なるものの,コロナ渦を生き延びることが十分な動機付けを与えるかもしれない,と結んでいる。「幸運に恵まれれば(with luck)」という修飾語つきではあるが。
デジタル経済をめぐる国際課税の動きについては,これまで,巨大IT企業のレントの争奪戦という見地から,Joseph Bankman, Mitchell Kane & Alan O. Sykes, Collecting the Rent: The Global Battle to Capture MNE Profits, 72 Tax Law Review 197 (2019)が導きの糸のようにぼくは思っていた。これに対し,今回のこの記事は,技術圏(technosphere)をめぐる地政学的文脈に光を当てている。よくよく考えなければならない。