12 December 2020

租税行政3.0

OECD (2020), Tax Administration 3.0: The Digital Transformation of Tax Administration

これは,2020年12月の税務長官会議(FTA)でリリースされた文書である。経済社会のデジタル化が進む中で,税務執行のDXを構想する。

Tax Administration 3.0という表現は,次の3段階を意識している(7頁)。

  • 租税行政1.0 紙ベース,手作業,タコツボのプロセス
  • 租税行政2.0 デジタルデータ,デジタル分析ツール,政府の他部局・民間部門・外国との協働
  • 租税行政3.0 納税者の用いるシステムの中に課税プロセスを組み込む

→つまり,現在到達しつつある2.0から一歩進んで,3.0にバージョンアップし,次のような段階を構想するのである(12頁)。

  • 納税が人々の生活や事業活動に統合されたシームレスな経験となる
  • デジタル・プラットフォームが租税行政のエージェントとなる
  • 税務執行がリアルタイム化する
  • 透明なプロセスの下で納税者は賦課徴収をチェックする
  • 政府一体のアプローチをとる
  • ハイテクに適応する人材・組織にする
→そして,こういう段階に至るために何が必要であるか,その構成要素を示している。章立ては次のとおり。

  • 第1章「租税行政3.0への旅」は,租税行政の現況をみて,その構造的限界を指摘し,DXにより何が可能になるかを示す(9頁以下)。
  • 第2章「燃えるプラットフォーム」は,いまなぜDXを検討すべきかを述べる(17頁以下)。理由として指摘するのは,仕事の変化,新しいビジネスモデル,グローバル化,技術の変化,社会の期待である。
  • 第3章「租税行政3.0の実際」は,租税行政の未来像を物語タッチで描く(25頁以下)。
  • 第4章「租税行政3.0の構成要素」は,6つの構成要素を提示する(34頁以下)。それらは,1. Digital identity(37頁),2. Taxpayer touchpoints(41頁),3. Data management and standards(44頁),4. Tax rule management and application(48頁),5. New skill sets(52頁),6. Governance frameworks(57頁)である。

この文書自体は特定の方向を打ち出すものではない。ロードマップの作成などはあくまで次のステップとされている。しかし,税務執行が今後どういう方向になっていくのかを,「租税行政3.0」という言葉で大胆に提示している。国税庁の「税務行政の将来像~ スマート化を目指して ~」とも方向が一致し,税務職員にとっては必読の文献が出たといえよう。のみならず,税理士業務や企業税務に携わるプロにとって,今後はどういうスキルセットが重要になるかを示す道標になる。研修の教材にも使える。税務のプロでなくとも,第3章の仮想未来の物語などは,個人納税者のMaryや,法人を設立するKim,多国籍企業のSmart Falconといった設例になっていて,読んでいて楽しい。DXとかリアルタイムとかいうといかにも新規そうな感じがするが,じつは,多国籍企業の移転価格に関する課税庁のモニタリングなどはそのような動きを先取りしているのかもしれない。

個人情報保護をはじめいろいろ検討すべき点があると思う。ここでは1点だけ。この文書にはノルウェーやオーストラリア,シンガポールなどからのインプットが記されている。これに対し,日本の実務の中にも,各国の参考になるものが多々あるはずである。日本の国税庁がそれらを対外発信して国際的な対話を行っていくことも,今後の租税行政3.0にふさわしい仕事ではあるまいか。