19 June 2024

Graetz教授の『破壊する権限』

 Graetz教授の新著『破壊する権限―いかにして反税運動がアメリカを乗っ取ったか』(2024年、Princeton University Press、本文265頁、謝辞と注と索引つきで359頁、日本語訳なし)は、啓発的な書物である。この書物において、Graetz教授は、反税運動が米国政治を支配するようになった壮絶な過程を描き出す。反税運動は、1978年カリフォルニア州のProposition 13を起点に、1980年大統領選挙を経て米国政治の中枢へと広がり、停滞期を経て、1997年以降の米国を支配するに至った、と主張する。その筆致は冷徹であり、登場人物の言動は劇的であり、描かれる像は陰鬱である。

「第一部 離陸(1978-1981)」は、反税運動が米国政治の中枢に広がった数年間を描く。1978年のProposition 13は、カリフォルニア州憲法を改正して州の財産税を制限した。この動きは、共和党右派のHaward Jarvisが巻き起こしていた。人種別学を退けたBrown事件最高裁判決の後、内国歳入庁(IRS)は人種差別を理由にBob Jones大学などの免税適格を剥奪したところ、これに反発した猛烈なIRS叩きがはじまり、キリスト教福音派が反税運動に加わった。サプライサイド経済学がケインジアン経済学に取って代わり、1980年大統領選でレーガンらの支持を得た。この動きはレーガン政権第1期に1981年大減税をもたらし、巨大な財政赤字が発生した。

「第二部 乱流(1982-1994)」は、振子が逆に傾き、財政赤字の抑制を試みる時期である。1982年と1983年の増税を経て、1986年税制改正は税収中立的改革であり、民主党の課税ベース拡大と共和党サプライサイダーの税率引き下げとの難しい結婚だった。この中で、Glover Norquist, Newt Gingrich, Rush Limbaughの3人組による反税運動が激化する。1988年大統領選で共和党のGeorge H. W. Bushは「Read my lips: no new taxes」と発言した。しかし、大統領就任後にGramm-Rudman-Hollings法の下で増税を余儀なくされたので、これを公約違反であるとしてGingrichらが攻撃を加えた。1992年大統領選で民主党のBill Clintonは「New Democrats」の「a third way」を標榜したが、就任後はエネルギー税(BTU Tax)の廃案に追い込まれた。1994年にGingrichは「The Contract with America」を発表し、1995年には下院議長に上りつめる。大統領と議会の対立が激化する中、1995年11月には政府閉鎖(shutdown)が生じた。

「第三部 復活 (1997-2023)」は、反税運動が復活し米国政治を乗っ取る過程である。民主党Clinton政権の下で、共和党が反税集会を開き、IRSの権力濫用を言い立てる宣伝を続けた。Graetz教授は、Bill Clintonの「三角測量(triangulation)」政策が長期的目標を見失わせた、としている。2000年大統領選で共和党のGeorge W. Bushが選出され、遺産税の廃止、2001年法人税減税などが行われた結果、1990年代の財政余力が浪費された。世界金融危機を経て、2009年1月から民主党のBarack Obama大統領が政権をとり、Tea Party Movementが起こった。2008年選挙戦でObamaは「年収25万ドル以下には増税しない」と公約しており、この制約の下で2010年の財政の崖(fiscal cliff)を迎えた。2016年大統領選挙で共和党のDonald Trumpが選出され、2017年12月に巨大な大減税法案Tax Cuts and Jobs Actが成立した。2020年大統領選挙で勝利した民主党のJoe Bidenの下で、2020年にコロナ対応でAmerican Rescue Actが成立する。2022年Inflation Reduction Actは富裕層課税を実現しなかった。党派を超えた合意が不可能になる中で、共和党は一切の増税を拒否し、民主党は富裕層課税しか提案しないという状況に至った。

本書の表題は、McCulloch v. Maryland, 17 U.S. 316, 431 (1819)のChief Justice John Marshallの有名な一節からきている。

“The power to tax involves the power to destroy; the power to destroy may defeat and render useless the power to create.”

Graetz教授は、本書の記述を終えるにあたり、この一節を引用したうえで、次のように結んでいる。

So, it turns out, does the power not to tax.


この書物は、米国税制に関心のある人にとってはもちろんのこと、より広く、どうしてアメリカ社会がかくも分極化してしまったかを知りたい人にとって、参考になるであろう。租税法を専門とする私は、非営利団体の免税適格をめぐる紛争の背景がここまで突っ込んで描かれていることに、軽い衝撃を受けた。また、1986年税制改革の評価について、Graetz教授がかなり突き放した態度をとっていることについても、いささか感ずるところがある。インサイダーならではの記述には、学ぶところが多い。

しかし、ではどうすればよかったのか。Graetz教授は、終章「アメリカ例外主義の終焉?」において、反税運動の問題点を列挙する。いわく、減税が必ず歳入増をもたらすなどの誤った信念に固着していること、自由について一面的な見方をとっていること、人種的反感を煽り立てること、遺産税を「死の税」と呼ぶなどして世論を枠づけること、公害対策のためのバッズ課税のような価値ある政策手段を排除すること、支出の代わりに特別減税を用いること、国債利率上昇の危険を招きアメリカの資金を海外に逃がすこと、増大する不平等を幇助すること、である。その告発は怒りに満ちており、怒りはもっともである。問題は、出口がどこにあるかである。