先物取引の差金等決済に係る損失の繰越控除が争われた。納税者は,給与所得者であり,先物取引の差金等決済についてずっと無申告だった。平成26年11月に税務調査があり,納税者は,平成20年分の損失を平成21年に繰り越すことを求めた。課税庁は,平成20年分の所得税は法定納期限から5年を経過しているから時効により期限後申告をすることはできず,したがって損失を平成21年に繰越できないとした。
原審の千葉地判平成30年1月16日は,国税の徴収権の時効消滅(税通72条)について,納税者が時効の利益を受ける意思があるか否かを問わず絶対的に消滅するとしたうえで,税務署長による「決定がなされない場合であっても,当該申告の対象となる国税の時効期間が経過し,抽象的な納税義務が消滅し,具体的な納税義務の内容をおよそ確定することができなくなったときには,期限後申告ができなくなる」と判示し,繰越を認めなかった。
東京高判も同じ結論であるが,理由付けとして,原審のあげる「消滅時効の絶対的効力の観点」に加えて,「実質的観点」を付加している。すなわち,「国税の徴収権の消滅時効の期間が経過して徴税権がなくなり,課税庁が,提出された確定申告書等に誤りがあるかどうかを調査できず,更正又は決定ができない時点に至っても,仮に確定申告書等の提出を許すこととすると,課税庁としては申告書の記載をそのまま認めるしかないことになってしまい,課税の適正・公平が確保できないことになる」という。
つまり,
原審の千葉地判平成30年1月16日は,国税の徴収権の時効消滅(税通72条)について,納税者が時効の利益を受ける意思があるか否かを問わず絶対的に消滅するとしたうえで,税務署長による「決定がなされない場合であっても,当該申告の対象となる国税の時効期間が経過し,抽象的な納税義務が消滅し,具体的な納税義務の内容をおよそ確定することができなくなったときには,期限後申告ができなくなる」と判示し,繰越を認めなかった。
東京高判も同じ結論であるが,理由付けとして,原審のあげる「消滅時効の絶対的効力の観点」に加えて,「実質的観点」を付加している。すなわち,「国税の徴収権の消滅時効の期間が経過して徴税権がなくなり,課税庁が,提出された確定申告書等に誤りがあるかどうかを調査できず,更正又は決定ができない時点に至っても,仮に確定申告書等の提出を許すこととすると,課税庁としては申告書の記載をそのまま認めるしかないことになってしまい,課税の適正・公平が確保できないことになる」という。
つまり,
- 消滅時効の絶対的効力の観点
- 実質的観点
というふたつの理由付けが提示された。
前者について,品川芳宜・判批・T&A Master 773号15頁 (2019年) 23頁は,国税通則法が期限後申告または修正申告について明示的に期限を定めているわけではないことから,「納付すべき税額が生じない期限後申告又は修正申告については,国税の徴収権の消滅時効と離れて弾力的に解す余地がある」として,「本件のような場合に,期限後申告書の提出を徴収権の時効消滅後であっても認める余地があるようにも考えられる」とする。
→これは,徴収権が消滅したあとでも,納税者と国の間の租税法律関係は残存しているという理解を前提にしているように思われる。そうではなく,5年たてば基礎となる法律関係が消滅し,繰り越すべきであった観念的な損失自体が消えてしまう,というのが,原審判決の「抽象的な納税義務が消滅」するという判示部分の意味であったのではないか。ややドグマティックな感じを与える議論ではあるが。
後者の実質的観点に対しては,品川説の立場から,「平成21年分の申告内容を税務職員が調査する一環として,平成20年分として計上された損失の金額が正しいかどうかを審査すればよい」という反論がなされる。平成20年分の期限後申告という手続はすっとばして,直接に21年分をみる。あくまで21年分の申告内容をみているだけであって,20年分に遡っているのではないという理屈である。
→この反論の立場にたったとしても,平成20年分の損失の金額に誤りがあり,調査してみたら実際には黒字だったという場合には,国税の徴収権は時効消滅しているから,20年分についての決定はできない。つまり,損失の繰越という局面でのみ,20年分の申告内容をチェックするということになる。うーむ,なかなか弾力的な解釈。
→実質的観点に対するこの反論をきらうならば,結局,前者のドグマティックな議論でおすのが,簡明か。あたかも,膨張する宇宙の向こう側がこちらの世界からは観測不能であるように,時効消滅した以前のことにはノータッチであらざるをえない,とわりきるのである。
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