10 August 2025

宇賀古希記念論文集

1.行政法の理論と実務ー宇賀克也先生古稀記念が公刊された。行政法総論、行政救済法、行政組織法と地方自治、行政法各論と租税法、の4部構成。

2.寄稿の機会をいただき、私は「タックス・ギャップ推計の有用性」を論じた。基準時は原稿締切の2024年7月末。その後、現在までの1年でいくつか展開があったが、次の文献が重要と思う。ひとつは森信茂樹・わが国でも「タックス・ギャップ」の本格的な議論をであり、申告書の個票データを利用した学術研究に触れつつ、「条件は整いつつあるので、タックス・ギャップに関する本格的な議論を進めていく必要がある」とする。 

3.いまひとつは、藤岡祐治・徴収の制度設計についての理論的検討(租税法研究53号所収)であり、行動変化に関する税収弾力性(BETR)の枠組みを参照して、tax compliance gap最小化が制度設計の目的とはならないこと、制度設計にあたり徴税費用・納税協力費用の考慮が重要であること、を指摘する。もっともである。私の論文でも「やみくもな執行強化が資源配分や所得分配の上で最適であるわけでもない(1016-1017頁)」と述べた。これに対し、BETRは社会全体の資源に着目して精密なモデルをたてている。

4.なお、私の論文ではある時期の国会における特定のやりとりを念頭において、そこで前提とされていた「推計なければ増税なし」という考え方に大きな問題があると主張した(1016頁)。この主張は、上記3の藤岡論文が租税実体法との連続性を念頭に置いた徴収の制度設計を志向することと、なんら矛盾しない。むしろ、どの程度の徴税費用・納税協力費用をかけてどの程度の「もれ」が生じているかを定量的に測定することは、BETRのような枠組みを活かしていくために必要なステップというべきであろう。

5.ついつい自分の論文のことばかり書いてしまった。この論文集には興味深い論文が並んでおり、手に取るとついつい時間を忘れてしまう。日光太郎杉事件はこんな歴史的文脈で下されたのか、と引き込まれる。行政の実効性確保について、各措置の作用機序を明確にして分類する努力が不足しているという指摘に接すると、この指摘は法道具主義や行動主義との関係でも展開可能性があると思う。宇賀先生の記念論文集だけに国家賠償に力がこもっているのは当然かもしれないが、相互保障主義について歴史をたどって国賠法6条を違憲と断案する論文は特に印象的。

6.以下に目次をコピペしておこう。
第1部 行政法総論
  行政法の基礎理論
 「民間」による社会のデジタル化と行政法理論………………………飯島淳子
 騒音被害に対する行政法と民法の連携………………………………大橋洋一
 さらば行政法……………………………………………………………折橋洋介
 行政上の基本法制の整備と課題……………………………………北島周作
 シャルル・アイゼンマンの国家作用論 ………………………………小島慎司
 法的空間としての海・宇宙・サイバー ………………………………櫻井敬子
 行政法総論体系と「法的仕組み」……………………………………橋本博之
  行政活動の法的仕組みと行為形式
 表現にかかわる自主規制と公法学の新たな役割 …………………板垣勝彦
 複数処分間の適法要件・違法事由・処分庁の判断権限の関係……興津征雄
 「解釈裁量の否定」とは何を意味するか ……………………………角松生史
 原子力発電所の安全性に関する「社会通念」の検討………………桑原勇進
 中国における計画の体系化と都市計画法の変革 ………………………肖軍
 日光太郎杉判決………………………………………………………高橋信行
 行政機関による法解釈における裁量の存否…………………………船渡康平
  行政情報法
 オーストリアにおける情報公開制度の展開……………………………大江裕幸
 通信の秘密・再訪………………………………………………………宍戸常寿
 秘密と記録………………………………………………………………田尾亮介
 我が国におけるデジタルID普及の展望………………………………髙野祥一
 公的部門に対する個人情報保護法の執行……………………………巽 智彦
 行政情報法における法制度設計と立法準則・試論……………………横田明美
  行政の実効性確保
 行政の実効性確保論の再考……………………………………………中川丈久
  行政手続
 電子規則制定(E-Rulemaking)と公衆参加の強化……………………常岡孝好
 子どもの意見表明権と適正手続の保障………………………………横田光平
第2部 行政救済法
  行政上の不服申立て
 行政法学における苦情処理の位置づけ………………………………徳本広孝
 行政庁の調査義務と行政不服審査……………………………………中原茂樹
  行政訴訟
 行政冤罪の基本構造……………………………………………………岩橋健定
 行政契約と行政訴訟 ……………………………………………………王 天華
  国家賠償
 規制権限不行使事案における保護対象論……………………………金﨑剛志
 国家賠償法6条の相互保証主義 ………………………………………斎藤 誠
 熊本水俣病事件における食品衛生法適用問題 ………………………島村 健
 連邦コモンローの不在と権力分立原則 ………………………………玉井克哉
 営造物責任における瑕疵要件と因果関係要件の交錯 ………………土井 翼
 国家賠償法2条に関する覚書 …………………………………………仲野武志
 公権力発動要件欠如説の展開…………………………………………西上 治
第3部 行政組織法と地方自治
  行政組織法
 公共施設法制における営造物概念の歴史的な展開…………………木村琢麿
 国家行政組織に対する憲法上の規律…………………………………兪 珍式
  地方自治
 条例の適法性判断における「合理性」概念の検討 ……………………礒崎初仁
 ベルリン州における「社会化」の試み ……………………………………諸岡慧人
第4部 行政法各論と租税法
  行政法各論
 「国制」と「会計法制」のあいだ…………………………………………石川健治
 1853年2月21日プロイセン高等法院総会決定について………………太田匡彦
 外国銀行の日本支店の制度上の性格…………………………………進藤 功
 消費者法における行政の手続法構造に関する若干の考察 …………山本隆司
  租税法
 租税法とEBPM …………………………………………………………神山弘行
 タックス・ギャップ推計の有用性 ………………………………………増井良啓
宇賀先生の古稀に寄せて
 良心と理性の声 ………………………………マーク・A・レヴィン=福島千会子
宇賀克也先生略歴
宇賀克也先生著作目録

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