1.概要
被上告人らは、Aから金融機関に対する借入金債務を相続したが、同債務は、同相続後に免除の効力が生じたことにより消滅した。この免除により受けた経済的利益が一時所得に当たるとする所得税の更正処分の取消訴訟。最高裁第三小法廷は原判決を破棄し、事件を東京高裁に差し戻した。裁判所ウェブサイトはこれ。
法廷意見は比較的簡潔であるところ、ふたつの補足意見と反対意見がある。とりわけ沖野補足意見は詳細で、「債務免除益に係る所得税課税の根拠及び要件については様々な議論がある上、本件におけるような相続が関わる場合の相続債務との関係については、従来、十分な議論がされてきたとはいい難い。」と述べて、多数意見が、「本件における本件規定の適用について判断したもの」であると位置づけている。
2.事実関係
- 銀行が、Bを借主とし、A(Bの子)を保証人として、16億円を貸付け。後に銀行がB・Aを被告として貸金返還訴訟を提起。
- B死亡後、その相続人であるAとX1(Aの子かつBの養子)が同訴訟を承継。
- 平成16年4月、Aが借入金債務を引き受け、合計6億2630万円を分割弁済すれば残額9億7370万円を免除するという条件付きで、訴訟上の和解。
- Aは、銀行に対し上記6億2630万円の大半を支払った。
- Aは最後の100万円を残して平成26年10月に死亡し、Aの妻X2とX1らがAを相続。
- 銀行とX1・X2は、X1が9億7470万円の支払債務を免責的に引き受け、X2がこれを重畳的に引き受ける旨の債務引受契約を締結。
- X1・X2は平成27年・28年に各50万円、合計100万円を支払ったため、9億7370万円の債務免除の効力が生じた。
- X1・X2は、相続税につき、修正申告によって、この債務を債務控除しない扱いとしていた。
- 平成30年4月25日、所轄税務署長は、X1・X2に対し、債務免除により受けた各自4億8685万円の経済的利益が一時所得に当たるとして、所得税の更正処分など。
- X1・X2がその取消を求めて出訴。
- 東京地裁令和5年3月14日判決は、請求一部認容。争点は、本件債務免除益の存否、資力喪失(所得税法44条の2)の有無、二重課税の排除(所得税法9条1項16号)の適用の有無、理由附記の不備の有無、前訴の弁護士費用等を「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)として控除することの可否。
3.原審の判断
東京高裁令和6年1月25日判決は、請求全部認容。その理由は、最高裁によって次のようにまとめられている。なお、以下引用文にいう「本件規定」とは、所得税法(令和3年法律第11号による改正前のもの)9条1項16号の「相続、遺贈又は個人からの贈与(省略)により取得するもの」を非課税所得とする旨の規定のこと。相続税の課税価格の算定に当たり、相続税法14条1項の「確実と認められるもの」に当たらず、担税力を減殺させるものではないとして控除されなかった債務が相続開始後に免除を受けたからといって、これによって債務者に新たな担税力が生じると解するのは相当でない。被相続人から相続した債務であって、相続税の課税価格の算定に当たり、近い将来に免除を受ける可能性が極めて高いこと等を理由に同項によって課税価格に算入すべき価額から控除されなかったものが、その後に免除された場合は、当該債務免除に係る相続人の利益は、形式的には当該債務免除を受けた時点で発生したものといえるとしても、所得税との関係では、潜在的には相続により取得していたものとみることが可能である。また、当該債務免除に係る相続人の利益は、相続により取得した財産のうち控除されなかった上記債務に相当する部分の経済的価値と実質的に同一のものということができる。そうすると、特段の事情のない限り、これに所得税を課すことは本件規定に反するものとして許されないというべきである。本件において上記特段の事情は見当たらないから、本件債務が免除されたことによる利益に所得税を課すことは、本件規定に反し許されない。
4.法廷意見
法廷意見は、次のように判示して、原審の判断が是認できないとした。赤字と下線は引用者による。第1段落が最判平成22年の一般論を踏襲。第2段落が本件に関する判断。以上を受けて、第3段落が結論。
本件規定にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、本件規定の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される(以上につき、最高裁平成20年(行ヒ)第16号同22年7月6日第三小法廷判決・民集64巻5号1277頁参照)。
本件においては、被上告人らがAを相続した後に本件債務の免除の効力が生じたのであるから、被上告人らが、これによる経済的利益を相続等により取得したということはできない。そして、本件相続に関し、本件債務が相続税法14条1項所定の「確実と認められるもの」に当たらず、相続税の課税価格に算入すべき価額からその金額が控除されないとしても、本件相続後に本件債務が消滅することによって生ずる経済的価値に対して相続税が課されるものではないから、上記経済的利益に所得税を課すことは、同一の経済的価値に対し相続税と所得税とを二重に課すものとはいえず、本件規定の上記趣旨に反するものではないというべきである。
したがって、本件債務の免除により被上告人らが受ける経済的利益は、本件規定所定の非課税所得には当たらず、上記経済的利益に所得税を課すことが、本件規定に反するということはできない。
5.平木補足意見
平木正洋裁判官の補足意見は、次の(1)と(2)の均衡を問題にする。すなわち、(1)仮にAが存命中に債務免除を受けていた場合には、Aに債務免除益課税がされ、その後の相続では免除済みの債務は控除されない。これに対し、(2)原判決の考え方によれば、Aの死亡後に免除条件が成就しただけで、誰にも債務免除益課税がされない結果になる。
6.沖野補足意見
沖野眞已裁判官の補足意見は多くのことを精緻に述べており、直接に原文にあたることが特に必要であるが、大きくいうと2点に分かれる。「1」では、本件債務免除益に係る所得について本件規定に該当するとするのは本件規定の文理と趣旨を超える、とする。これは多数意見の理由を補強する部分である。「2」では、もっともそれは、本件債務免除益が当然に所得であるという意味ではない、とする。相続税上債務控除されなかった相続債務の免除益について、そもそも所得が発生したといえるかは別問題であり、多数意見はそこを判断していない、と念押しする部分である。
7.石兼反対意見
石兼公博裁判官の反対意見は、本件債務は、相続税課税時には担税力を減少させる価値がないと評価されたものの、所得税課税時には担税力を減少させる価値があるという異なった評価を受けたため、本件債務という同一の消極的経済的価値に対して、所得税と相続税が二重に課税されたとする。
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