1.法制上の整理の到達点
財務省が発行する月刊の政策広報誌「ファイナンス」2025年7月号に、大隅怜・水野雅・高倉俊明・松田泰尚「グローバル・ミニマム課税の法制化について」が公表されていた(pdf版はこれ)。この論説は、(1)日本でグローバル・ミニマム課税を法制化するに至った国際的な議論の経緯に触れた上で、(2)関連する国内法令の内容を概説し、(3)既存の法人税体系との関係で生じ得る法的な論点についての見解を述べるものだ。著者らは主税局参事官室参事官補佐(当時の肩書)であるが、「制度の解釈や評価に係る部分については、筆者らの個人的意見に基づくものであり、所属する組織や部局の公式な見解ではないことに留意されたい」との注意書きが付されている。
日本法でIIRを創設したのが令和5年度改正。令和6年度改正ではUTPRとQDMTTの導入が持ち越され、令和7年度改正で創設された。上記の論説(以下「本論説」という。)は、(3)既存の法人税体系との関係で生じ得る法的な論点について、まとまった見解を述べている点が注目される。法制上の整理の到達点を示しており、じっくり読むに値する。
2.問題の所在
本論説は、問題の所在を次のようにまとめる(57頁右下)。
ある構成会社等の所得に係る課税が不十分であること(構成会社等の所在地国に係る実効税率が最低税率に満たないこと)を理由に、なぜ別人格である他の構成会社等に対して課税を行うことが許容されるのか
3.帰責性という観点
本論説は、以下に引用するように、(あ)企業グループを一体的な経済活動主体と捉えてグローバル・ミニマム課税の対象とすることには政策的な必要性があるとしたうえで、(い)グループ全体で負担すべき納税義務の帰属先は現実には個々の法人格を持った構成会社等とせざるを得ないとし、(う)その構成会社等について課税を基礎付けるだけの帰責性が認められるかという観点が重要であるとする(58頁左)。以下の引用にあたり、(あ)(い)(う)の見出しと下線は、増井による。
(あ)この点を検討する前提として、グローバル・ミニマム課税の政策的な必要性については、一般に肯定できるものと考えられる。すなわち、経済のグローバル化やデジタル化の進展により、国境を越えた企業グループ内での軽課税国への利益移転は極めて容易になっており、こうした企業活動について従来の国際課税ルールの枠組みのみで対応することには限界がある。この点に、個々の企業の取引に着目するのではなく、企業グループを一体的な経済活動主体と捉えてグローバル・ミニマム課税の対象とすることには政策的な必要性があり、冒頭で述べた2021年10月のIFでの国際合意は、各国のこうした現状認識が前提にあるものと理解できる。
(い)このようにグローバル・ミニマム課税が企業グループのグループとしての活動に着目した仕組みであることを突き詰めていけば、究極的には、その納税義務もグループ全体で負担することが望ましいとも考えられるが、現実の執行に当たっての納税義務の帰属先は、法的に責任財産の属する個々の法人格を持った構成会社等を基礎とせざるを得ない。
(う)こうした前提の下で、なぜ実際に軽課税国に所在する構成会社等(より端的には実効税率が基準税率を下回ることによりグローバル・ミニマム課税による課税の原因を作り出した構成会社等)ではなく、他の構成会社等が課税を受けることが許容されるのかを検討するに当たっては、その構成会社等について、課税を基礎付けるだけの帰責性が認められるのかという観点が重要と考えられる。
上記引用からわかるように、問題に対する鍵として本論説が提示するのが、帰責性という観点である。
4.UTPRへのあてはめ
この観点を踏まえ、本論説は、IIR, UTPR, QDMTTのそれぞれについて帰責性を肯定する(58-59頁)。とりわけ重要なのが、UTPRについて次のように論じる箇所である(59頁右)。以下の引用にあたり、再び下線は増井による。
UTPRにおいて納税義務者となる構成会社等は、必ずしもグループ内の親会社等に限られないから、IIRのようにグループ内で支配的な地位にあることをもって、UTPR課税に係る帰責性を直接に基礎付けることは難しい。とはいえ、IIRのみではインバージョンを通じて容易に課税の潜脱を許すこととなりかねず[注32を省略]、グローバル・ミニマム課税の目的を達する上では、IIRとは異なる仕組みによって、資本関係の下流側からも課税を確保する仕組み自体は必要というほかない。また、グループが全体として稼得した所得についてその一部が軽課税国に移転されている場合においては、本来はその稼得された国・地域で応分の課税が行われるべきである一方、現に軽課税国の構成会社等において認識されている所得について、その移転が行われた所得がもともと稼得された国・地域を特定することは、現実的には困難が伴う。
こうした点を踏まえて、UTPRにおいては、各国の構成会社等が、その有する従業員等の数・有形資産の額に応じてIIR課税後の税額を比例的に負担する仕組みを採用しているものと理解できる。これらは、各構成会社等の人的・物的資本であって、その構成会社等がグループの一員として生み出す事業上の利益の基盤と評価できる。そうすると、UTPR課税を受ける構成会社等は、グループ内の親会社等の支配の下、グループの一部として事業上の利益を生み出す基盤を有し、その結果、そのグループが進出先の国・地域において軽課税の状態を生じているといえ、この点に、UTPR課税を基礎付ける帰責性を認めることができると考えられる。
これを要するに、IIRのバック・ストップとしてUTPRは必要であるし、所得の移転元の特定は現実的には困難である。だから、人的・物的資本をもとに比例的に負担する仕組みにした。これらの人的・物的資産は構成会社等がグループの一員として生み出す事業上の利益の基盤と評価できる。そのような基盤を有している結果、グループが進出先で軽課税状態になっている。ここに帰責性を認めることができる、というのである。
このロジックをもうすこし簡略化すると・・・
- 定式分配の要素(従業員の数・有形資産の額)が事業上の利益の基盤である。
- そのような基盤を有している「その結果」として進出先での軽課税状態を生じさせた。
- そこに帰責性がある。
5.少数株主の負担
本論説は、以上に続けて、構成会社等の少数株主の負担について、許容すべき投資リスクの範疇の問題であるとする(58-59頁)。そのまま引用しておこう。
このように考えるとしても、納税義務者となる構成会社等にグループ外の株主等(少数株主等)がいる場合には、当該少数株主等にとって予期しない形で投資先である構成会社等にUTPR課税が生じる可能性がある。
もっとも、これらの少数株主等にとっても、支配株主等を始めとした他の株主等が存在すること自体は関知し得るのであって、また、投資先がUTPRを始めとした各種の税制の適用を受けることについても、同様に知り得るところである。そうだとすれば、少数株主等に関して、その投資先がUTPRの適用による課税を受ける可能性があることを一般的な投資リスクと切り離して論じる意義は乏しく、許容すべき投資リスクの範疇の問題と考えられる。また、少数株主等にとっては、従前から投資していた会社等が、UTPR施行後、買収等により新たにUTPR課税の対象となるグループに属することとなる場合も考えられるものの、こうした場合であっても、グループに属することとなって以降、具体的なUTPRに係る納税義務が成立するまでの間において、持分の譲渡等を通じた投下資本の回収自体は一般に可能であることを踏まえれば、少数株主等に許容し得ないほどの負担を強いるものではないと考えられる。
6.おわりに
以上、本論説における(3)既存の法人税体系との関係で生じ得る法的な論点についての見解に注目して、該当箇所を読んでみた。
ここでは触れないが、本論説は、これ以外についても、(1)日本でグローバル・ミニマム課税を法制化するに至った国際的な議論の経緯がわかりやすいし、(2)関連する国内法令の内容を概説する箇所がIIR/UTPR/QDMTTの全体像を要領よく示している。改正税法のすべて令和7年版の解説とともに、しっかり読んでおきたい。なお、IIR創設時の令和5年版の解説と、その改正に係る令和6年版の解説も参照。
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