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2026/07/18

利益Aの次を構想する―IMFのワーキングペーパー

 IMFのスタッフが、越境サービスの課税手段を総ざらえするワーキングペーパーを出していた。Shafik Hebous, Brendan Crowley, Rasmi Das, Tibor Hanappi, Cory Hillier, Adam Jakubik, Eric Robert, and Christophe J Waerzeggers. "Taxing Cross-Border Services", IMF Working Papers 2026, 152 (2026), accessed 2026/7/18, https://doi.org/10.5089/9798229055048.001

この論文は、越境サービス(とりわけデジタル化されたサービス)に対する各種の課税手段を、消費課税、所得課税、租税条約、租税回避防止措置を横断して整理する。利益Aがつまづいた後、越境サービス課税の全体像を整理し直して、次の多国間合意のための設計原理を提示する論文と位置付けることができよう。

2026/06/04

ミュンヘン会合の成果が公表されていた(続き)

 4部構成になっているといったが、特集全体の相互関係は、次のように読み取ることができる。

  • Part 1 は「国際課税の一般原理」を問う
  • Part 2 は「どの国が事業所得に課税すべきか」を問う
  • Part 3 は「所得課税以外の代替的財源は何か」を問う
  • Part 4 は「どの形式で協力を実現するか」を問う

すなわち、Part 1 は「国際課税秩序を正当化する原理は何か」を扱う。Riedel は、各国の法人税政策が国境を越える外部性を生むため、国内厚生と国際厚生は一致しないという経済学的出発点を与える。これに対し、Risse and Meyer は、国民所得は各国が自由に処分できる純粋な国内的産物ではなく、国際的な所有権秩序・市場秩序の相互承認に依存するという哲学的基礎を与える。この二つを軸に、Hebous and KlemmがAI課税を論じ、HeyがSTPが国際課税秩序の一般原理になりうるかを批判的に検討し、Bakerが人権・納税者権利という制約条件を加える。

Part 2 は、事業所得課税の課税権配分に関する2論文。Masui 論文が「居住地課税の後退」を論じ、Titus 論文が「市場国・途上国課税権の要求」を論じる。なお、研究会合にはもう一本、生産地課税に関する論文ドラフトが提出されていたが、ここには収録されていない。

Part 3 は、「法人所得課税だけで国際課税秩序を構成できるのか」という問題に進む。Schön の関税論文は、関税を単なる通商政策ではなく、国際課税秩序の一部として再配置する。Xu のVAT・間接税論文は、国際課税論の中心が法人税に偏っていることを批判し、VAT、デジタル取引税、気候関連賦課金を統合的に考えるべきだとする。Báez Moreno の純資産税論文は、富裕税復活論を検討するが、制度設計と執行上の構造的困難を強調する。

Part 4 は「どの形式で国際課税秩序を維持するのか」を扱う。Kofler 論文は、外国企業・外国人・外国産品に対する無差別原則を、租税条約、通商法、投資法、EU法の交錯点で検討する。van Weeghel 論文は、租税条約の役割を正面から再検討する。最後の Philip Baker の多国間協力論文は、OECD、UN、地域的枠組みの将来を見渡し、2025年以後の国際協力の不確実性を総括する。

*****

複数の異なる論者がそれぞれの主張を投げかけているだけに、特集全体から一義的な政策の方向性を読み取ることは困難だ。それでも、全体を通覧して、次のようなメッセージを感じ取ることができた。
  • 効率性と正義の対立あるいは補完
  • 包括的多国間主義と控えめな制度部品論の対立
  • 先進国中心秩序とGlobal South要求の対立
もっと読み込めば、building blocksをどう組み立てるかについては、さらにいろんな読みが可能だろう。

ぼくの継続的問題関心からは、tax mixにおけるVATの役割が大事だと思う。この点については、2つの論文が同じ方向を向いている。Masui論文は「居住地ベース法人課税が弱まるなら、次に何が中心になるか」という問いから、VAT・仕向地ベース消費課税の比重上昇のシナリオを描く。Xu論文は「国際課税論が法人所得税に偏りすぎている」という問いから、VAT・間接税を中心に据えるべきだとする。出発点は違うが、到達点はかなり近い。つまり、両者は「法人所得税中心、居住地vs.源泉地の国際課税」から、「VATを中核とする仕向地ベースのtax mix」への重心移動を示唆する。

これに対し、Riedel論文とTitus論文は、法人所得税またはDSTを通じて、市場国・利用者所在地国にヨリ多くの課税権を配分する方向だ。また、Schön論文とKofler論文は、関税、DBCFT、国境調整、VATとの関係を通じて、仕向地ベース課税の法的・制度的限界を検討する。もし出席できていれば、こういったあたりの相互関係を突っ込んで議論できたかもしれない。

ミュンヘン会合の成果が公表されていた

2025年12月、ミュンヘンで「Building Blocks of an International Tax Order」という研究会合が開かれた。二日間にわたって、12本の論文がプレゼンされ、それに対するコメントが展開された。ぼくは体調不良で行けなかったのだが、提出していた論文を公刊物に加えてもらった。それが、Bulletin for International Taxation Vol.80, Number 4/5, 2026の特集。

特集の趣旨を一言でいえば、断片化した世界において、新しい税制選択がなされる際においても有効に機能しうる国際課税設計の個別要素を検討してみよう、ということだ。会合の招待状には、こう書いてあった。

If a decade ago we wondered about how to further integrate tax international tax rules, today we wonder whether such cooperation can continue even on a bilateral level. In a spirit of some humility, therefore, this conference seeks not to suggest an alternative multilateral path forward. Rather, as we wait upon events, the intent is to explore discrete pieces of international tax architecture that might prove effective as new tax policy choices are made in a more fragmented world.

この文章を引用して序文が特集の趣旨を説明している。それに続く本体は4部構成。以下、149-151頁のabstractをもとに、各論文を概観しておこう。

Part 1: General Principles of International Taxation

Nadine Riedel, “National versus International Welfare”

法人税政策は、根本的に国際的な環境の中で作用しており、各国政府がほとんど内部化しないクロスボーダー外部性を生み出す。本稿は、国際法人課税の経済学的基礎を概観し、近年のOECD/G20改革を評価したうえで、実証的不確実性と地政学的制約の下では、広範な構造的再設計を追求するよりも、既存制度を統合・強化することを主張する。

Shafik Hebous and Alexander Klemm, “Can Siri and Alexa Pay Taxes?”

AIが経済を変容させるにつれて、AIに課税すべきだという主張が勢いを増している。しかし、AIそれ自体を標的とする課税は非効率をもたらすおそれがあり、その負担は最終的には人々に帰着する。本稿は、AI固有の税は適切ではないと論じ、むしろ、イノベーションを阻害することなく、デジタル時代のレントを捕捉し、国境を越える課題に対応し、衡平を保護する税制を重視する。

Mathias Risse and Marco Meyer, “International Tax Justice: The Independence Fallacy and the Myth of Freely Disposable National Income”

各国はしばしば、国民所得を自由に処分できるものとして扱う。著者らはこの前提を “Independence Fallacy” と呼ぶ。相互に結びついた経済においては、所得は、国境を越えて財産制度が承認されることに依存しており、そこからグローバルな分配的正義の義務が生じる。これらの義務は、財政主権を制約し、国際租税協調を支持する。

Johanna Hey, “The Single Tax Principle”

Single tax principle(STP)は、国際租税法において最も議論の多い考え方の一つであり続けている。本稿は、その内容、確立した諸原則との関係、および実務上の含意を検討し、STPから導かれる解決策、とりわけグローバル・ミニマム課税が、分断化した国際租税環境の中で存続可能であり続けるかを、EUの経験からの示唆も踏まえて探究する。

Daniel Shaviro, “Once for Good Measure? Comment on Johanna Hey’s ‘The Single Tax Principle’”

本コメントは、Johanna HeyによるSTP批判に応答する。

Philip Baker, “The Missing Building Block: The Promotion of Human Rights and Taxpayers’ Rights”

本稿は、人権および納税者権利の尊重と促進が、正統性ある国際租税秩序にとって不可欠な構成要素であると主張する。本稿は、この二つの権利枠組みを区別し、それらの法的および実際上の重要性を説明し、国際課税設計の中にこれらを組み込むことが、tax morale、適法性および制度的安定性を維持するうえで重要であることを示す。

Part 2: Taxation of Business Income

Yoshihiro Masui, “The Role of Residence-Based Taxation in Business Income Taxation”

本稿は、事業所得課税における居住地ベース課税の役割を評価する。その重要性は、法人居住地の多義性、居住地の選択可能性の増大、および個人株主所得を正確に課税することの困難性により、低下していると論じる。本稿は、居住地ベース課税の役割が縮小した将来について、三つのシナリオを示す。

Afton Titus, “Digital Services in Africa: Rebalancing Business Income Taxation through Inter-Nation Equity”

本稿は、アフリカにおけるOECDのPillar Oneと国内デジタルサービス税(DST)を比較し、公平性、中立性、簡素性および執行可能性の観点から評価する。アフリカのDSTは、国家間衡平その他の政策原則に照らして良好に機能する一方、Pillar Oneの評価は低い。本稿は、開発途上国の生存にかかわる財政不足が解消されるまでは、先進国はDSTを制約することを避けるべきであると結論づける。

Part 3: Other Sources of Public Revenue 

Wolfgang Schön, “Tariffs and the International Tax Order”

関税は、2025年に、現米国政権が多様な目的のために広範な関税を用いたことにより、国際課税の世界において顕著な特徴となった。本稿の主眼は、関税の役割を、間接税と直接税という二つの異なる文脈において定義することにある。消費課税の観点から見ると、関税は輸入品に対する差別的な税であり、無差別という概念そのものとその帰結に根本的な挑戦を突きつける。所得課税の観点から見ると、関税は、国境を越える物品販売から生じる利益に対する源泉徴収税の代替物として概念化できる。この出発点から、原産地国および仕向地国の政策選択肢が説明される。

Yan Xu, “VAT and Indirect Taxes: Rethinking International Taxation”

本稿は、VAT、デジタル取引税および気候関連賦課金を検討し、断片化したルールの下でデジタル化と脱炭素化により形づくられる経済における、それらの相互作用を明らかにする。本稿は、これらの間接税を国際租税論議の中心へもってくるべきであり、UN主導でOECDの知見を取り入れた多国間枠組みの中で、別個の縦割り領域として扱うのではなく、体系的に調整すべきであると論じる。

Andrés Báez Moreno, “Can Failed Taxes Be Revived through Modest Innovation? On the New Proposals for Net Wealth Taxes”

本稿は、純資産税に関する近時の提案が、伝統的な富裕税についてよく知られた失敗を真に克服しているのかを批判的に検討する。経済状況および透明性をめぐる条件の変化を認めつつも、「今回は違う」という楽観的主張に疑問を呈し、多くの制度設計上および執行上の問題は構造的なものであり、新たな実務上および法的な課題を生じさせうると論じる。

Part 4: Modes of Cooperation

Georg Kofler, “Non-Discrimination of Foreign Firms, Persons and Products”

“Building Blocks of an International Tax Order” という会議テーマの文脈において、本稿は、直接税における国際的な無差別基準の弱点と、なお残る存続可能性を検討する。租税条約、通商法および投資法を素材として、主として欧州の観点から、体系的な概観と現代的論点の選択的検討を通じて、保護の浸食を跡づける。

Robert J. Danon, “The Rise of Tax Treaty Supremacy: The Case of Non-Discrimination”

本コメントは、Georg Kofler教授の “Non-Discrimination of Foreign Firms, Persons and Products”に応答する。

Stef van Weeghel, “The Role of Tax Treaties”

主としてOECDモデルおよびUNモデルによって形づくられてきた二国間および多国間租税条約の拡大は、国際的な制度調整、貿易および投資を促進してきた。しかし、特に開発途上国にとっての公平性をめぐる懸念は残っている。本稿は、租税条約の影響、その批判、および、衡平性と効率性を改善するための、脱政治化され柔軟なモデル条約の可能性を検討する。

Will Morris, “The ‘Modest’ Tax Treaty: A Comment on Stef van Weeghel’s ‘The Role of Tax Treaties’”

本コメントは、租税条約を壮大な制度ではなく契約として位置づけ、その設計における控えめさと現実主義を強調する。

Philip Baker, “Building Blocks of an International Tax Order: Perspectives for Multilateral Cooperation”

本稿は、OECD、UNおよび地域的イニシアティブにおける展開を概観し、改革を主導する見通しを評価する。

2026/03/15

IFA/APAC 2026年東京大会,司会者を公表

 2026年5月に,東京で,国際租税協会(Internatonal Fiscal Association, IFA)の研究集会を開催します.統一論題をNavigating Uncertainty: The Future of Multilateral Cooperationとして,国際課税の重要課題について,各国の識者がパネルを組んで議論するという企画です.このたび,各セッションの司会者が公表されました.詳細はこれで,その骨子を下記に転記しておきます.アジア太平洋・米州・欧州など各国からのパネリストについては,追って公表予定.

★IFA日本支部会員におかれては,参加にあたり,優待の早期割引が利用できます.国際課税に関心があるけれど未だ会員になっていない,という方におかれては,この機会に会員になられることをご検討ください.ちなみに,IFA日本支部とはこんなところです.

Monday, May 11, 2026  

YIN Session “Future perspective for young tax professionals in APAC”

Moderator: Mr. Ignacio Gepp (Chile, Chair of IFA/YIN)


Keynote Speech “International tax policy of Japan”

Mr. Tetsuya Utamura (Director, International Tax Policy, Tax Bureau, Ministry of Finance of Japan)


Session 1 “Fragmented futures: Global taxation and supply chains in transition”

Moderator: Ms. Natalia Quiñones (Colombia, President of IFA)


Keynote Speech “Japan NTA’s leadership in multilateral cooperation”

Mr. Kazuhiko Takeda (Deputy Commissioner (International Affairs), National Tax Agency of Japan)


Session 2 “De-globalisation and the reassertion of tax sovereignty”

Moderator: Prof. Richard Vann (Australia)


Session 3 “The evolving landscape of transfer pricing”

Moderator: Ms. Ana Claudia Akie Utumi (Brazil, Chair of IFA/WIN)


Tuesday, 12 May 2026

Session 4 “Wealth without borders: Tax challenges of High Net-Worth Individuals”

 Moderator: Prof. Masao Yoshimura (Japan)


Session 5 “Tax dispute resolution in a changing world”

 Moderator: Prof. Mitsuhiro Honda (Japan) 


Session 6 “The implications of digitalisation for the VAT system”

 Moderator: Prof. Yumi Nishiyama (Japan) 


Session 7 “Hot topics in Asian taxation: Emerging issues and regional developments”

 Moderator: Mr. Ichwan Sukardi (Indonesia, Chair of IFA/APAC)

2025/10/30

国連の国際租税協力専門家委員会第31回

 国連サイトの奥に引っ込んでしまい、目当ての文書までたどりつくのに時間がかかるので、サイトのリンクを張っておく。その一段奥に配置してあるConference room papers (CRP) へのリンクの内容を、以下にコピペする。Final Reportはまだ出ていない。

Conference room papers (CRP) - 31st Session

Conference room papers (CRP) - 31st Session of the Committee of Experts on International Cooperation in Tax Matters

Tuesday, 21 October 2025

Issues related to the United Nations Model Taxation Convention - CRP. 22 Proposed workstream for the work on the UN Model Tax Convention

Review and possible update of the United Nations Manual for the Negotiation of Bilateral Tax Treaties between Developed and Developing Countries - CRP.23 Proposed workstream for the work on the UN Manual for the Negotiation of Bilateral Tax Treaties

Other areas for Committee consideration and guidance as part of its work Programme - (i) CRP.27 Secretariat Note on Extractive Industries Taxation

Friday, 24 October 2025

Other areas - (vii) not covered by the conference papers - CRP.30 Other areas

2025/09/28

ポスタープログラムの定着をのぞむ

今年の租税法学会は、この学会としてはじめて、ポスタープログラムを試行していた。2階のこぎれいな休憩室で、ペットボトルお茶も配備された快適な環境。居心地がよかったので、私は別の部屋の会議に遅れそうになった(すみません、すこし遅れたかもしれません)。美しいポスターの前で、展示者と話し込む会員の姿が印象的だった。

よい企画だったと思う。会場の確保や、事前の選考、当日の運営など、関係者の労力は多大なものと想像するが、ぜひとも続けていってもらいたい。プログラム参加者の方々のお名前・所属・研究題目が継続してウェブサイトで公表されると、今後は、「ああ、あのときの方だ」と思い出す機会にもなるだろう。

国際学会の例だと、IFAのポスタープログラムをみると、若手で博士論文を書いている人たちに人気の論題がどのへんにあるかが、すぐにわかる。Mitchell B. Carroll Prizeとか、Maurice Lauré Prizeとかの有名どころと比べると、著者と直に話せるのも気軽でいい。

【追記】浅妻教授の当日記録がここにアップされている。

参考までに、2025年リスボン大会の例はをコピペしておく。リンク先から色彩鮮やかなスライドを見ることができる。2月のIBFDでのこの会議でプレゼンしていた人も、何人かいる。この人たちは、論文を書いている最中に、プレゼンとフィードバックのチャンスが何度もあるわけだ。

Poster Programme 2025

At the occasion of the 2025 Congress in Lisbon, the following participants were selected for the Poster Programme:

2025/08/24

VATと給与所得

1.租税法入門第3版311頁のコラムで、所得税法28条1項の給与所得に当たると、消費税の課税仕入れの定義から外れ、仕入税額控除の対象にならない旨を記した。例によって言葉足らずで、どうしてこんなことをわざわざ書いたのか、読者の方に伝わらなかったかもしれない。補足しておこう。

2.たとえば、株式会社Aが従業員Bに対して給与を支払ったとしよう。

株式会社A ―> 従業員B

支払給与は、事業者の消費税において課税仕入れの対象から除外されている(消費税法2条1項12号)。課税仕入れにならないということは、つまり、A社(事業者)は、支払給与を課税ベースに含めて消費税を納税する、ということである。その反面、従業員Bは給与所得者であって、消費税の事業者ではないから、消費税の申告をする必要がない。こうして、給与に係るVATのしくみとしては、会社が納税を一手に担う。給与所得者は税務署とやりとりをしなくてもすむ。

3.このことを、所得税法の源泉徴収のしくみと照らしあわせると、重要なことがわかる。

A社が従業員Bに給与を支払うと、人件費として損金に算入され、法人税の課税ベースからは外れる。この給与は受け取った側の従業員の給与所得になり、個人所得税がかかるのであるが、現実に納付を行うのは源泉徴収を行うA社である。つまり、従業員の所得税ではあるのだが、会社が従業員に代わって源泉徴収するわけだ。この源泉徴収は精密にできていてほとんど誤差がなく、しかも、誤差がある場合には年末調整によって会社の段階で精算が完了する。いくつか例外はあるものの、多くの場合、所得税との関係でも、給与所得者は税務署とやりとりをしなくてもすむのである。

4.所得税法の現実の執行がこのような状態であることは、消費税法との関係で給与所得者を納税事務にかかわらせないやり方と、平仄がとれている。給与所得者がこのような立場にあることは、日本の税制を理解する上で、重要なポイントである。だから、わざわざコラムにした。

なお、消費税法の課税仕入れの定義において所得税法28条1項を参照する立法政策については、給与所得の定義に多くを依存しすぎである、という評価が可能かもしれない。この点は、消費税法基本通達1-1-1のような基本中のキホンに関係する。BradfordのX-Taxにもつながる。これだけでは(また)言葉足らずであり、さらに長大な補足が必要になってしまうが・・・

2025/04/16

Tariff Manを内在的に理解する?

岡村忠生「Scope Eye トランプは、世界の租税政策をどう見ているか?」企業会計77巻5号557頁(2025)は、短いコラムの中に、驚くべき読書量の蓄積を発露している。大きく3つの指摘があり、極度に凝縮された文章の含意を解き明かすのはなかなか容易ではない。

しかしながら、その1つめに限ってみただけでも、トランプ政権の関税発動の背景になる「ものの見方」について、少なくとも次の示唆を与えている(と私には読める)。

  • トランプや共和党の最も強い不快感の対象は、VATの国境税調整だ。いわく、「前段階控除の仕組みを知らない所得課税の感覚からは、輸出免税は輸出補助金であり、輸入時課税は輸入関税に他ならない。」という。
  • 全ての輸入物品に対する包括的関税は、所得税導入前の時期、財源のほとんどを関税に頼っていた19世紀の伝統を継承している。
この指摘と響きあう講演が、南繁樹「国際課税の潮流ートランプ2.0の試練」租税研究906号273頁(2025)。もとの講演日は2025年1月9日。この講演も、広く深い読書に支えられ、多くの重要な主張を含んでいる。

とりわけ、「2.『歴史の終わり』の終わり-国際課税の『脱所得税化』」という節では、「2-2.トランプ政権の関税政策はトランプ固有のものなのか」と題して、図解をまじえて詳しく論を進めている。次の箇所を引用しよう。
ここで今回、トランプ氏が関税を導入するということになると、アメリカにはVATがないわけですが、構造的に見ると輸入消費税と関税が似たような感じになるわけです。

南講演はその直後のところで、「似たような」ということの意味として、「少なくとも見た目は似ているといえるわけです」と補足する。 私の感触ではこの補足はかなり大事であり、制度的には次の点を確認しておく必要があると思う。

  • VATは輸入だけでなく、国内取引にも課される。関税は輸入のみに課される。
  • VATは財とサービスの両方を対象とする。関税の対象は税関を通る貨物だけ。
  • VATは単一税率がベスト・プラクティスといわれており、複数税率といっても日本では2本。関税の税率分類はきわめて複雑で税率がはるかに多い。
南講演はこのあたりの制度的な違いをよくご存じで、いうまでもない当然の前提としたうえで「少なくとも見た目は似ている」と述べている(と私は理解する)。そのうえで、南講演は、さらに一歩思考を進めて所得税と輸入関税の比較に関する大川良文教授の論文を参照しつつ、所得税を関税で置き換えられるのかを検討する。この論文も、外国による報復の可能性がかなり重要であることを示唆していて、勉強になる。

これら二つの論稿----ひとつはコラム、ひとつは講演録----は、思考喚起的であり、きわめて興味深い。いろいろなことが思い浮かぶ。
  • 関税の対象は貨物に限られる。この点、クロスボーダー・サービスの対価に係る源泉税に関する国連の議論は、サービスについても関税類似のものを許容する動きとみることができるか?というのも、2025年3月国連専門家会合この文書では、国連モデル租税条約新12AA条として、閾値も物理的拠点も必要とせず、サービスの対価に対して、グロスベースの源泉地課税を許容することとされたからである。
  • グロスの支払いに対する源泉税は、所得税の一部と見るのが通常だが、本当にその見方で現実の動きをうまく説明できるのか?
  • 「脱所得税化」は望ましい選択か?私たちが政策ドライバーとしての累進所得税を失ったとき、再分配の手立てを現実的に講ずることは可能か?
  • もともと、米国が連邦VATを導入できていれば、こんな話にはならなかったのではないか。
さらに考えてみたい。とりあえず今日はここまで。これから駒場に出講。

2025/01/09

2024年度ゼミ「人はなぜ納税するか」の感想

2024年度ゼミ「人はなぜ納税するか」の感想

1.はじめに

今回のゼミは通年開講で、「人はなぜ納税するか」という問いを、文献会読の形式で追求した。まず、Sセメスターの歴史編・比較編では、日本法現状把握のための準備作業を経て、Keen & Slemrod (2021)の概説からはじめ、米独仏における特定時期の歴史や、途上国税制・米国反税運動・タックスギャップ推計・租税犯罪グローバル十原則を取り上げた。

これに続き、Aセメスターでは、現代的問題に関する文献を会読してきた。文献リストの作成にあたって意識したのは、狭義の法解釈学の論文に視野を限定するのではなく、法学との隣接領域にも可能な範囲で目配りすることだった。なぜなら、「人はなぜ納税するか」という問いに対しては、さまざまな学問分野からのアプローチが試みられているからだ。こうして、素材の面でも方法の面でもかなり広範な読書リストができた。このような文献に対して、法学部・法科大学院で学ぶ参加者のみなさんが「好き嫌い」せずに旺盛な「知的食欲」を示されたことを、うれしく思う。これが最大の感想。

以下、Aセメスターで会読した文献を、簡単に振り返ってみよう。

2.AI

AIについては2本を取り上げた。Chand, Kostić & Reis (2020)は、AI重課論を退けたうえで、人的資本蓄積のための教育目的税を提唱する論文で、構えが大きい。Daly (2024)は、税務行政におけるAI利用が法の支配に役立つ可能性を指摘する点が新鮮だった。AIに関しては論文が量産されており、継続的に追いかける必要があろう。

3.暗号資産

Baer, Mooij, Hebous & Keen (2023)は、暗号資産(仮想通貨)の課税に関する要領のよいレビュー。有益な指摘として、Bitcoin課税の根本に「有価証券と通貨の二元的性質」があることや、実態に関するデータが不十分であること、執行面の課題が大きいことがあった。このブログでも記事を書いた。なお今回は、Blockchain関係の文献は取り上げなかった。

4.米国のLaw Review論文

やや古いものとして、思考実験風の論文と、現実的な政策提言を行う論文を、選んだ。Raskolnikov (2009)は、納税者に選好を顕示させる仕組みを論ずる。抑止レジームと遵守レジームのいずれかを納税者に選ばせるという思考実験が興味深い。もっとも、フロアの議論では、納税者の権利を「切り下げる」面があることへの抵抗感もあった。また、変数をいじるに際して税務職員の動機を無視しているのではないか、という問題もある。

より現実的な論文が、Bankman, Nass & Slemrod (2016)のスマート申告の提案である。申告書文言の改善や、会話型エージェントの利用につき、パイロット研究を行うべきだと提案する。この論文から約10年が経過し、いまや各国税務行政のトレンドとなった感がある。日本型記入済申告書の先駆的指摘とみることもできるかもしれない。

5.レビュー論文

多数の文献をレビューする論文を、2本取り上げた。Hahn & Pérez (2020)は、租税専門家に関する合計46本の文献(2013年から2018年の間に公刊)をレビューする論文。納税者・課税当局・税務仲介者の三角関係を軸に、多様な学問領域のジャーナルを探索した点で資料的価値がある。次の課題としては、専門家責任や倫理に力点を置いて、より長い時間的スパンで、各文献への評価を率直に語る、といったものがありそう。

Hoopes, Robinson & Slemrod (2024)は、法人による租税情報の開示に関するまとまった文献レビュー。強制開示・自発的開示・第三者開示という分類軸に、非公開(=課税当局に対してのみ開示)・公開の区別を加える整理がわかりやすい。CbCRやFATCAなど実例の提示も包括的。日本でもタックスシェルターの義務的開示(MDR)が議論されている。何が機能し何が機能しないかに関するこれだけ多くの実証研究を前にすると、議論の更新が必要と感ずる。

6.脱税・腐敗

「人はなぜ納税するか」は、裏をかえせば、「人はなぜ納税しないか」ということでもある。そこで最後に、納税非協力に着目して、2本の論文を取り上げた。de la Feria (2020)は、付加価値税の逋脱(VAT fraud)を素材にして、EUにおいて、逋脱そのものを禁圧するのではなく、逋脱を管理するやり方に転換してきたことを批判する。やり玉にあがるのが、第三者に加重責任を負わせる犯罪コントロールの民間化(responsibilization)である。税収確保のために制度と執行を最適なレベルに調整する発想(たとえばHemelらのBETR)への対抗言説とも読める。

Ring & Grasso (2023)は、シンポジウムの巻頭論文である。その中心的主張は、賄賂よりも広く汚職・腐敗(corruption)を、脱税よりも広く税制濫用(tax abuse)を、問題にすべきだ、というもの。アイルランド政府がアップル社に与えたsweetheart tax dealを素材にするなど、米英EUにおける旬の話題が学べる。制度的腐敗(institutional corruption)に対する問題意識がよくわかるし、広い定義を採用することで隠れた問題を認識できる。もっとも、間口を広げる分だけ、効果的対処は一層困難になるのではないか。

7.文献選択のバイアスについて

Aセメスターで会読した文献は、やや、英米の素材に偏っていたかもしれない。バイアスを中和するために、班別討議やフロア全体討議では、つとめて、日本の状況との比較を話題にした。Sセメスターから参加した方々は、独仏の歴史や途上国の税務執行についても議論した。

昨年度のゼミでは、Levi(1988)Braithwaite(2007)など、理論枠組みに関する文献も取り上げていたが、今回はそうしなかった。その結果、理論的コアの押し出しが弱く、多様な各論が並列している、という印象を与えたかもしれない。安易な「体系化」を阻む奥の深い領域だけに、信頼に関するScholtzの議論などをはじめとして、引き続き検討が必要。

8.おわりに

時間制約の中で、参加者はよくがんばった。もっとも、今回のゼミで会読したのは、各論題に関する多くの文献のうち氷山の一角である。取り上げなかった論題も多い。

継続は力なり。来年度は駒場の「社会科学ゼミナール」に場所を移して、基本的な文献会読を継続したい。

2024/11/11

少額輸入貨物とVAT

OECDのConsumption Tax Trends 2022は、その2.8.2. Addressing the challenge of VAT collection on imports of “low-value” goodsにおいて、少額輸入貨物の付加価値税上の扱いについて、大要次の点を指摘している。

  • 最近まで、各国のVATは、少額輸入貨物について免税基準額を設定していた。
  • しかし、経済のデジタル化とともにその問題が認識され、2015年BEPS行動1報告書において、税収保護・競争条件確保と、徴収コストとの間の兼ね合いが必要だと指摘された。(OECD, 2015[25])
  • 続いて、2つの報告書が出た。すなわち、 “Mechanisms for the effective collection of VAT/GST”OECD, 2017[20]) 及び “The role of digital platforms in the collection of VAT/GST on online sales” (OECD, 2019[21])である。
  • AUとNZの例
  • EUの例“VAT e-commerce package”(European Commission, 2017[26])
  • OECD加盟国で免税扱いをしているのは次の9か国。9 OECD countries still exempt the importation of low-value goods from VAT with widely varying exemption thresholds, i.e. Canada (USD 16), Chile (USD 30), Colombia (USD 200), Costa Rica (USD 500), Iceland (USD 13), Israel (USD 75), Japan (100), Korea (150), and Mexico (USD 50)

この報告書は2年に一度更新されるから、おそらくもうじき、2024年版が公表される。この2年間でOECD加盟国における税制改革の方向がどう進んだかが、注目される。

2024/10/12

来週、国連で国際課税会合

29th Session of the Committee of Experts on International Cooperation in Tax Mattersの議事概要と配布資料が、ここにアップされている。対象を限定しないサービス課税条項など、すでにLinkedInなどで多くの方が注目している。遅ればせながらの備忘録になってしまうが、以下に資料へのリンク先をコピペしておく。