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2025/01/09

2024年度ゼミ「人はなぜ納税するか」の感想

2024年度ゼミ「人はなぜ納税するか」の感想

1.はじめに

今回のゼミは通年開講で、「人はなぜ納税するか」という問いを、文献会読の形式で追求した。まず、Sセメスターの歴史編・比較編では、日本法現状把握のための準備作業を経て、Keen & Slemrod (2021)の概説からはじめ、米独仏における特定時期の歴史や、途上国税制・米国反税運動・タックスギャップ推計・租税犯罪グローバル十原則を取り上げた。

これに続き、Aセメスターでは、現代的問題に関する文献を会読してきた。文献リストの作成にあたって意識したのは、狭義の法解釈学の論文に視野を限定するのではなく、法学との隣接領域にも可能な範囲で目配りすることだった。なぜなら、「人はなぜ納税するか」という問いに対しては、さまざまな学問分野からのアプローチが試みられているからだ。こうして、素材の面でも方法の面でもかなり広範な読書リストができた。このような文献に対して、法学部・法科大学院で学ぶ参加者のみなさんが「好き嫌い」せずに旺盛な「知的食欲」を示されたことを、うれしく思う。これが最大の感想。

以下、Aセメスターで会読した文献を、簡単に振り返ってみよう。

2.AI

AIについては2本を取り上げた。Chand, Kostić & Reis (2020)は、AI重課論を退けたうえで、人的資本蓄積のための教育目的税を提唱する論文で、構えが大きい。Daly (2024)は、税務行政におけるAI利用が法の支配に役立つ可能性を指摘する点が新鮮だった。AIに関しては論文が量産されており、継続的に追いかける必要があろう。

3.暗号資産

Baer, Mooij, Hebous & Keen (2023)は、暗号資産(仮想通貨)の課税に関する要領のよいレビュー。有益な指摘として、Bitcoin課税の根本に「有価証券と通貨の二元的性質」があることや、実態に関するデータが不十分であること、執行面の課題が大きいことがあった。このブログでも記事を書いた。なお今回は、Blockchain関係の文献は取り上げなかった。

4.米国のLaw Review論文

やや古いものとして、思考実験風の論文と、現実的な政策提言を行う論文を、選んだ。Raskolnikov (2009)は、納税者に選好を顕示させる仕組みを論ずる。抑止レジームと遵守レジームのいずれかを納税者に選ばせるという思考実験が興味深い。もっとも、フロアの議論では、納税者の権利を「切り下げる」面があることへの抵抗感もあった。また、変数をいじるに際して税務職員の動機を無視しているのではないか、という問題もある。

より現実的な論文が、Bankman, Nass & Slemrod (2016)のスマート申告の提案である。申告書文言の改善や、会話型エージェントの利用につき、パイロット研究を行うべきだと提案する。この論文から約10年が経過し、いまや各国税務行政のトレンドとなった感がある。日本型記入済申告書の先駆的指摘とみることもできるかもしれない。

5.レビュー論文

多数の文献をレビューする論文を、2本取り上げた。Hahn & Pérez (2020)は、租税専門家に関する合計46本の文献(2013年から2018年の間に公刊)をレビューする論文。納税者・課税当局・税務仲介者の三角関係を軸に、多様な学問領域のジャーナルを探索した点で資料的価値がある。次の課題としては、専門家責任や倫理に力点を置いて、より長い時間的スパンで、各文献への評価を率直に語る、といったものがありそう。

Hoopes, Robinson & Slemrod (2024)は、法人による租税情報の開示に関するまとまった文献レビュー。強制開示・自発的開示・第三者開示という分類軸に、非公開(=課税当局に対してのみ開示)・公開の区別を加える整理がわかりやすい。CbCRやFATCAなど実例の提示も包括的。日本でもタックスシェルターの義務的開示(MDR)が議論されている。何が機能し何が機能しないかに関するこれだけ多くの実証研究を前にすると、議論の更新が必要と感ずる。

6.脱税・腐敗

「人はなぜ納税するか」は、裏をかえせば、「人はなぜ納税しないか」ということでもある。そこで最後に、納税非協力に着目して、2本の論文を取り上げた。de la Feria (2020)は、付加価値税の逋脱(VAT fraud)を素材にして、EUにおいて、逋脱そのものを禁圧するのではなく、逋脱を管理するやり方に転換してきたことを批判する。やり玉にあがるのが、第三者に加重責任を負わせる犯罪コントロールの民間化(responsibilization)である。税収確保のために制度と執行を最適なレベルに調整する発想(たとえばHemelらのBETR)への対抗言説とも読める。

Ring & Grasso (2023)は、シンポジウムの巻頭論文である。その中心的主張は、賄賂よりも広く汚職・腐敗(corruption)を、脱税よりも広く税制濫用(tax abuse)を、問題にすべきだ、というもの。アイルランド政府がアップル社に与えたsweetheart tax dealを素材にするなど、米英EUにおける旬の話題が学べる。制度的腐敗(institutional corruption)に対する問題意識がよくわかるし、広い定義を採用することで隠れた問題を認識できる。もっとも、間口を広げる分だけ、効果的対処は一層困難になるのではないか。

7.文献選択のバイアスについて

Aセメスターで会読した文献は、やや、英米の素材に偏っていたかもしれない。バイアスを中和するために、班別討議やフロア全体討議では、つとめて、日本の状況との比較を話題にした。Sセメスターから参加した方々は、独仏の歴史や途上国の税務執行についても議論した。

昨年度のゼミでは、Levi(1988)Braithwaite(2007)など、理論枠組みに関する文献も取り上げていたが、今回はそうしなかった。その結果、理論的コアの押し出しが弱く、多様な各論が並列している、という印象を与えたかもしれない。安易な「体系化」を阻む奥の深い領域だけに、信頼に関するScholtzの議論などをはじめとして、引き続き検討が必要。

8.おわりに

時間制約の中で、参加者はよくがんばった。もっとも、今回のゼミで会読したのは、各論題に関する多くの文献のうち氷山の一角である。取り上げなかった論題も多い。

継続は力なり。来年度は駒場の「社会科学ゼミナール」に場所を移して、基本的な文献会読を継続したい。

2025/04/23

駒場ゼミ3回目にして怒涛の突っ込み

このところ続けて開講してきた「人はなぜ納税するか」ゼミは、このセメスターには駒場で開講している。さっそくSteinmo and D'Attoma, Willing to Pay? A Reasonable Choice Approach (Oxford University Press 2022)を読み始めた。この本は、どうしてある国では高い納税協力が観察され、別の国では低い納税協力が観察されるのか、という問いを扱っている。制度の役割に着目しつつ、これを利益・規範・価値という変数によって説明しようとする試みである。

今日はゼミの3回目で、この本の理論枠組みを説明する章(1 Why Should I Pay? A Cognitive Theory of Tax Morale)の会読にとりかかった。

この章冒頭の引用に出てくるDouglass Northは、二十歳前後の学生のみなさんにはなじみがなかったよう。さもありなん。彼がノーベル経済学賞をとったのが1993年だから、ゼミを受講しているみなさんが生まれるだいぶ前である。私の世代にとっては同時代人としてまぶしかった存在も、遠い歴史上の存在と感じられるのかもしれない。ちなみに、山形さんが青木先生にインタビューしたこの記事「青木先生、比較制度分析って何ですか?」も、今からもう16年前。

今日の会読は厳密に一文ずつ精読するというよりは、まずはパラグラフごとに意味をつかもうというゆるい感じで進めた。ただ乗り問題に対するホッブス的解決のあたり(8頁)ですこし議論が出て、規範の内面化についての軽い質疑があった。また、Rational Choice Instrumentalismに出てくるrationalという言葉と、Steinmoらのいうreasonable choice approach(9頁)に出てくるreasonableという言葉は、いずれも日本語にすると同じ「合理的」になるけど英語だと違う言葉で意味の違いを意識してますよね、といった話があった。ここまでの展開は想定内。

しかしだんだん参加者の発言が鋭くなってくる。本書がいうところのsuccessful societiesとless successful societies(11頁)はどう区別されるか。このいずれに向かうかのtipping pointはどこにあるか。こういった疑問が出てきたあたりで、一見すると平明で常識的なテクストが、実は多くのことを説明していないことが明らかになってくる。

そして、effective institutionsがこうこう、ineffective and/or inefficient institutionsがこうこう、というくだり(12頁)に至って、effectiveとefficientがどう違うかがわかりません、どうしてひとつめの文はeffectiveだけでふたつめの文はineffectiveとinefficientの両方が出てくるのですか、という質問があった。これを起点に、参加者のさまざまな解釈が飛び交うようになった。納税者の納税協力と課税庁の執行能力とで黒板にマトリクスを描いて説明する人がいた。ベン図を描いて概念相互の関係を説明する人もいた。いかにもゼミらしい会読の時間だ。ゼミ担当者は、このくだりはあまり精密な言葉遣いをしておらず単に言い換えたのではと思い、「これは筆が滑ったのではないか、effectiveとineffectiveだけで用語を統一しても文章の意味は変わらないはずだ」と主張したのだが、一笑に付されてしまった。駒場の学生おそるべし。

今日はここまで。次回は各国タックス・ギャップの差異を説明する枠組みの部分の会読に入る。さらに議論が白熱しそうな予感がする。

2025/07/15

駒場「現代と法」オムニバス講義最終回

白石忠志先生の肝煎りで、本年度も駒場「現代と法」オムニバス講義が開かれた。その最終回に呼んでいただいた。断続的な雨の中、朝から多くの学生さんが出席してくれた。

1.私のプレゼン

昨年に続き、《人はなぜ納税するか》について手短にお話しした。私の主要なメッセージは、納税行動が単純な損得勘定だけでは説明できず、知的に興味深いパズルを提供している、ということだ。公共財提供に関するフリーライド問題からはじめ、租税債権の自力執行権や脱税に対する加算税や罰則などの制度的背景を概観したのち、今回はとくに、Steinmoらの歴史的制度論と実験室実験に焦点を絞って、「ある国で脱税が多く別の国で脱税が少ないのはなぜか」という問いを扱った。しかるのち、より実践的な課題に視点を切り替えて、応答的規制の税務行政への応用としてのValerie Braithwaite (2003)の「執行ピラミッド」を紹介し、tax gap推計の有用性や、Tax Administration 3.0言及しようとしたあたりで、制限時間になった。

2.白石先生の助け舟

私のプレゼンの途中で、いくつか枢要な点について白石先生から「助け舟質問」があった。それらは、私のプレゼンでロジックが飛んでいる点や、比喩的・印象論的な言葉使いをしている点についての的確な指摘だった。ありがとうございます。

  • (指摘)単純なTAG(Taxpayer as Gambler)モデルだと「ばれてもともと」ということになるというが、どういうことか?→(増井応答)事前(ex ante)の見地からみた期待値ベースで、実調率を織り込んで「合理的(これはとても限定的な意味におけるそれ)」に損得計算するとそうだ、という意味。本税に加えて制裁としての加算税を納付する場合であっても、摘発確率との関係でそうなる、というロジックだ。
  • (指摘)「執行ピラミッド」にいう協力的態度と非協力的態度を、課税庁はどうやって見分けるのか?→(増井応答)応答的規制の考え方では、ピラミッドの下から上へと、規制を徐々に強めていくことで判別する。まず全員に対して広報や教育、サービスによって助力する対応をとる。それでうまくいかない場合には記帳指導などかかわりを強めていく。抵抗があればサンクションを伴う税務調査へと、さらには刑事告訴にまで至る。
  • (指摘)リアルタイムでシームレスに情報が共有され、「ガラス張り」になる、というとき、カネの出入りが分かるようになるのは誰か?→(増井応答)国だけでなく、取引相手全体で情報を共有するイメージ。その利点はコンプライアンス費用削減だが、いいことばかりといえるかが考えどころ。国と事業者の間の情報共有に抵抗が少なくなるのは、国への信頼が確立している場合であろう。→(再指摘)事業者間の文脈では、強い業者が弱い業者に事業情報の開示を強要することが問題となる例がある。
3.ゼミ有志の檀上意見開陳

今回の授業では、本セメスターのゼミ有志が檀上意見開陳をしてくれた。その場で応答できなかったので、ここに感想を書いておこう。
  • (意見開陳)Steinmoらは、自己利益・規範・価値がどのように納税コンプライアンスに影響するかを実験室実験で調べている。そこで想定されているのは、制度(institutions)がインセンティブを通じて自己利益に働きかけ、徐々にその集団の暗黙のルールとして固定化されて規範となる、というループ。しかし、規範が先行し、あとから政府が制度を導入する、という例もあるのではないか?→(増井感想)規範から制度へというループもあるかもしれない。Steinmo & D'Attoma (2021)59頁の下の方の段落でも、Bergman (2009, 42)を引用して、the institutionalization of normsを語っている。うまい具体例をおもいつけていないのだが、たとえば、「Aについては皆が納税していない」「それをうけて法律でAを非課税とする」といったような場合だろうか(?)。
  • (意見開陳)Steinmo (2018)は、スウェーデンのルター派教会とイタリアのローマ・カトリック教会の果たした役割を対比する。そこで、宗教は文化か制度か、という問いを提起したい。→(増井感想)この意見開陳において、宗教の内容でなく宗教の組織について話します、と慎重に補足された点が大事だと思う。「教会が制度だ」というときには、教区人口の世帯構成や不動産所有状況などを把握し、その情報を管理する能力に着目している。それは世俗組織の営むmonitoring機能と変わらない。なお、重要な補足として、スウェーデンとイタリアの現況を歴史的制度論でもって説明するこの話を相対化するものとして、Steinmo & D'Attoma (2021)の実験結果は、単純な文化論やステレオタイプを排している。つまり、人々の遵法志向の分布は似通っており、むしろ制度の強弱が実際のtax gapの違いをよりよく説明する、というのである。
4.フロアからの質問もあった。これに対してはその場でごく簡単に応答した。
  • (質問)巨大IT多国籍企業のような場合、Steinmoらの語る自己利益・規範・価値という枠組みは通用するか?→(増井応答)株式会社の場合、株主利益の最大化という意味で自己利益で説明できそうだが、これに対してはESG投資など別の流れもある。日本企業は欧米企業ほどagressive tax planningをしないという話がある。→(指摘)増井応答の後半とかぶるが、日本のJTC(Japanese traditional company)と呼ばれる企業の行動原理は、評判を重視する。
  • (質問)税務調査にかかる人件費などのコストと比べて、税収回復やみせしめ効果などは計量できているのか?→(増井応答)EBPMの課題だ。これの18頁。

5.Braithwaite再訪

今回の準備過程では、Valerie Braithwaiteの仕事の意味がすこしわかってきた。彼女の「執行ピラミッド」は、オーストラリアでのアンケート調査によって納税者の態度(motivational postures)を析出したもので、心理学の手法で仮説を検証していた。一人の個人が複数の態度を併せ持つことがありうること、態度と行動は必ずしも一致しないこと、抵抗を対話の契機ととらえるオープンな姿勢、などは、執行ピラミッドを「独り歩き」させないための重要な留保だと思う。

私が熱烈に知りたいのは、このピラミッドの形状が現在の日本でどうなっていて、これからどのように変化していくかである。

6.おわりに

昨年度の「現代と法」に出ていた学生の方から、「今年のほうがレジュメがわかりやすかった」とのお言葉があった。1年たつと(すこしは)進化する。すなおに誉め言葉ととっておきたい。

2025/05/13

豪州国税庁のAI利用について、AIにきいてみた

税制調査会専門家会合(座長 岡村忠生教授)で、早稲田大学の岩崎尚子教授が、「デジタルガバメントの国際比較と経済社会のデジタル化の進展」と題する報告をされた。それによると、デジタル政府世界ランキングでデンマークのように上昇してきた国もあり、日本のように低下傾向にある国もある(スライド10頁)、とのこと。AI利活用も進んでいて、「世界の税務当局の50%以上がAIをリスク評価や不正検知に活用(OECD調査)」(スライド22頁)という。質疑応答を通じて、AI人材不足や自治体対応など、多くの課題が浮き彫りにされた。

中でも重要な課題がAIガバナンスだ。この点について、オーストラリアでは2025年2月、Australian National Audit Office (ANAO)によるレビューが公表されている。このレビューは、豪国税庁(Australian Taxation Office)を対象として、そのAI導入と管理体制に関して包括的な評価を行った。評価の観点は、1)AI導入のためのガバナンス体制が効果的か、2)AIモデルの設計・開発・導入プロセスが効果的か、3)AI導入後のモニタリング・評価・報告が効果的か、の3つ。7つの勧告が出されている。このあたりは、Perplexityで検索をかけてみると、すぐに(日本語で)要約が手に入る。

今日のお話のようにシンギュラリティが予想外に近いのだとすれば、AIが暴走しないための枠組みづくりは税務行政においても大事な課題だと思う。他方で、納税者への助言サービスのほうも急速にAI利用が進むから、民間利用についても考えるべき点が多いはず。

さらに、今後AIが意思決定の前面にでてくるようになると、従来からの通念にも再考が迫られる。すなわち、「人はなぜ自発的に納税するか」については、合理的効用計算だけでは説明できず、社会規範とか信頼とかの要素が働いていると考えられてきた。しかし、AIが損得勘定だけで走るようになっていたら、AIによるプランニングや申告は、生身の人間によるそれとは異なるものになることが容易に予想される。専門家倫理として議論されてきた問題は、私たちがAIに依存するようになった社会では、どうなっていくのか。

さらに憶測を重ねよう。AI主体の納税環境の下では、税務行政のアプローチにも再考が必要になってくる。「人はなぜ納税するか」も違って見えてくるだろう。国ごとの違いが何に起因するかという問い自体が、あるいはひっくりかえるかもしれない。生成AIはつくづく、game changerだ。

2026/05/29

ブックオフのレシートに「内税10%」と書いてあるのはなぜ?

【ある昼休み、大学の学生食堂で】

Aさん(質問者):このあいだ、ブックオフに本を売ったんです。

Bさん(租税法研究者):断捨離ですか。

Aさん:研究室の本棚が崩壊しかけていたので。

Bさん:大学人らしい理由ですね。

Aさん:それで、こんなレシートをもらいました。

> 合計 3,245円

> 内税対象額(10%)3,245円

> 内税(10%)295円

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Aさん:ちょっと疑問なんですが。

Bさん:何でしょう。

Aさん:私は本を買ったのではなく、売ったんですよ。

Bさん:そうですね。

Aさん:しかも一般消費者です。

Bさん:そうですね。

Aさん:なのに「内税295円」と書いてある。

Bさん:そうですね。

Aさん:もう少し情報量の多い返事をお願いします。

---

Bさん:まず最初にお断りしておきますが、これは税務相談ではありません。

Aさん:租税法の先生らしい予防線ですね。

Bさん:あくまで制度の説明です。さて、このレシートを見て、「一般消費者から買い取ったのに、ブックオフは仕入税額控除できるのか」という疑問ですね。

Aさん:まさにそれです。

---

Bさん:消費税法の原則から確認しましょう。仕入税額控除を受けるためには、原則として適格請求書、つまりインボイスが必要です。

Aさん:私はインボイスなんて発行していません。

Bさん:もちろんです。一般消費者は通常、適格請求書発行事業者ではありません。

Aさん:すると、ブックオフは控除できないのでは?

Bさん:もし本当にそうなら、古本屋は困ります。

Aさん:なぜですか。

Bさん:考えてみてください。古本屋は誰から本を仕入れますか。

Aさん:ほとんど一般消費者ですね。

Bさん:中古車店は。

Aさん:一般の人ですね。

Bさん:リサイクルショップは。

Aさん:やはり一般の人ですね。

Bさん:もし全員に「インボイスをください」と言わなければならないとしたら。

Aさん:それだと商売になりませんね。

---

Bさん:そこで法律は例外を設けています。古物商が、適格請求書発行事業者でない者から古物を買い受ける場合には、一定の要件の下で、帳簿のみの保存によって仕入税額控除が認められます。

Aさん:なるほど。

Bさん:これが、「古物商特例」です。

Aさん:古物商なら何でもよいのですか。

Bさん:いいえ。古物商が、販売するための棚卸資産として古物を仕入れる場合です。自分で読むために本を買ったとか、社内で使うために備品を買ったという話ではありません。

Aさん:ブックオフが、商品として再販売するために本を買い取るから問題になるわけですね。

Bさん:そうです。

---

Aさん:ところで、ブックオフは本当に古物商なんですか。

Bさん:実は、ここは確認が必要です。古物商でなければ、この特例は使えません。ブックオフコーポレーション株式会社は、古物営業法上の古物商許可を受けています。同社の表示によれば、

> 古物商許可番号  神奈川県公安委員会  第452760001146号

となっています。

Aさん:ちゃんと許可を取っているんですね。

Bさん:全国展開している古本チェーンですからね。

Aさん:古物商だということはわかりました。古物商の買い取りに例外があることも、さっきうかがいました。じゃあ、この例外の法律上の根拠はどこにあるんですか。

Bさん:いい質問です。消費税法30条7項です。もっと正確には、その委任を受けた 消費税法施行令49条1項1号ハ(1)です。この規定が、古物商による古物の仕入れについて、帳簿保存のみで仕入税額控除を認めています。

---

Aさん:すると、このレシートの「内税295円」は何なんですか。

Bさん:あなたが納税した消費税ではありません。

Aさん:うーん、そこが知りたいところです。

Bさん:例えばブックオフは、3,245円で本を仕入れた→後で販売する→その販売に係る消費税を計算する、という流れになります。その際、3,245円の中に含まれる消費税相当額を計算すると295円になります。

Aさん:どう計算するのですか。

Bさん:税率10%なら、税込価格に含まれる消費税相当額は、税込価格 × 10/110 です。したがって、3,245円 × 10/110 = 295円となります。

Aさん:だから「内税295円」なのですね。

Bさん:そうです。ブックオフ側が、古物商特例に基づいて仕入税額控除額を計算するための「消費税相当額」です。

Aさん:つまり、私から見ると単なる買取代金だけれど、ブックオフの会計・税務処理では税込仕入れのように処理されるわけですか。

Bさん:おおむねそう理解してよいでしょう。ただし、レシート表示の細かな法的性質は、会社のシステムや表示仕様にもよります。少なくとも確実にいえるのは、「売主であるあなたが295円の消費税を納税した」という意味ではない、ということです。

Aさん:だんだんわかってきました。要するに、「私は295円の消費税を払った」という意味ではない。

Bさん:ええ。

Aさん:「私は295円を国に納税する」という意味でもない。

Bさん:ええ。

Aさん:しかし、ブックオフはその295円相当を仕入税額控除の計算に用いる。

Bさん:その理解でいいと思います。

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Aさん:でも、なんだか不思議ですね。私から見ると消費税を納めた記憶がないのに、相手方は仕入税額控除を受けちゃいますよ。

Bさん:そこが中古品流通に関する制度設計の特徴です。

Aさん:制度設計?

Bさん:はい。中古品は、新品として最初に消費者に売られた時点で、いったん消費税を含む価格で流通していることが多い。つまり、経済的には、その中古品の価格の中に、過去の消費税負担が残っていると考えられます。

Aさん:でも、私がブックオフに売るときには、私は消費税を納めていないですよ。

Bさん:そのとおりです。法的には、あなたは適格請求書発行事業者ではないし、ブックオフに消費税を請求しているわけでもない。しかしここで大事なのは、経済的にみて、その本が過去に課税済みの物品だということです。

Aさん:なるほど。そこにもう一度、ブックオフの販売時に消費税がかかるということになってしまう。

Bさん:そうです。もしブックオフが一般消費者から仕入れた中古品について仕入税額控除を一切受けられず、再販売時には売上全体に消費税がかかるとすると、中古品流通に重複課税が生じます。

Aさん:なるほど、これが例外の理由ですか。すみません、重複課税の意味ですが、私がもともと本を買ったときには、今よりも消費税率はもっと低かったように思いますが。

Bさん:そうですね、立法政策論としては、経過措置の角度からの検討も必要ですね。また、仕入税額控除の特例として扱う日本法と異なり、中古品販売業者についてマージン課税というしくみを設けるEU法のやり方もあり、比較法的にも突っ込んだ検討が待たれます。

Aさん:へえー。ブックオフのレシート、侮れませんね。

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★まとめ★

ブックオフが一般消費者から古本を買い取る場合、売主は通常、適格請求書発行事業者ではない。そのため売主がインボイスを交付することはない。しかし、ブックオフは古物営業法上の古物商であり、販売用棚卸資産として古本を仕入れているため、消費税法30条7項および消費税法施行令49条1項1号ハ(1)のいわゆる古物商特例により、帳簿保存のみで仕入税額控除を受けることができる。

レシートに表示された「内税10%」「内税295円」は、売主である一般消費者の納税額を意味するものではなく、ブックオフ側の課税仕入れ処理において用いられる税込価格の内訳表示である。これは、インボイス制度の下で中古品流通市場を維持するために認められた例外の一つである。

★参考文献★

佐野恵一郎「適格請求書等保存方式の諸課題に対する一考察-円滑な導入に向けた特例等のあり方について」税務大学校論叢109号277頁、370-381頁(2023)

★修正情報★

中古品流通に関する制度設計に関する最後の会話に大幅加筆し、全体的に修正を施した(2026/06/06)

2025/08/16

「グローバル・ミニマム課税の法制化について」を読む

1.法制上の整理の到達点

財務省が発行する月刊の政策広報誌「ファイナンス」2025年7月号に、大隅怜・水野雅・高倉俊明・松田泰尚「グローバル・ミニマム課税の法制化について」が公表されていた(pdf版はこれ)。この論説は、(1)日本でグローバル・ミニマム課税を法制化するに至った国際的な議論の経緯に触れた上で、(2)関連する国内法令の内容を概説し、(3)既存の法人税体系との関係で生じ得る法的な論点についての見解を述べるものだ。著者らは主税局参事官室参事官補佐(当時の肩書)であるが、「制度の解釈や評価に係る部分については、筆者らの個人的意見に基づくものであり、所属する組織や部局の公式な見解ではないことに留意されたい」との注意書きが付されている。

日本法でIIRを創設したのが令和5年度改正。令和6年度改正ではUTPRとQDMTTの導入が持ち越され、令和7年度改正で創設された。上記の論説(以下「本論説」という。)は、(3)既存の法人税体系との関係で生じ得る法的な論点について、まとまった見解を述べている点が注目される。法制上の整理の到達点を示しており、じっくり読むに値する。

2.問題の所在

本論説は、問題の所在を次のようにまとめる(57頁右下)。

ある構成会社等の所得に係る課税が不十分であること(構成会社等の所在地国に係る実効税率が最低税率に満たないこと)を理由に、なぜ別人格である他の構成会社等に対して課税を行うことが許容されるのか

3.帰責性という観点 

本論説は、以下に引用するように、(あ)企業グループを一体的な経済活動主体と捉えてグローバル・ミニマム課税の対象とすることには政策的な必要性があるとしたうえで、(い)グループ全体で負担すべき納税義務の帰属先は現実には個々の法人格を持った構成会社等とせざるを得ないとし、(う)その構成会社等について課税を基礎付けるだけの帰責性が認められるかという観点が重要であるとする(58頁左)。以下の引用にあたり、(あ)(い)(う)の見出しと下線は、増井による。

(あ)この点を検討する前提として、グローバル・ミニマム課税の政策的な必要性については、一般に肯定できるものと考えられる。すなわち、経済のグローバル化やデジタル化の進展により、国境を越えた企業グループ内での軽課税国への利益移転は極めて容易になっており、こうした企業活動について従来の国際課税ルールの枠組みのみで対応することには限界がある。この点に、個々の企業の取引に着目するのではなく、企業グループを一体的な経済活動主体と捉えてグローバル・ミニマム課税の対象とすることには政策的な必要性があり、冒頭で述べた2021年10月のIFでの国際合意は、各国のこうした現状認識が前提にあるものと理解できる。

(い)このようにグローバル・ミニマム課税が企業グループのグループとしての活動に着目した仕組みであることを突き詰めていけば、究極的には、その納税義務もグループ全体で負担することが望ましいとも考えられるが、現実の執行に当たっての納税義務の帰属先は、法的に責任財産の属する個々の法人格を持った構成会社等を基礎とせざるを得ない

(う)こうした前提の下で、なぜ実際に軽課税国に所在する構成会社等(より端的には実効税率が基準税率を下回ることによりグローバル・ミニマム課税による課税の原因を作り出した構成会社等)ではなく、他の構成会社等が課税を受けることが許容されるのかを検討するに当たっては、その構成会社等について、課税を基礎付けるだけの帰責性が認められるのかという観点が重要と考えられる。

上記引用からわかるように、問題に対する鍵として本論説が提示するのが、帰責性という観点である。 

4.UTPRへのあてはめ

この観点を踏まえ、本論説は、IIR, UTPR, QDMTTのそれぞれについて帰責性を肯定する(58-59頁)。とりわけ重要なのが、UTPRについて次のように論じる箇所である(59頁右)。以下の引用にあたり、再び下線は増井による。

UTPRにおいて納税義務者となる構成会社等は、必ずしもグループ内の親会社等に限られないから、IIRのようにグループ内で支配的な地位にあることをもって、UTPR課税に係る帰責性を直接に基礎付けることは難しい。とはいえ、IIRのみではインバージョンを通じて容易に課税の潜脱を許すこととなりかねず[注32を省略]、グローバル・ミニマム課税の目的を達する上では、IIRとは異なる仕組みによって、資本関係の下流側からも課税を確保する仕組み自体は必要というほかない。また、グループが全体として稼得した所得についてその一部が軽課税国に移転されている場合においては、本来はその稼得された国・地域で応分の課税が行われるべきである一方、現に軽課税国の構成会社等において認識されている所得について、その移転が行われた所得がもともと稼得された国・地域を特定することは、現実的には困難が伴う

 こうした点を踏まえて、UTPRにおいては、各国の構成会社等が、その有する従業員等の数・有形資産の額に応じてIIR課税後の税額を比例的に負担する仕組みを採用しているものと理解できる。これらは、各構成会社等の人的・物的資本であって、その構成会社等がグループの一員として生み出す事業上の利益の基盤と評価できる。そうすると、UTPR課税を受ける構成会社等は、グループ内の親会社等の支配の下、グループの一部として事業上の利益を生み出す基盤を有し、その結果、そのグループが進出先の国・地域において軽課税の状態を生じているといえ、この点に、UTPR課税を基礎付ける帰責性を認めることができると考えられる。

これを要するに、IIRのバック・ストップとしてUTPRは必要であるし、所得の移転元の特定は現実的には困難である。だから、人的・物的資本をもとに比例的に負担する仕組みにした。これらの人的・物的資産は構成会社等がグループの一員として生み出す事業上の利益の基盤と評価できる。そのような基盤を有している結果、グループが進出先で軽課税状態になっている。ここに帰責性を認めることができる、というのである。

このロジックをもうすこし簡略化すると・・・

  • 定式分配の要素(従業員の数・有形資産の額)が事業上の利益の基盤である。
  • そのような基盤を有している「その結果」として進出先での軽課税状態を生じさせた。
  • そこに帰責性がある。
という論旨と読むことができる。グループ全体の義務を個別会社の義務に割り振っていく過程を、このロジックによって説明している。

5.少数株主の負担

本論説は、以上に続けて、構成会社等の少数株主の負担について、許容すべき投資リスクの範疇の問題であるとする(58-59頁)。そのまま引用しておこう。

このように考えるとしても、納税義務者となる構成会社等にグループ外の株主等(少数株主等)がいる場合には、当該少数株主等にとって予期しない形で投資先である構成会社等にUTPR課税が生じる可能性がある。

もっとも、これらの少数株主等にとっても、支配株主等を始めとした他の株主等が存在すること自体は関知し得るのであって、また、投資先がUTPRを始めとした各種の税制の適用を受けることについても、同様に知り得るところである。そうだとすれば、少数株主等に関して、その投資先がUTPRの適用による課税を受ける可能性があることを一般的な投資リスクと切り離して論じる意義は乏しく、許容すべき投資リスクの範疇の問題と考えられる。また、少数株主等にとっては、従前から投資していた会社等が、UTPR施行後、買収等により新たにUTPR課税の対象となるグループに属することとなる場合も考えられるものの、こうした場合であっても、グループに属することとなって以降、具体的なUTPRに係る納税義務が成立するまでの間において、持分の譲渡等を通じた投下資本の回収自体は一般に可能であることを踏まえれば、少数株主等に許容し得ないほどの負担を強いるものではないと考えられる。

6.おわりに

以上、本論説における(3)既存の法人税体系との関係で生じ得る法的な論点についての見解に注目して、該当箇所を読んでみた。

ここでは触れないが、本論説は、これ以外についても、(1)日本でグローバル・ミニマム課税を法制化するに至った国際的な議論の経緯がわかりやすいし、(2)関連する国内法令の内容を概説する箇所がIIR/UTPR/QDMTTの全体像を要領よく示している。改正税法のすべて令和7年版の解説とともに、しっかり読んでおきたい。なお、IIR創設時の令和5年版の解説と、その改正に係る令和6年版の解説も参照。

2024/05/04

Canadian Tax Journal: Ethics and Taxation

数年前からCanadian Tax Journalのかなりの記事がオープンアクセスになっている。最新号の2024, Volume 72, Issue number 1をながめていたら、特集として「政策フォーラム:倫理と課税」が組まれていた。編者による導入に続いて、透明性が不可欠であるとする論説、応報的正義を強調する論説、租税争訟における倫理を5つの事例で説く論説、実務家のための倫理綱領を検討する論説、が並んでいる。

かつて2012年のゼミで租税倫理を取り上げ、米国のケースブックについて短い書評を書いたころから、この分野が重要であり、多くの論点が詰まっていることは感じていた。このゼミでご一緒した小田さんがその後神戸大学で博士論文を執筆され、近年も髙橋教授が論文を公表されるなど、日本でも研究が進んできた。より広く、「税務執行」とか「人はなぜ納税するか」とかいった角度から、隣接問題群とからめつつ、さらに一歩を進めることができるのではないか。などとふと思う。本年度の通年ゼミの後半で会読する論文のテーマ設定を話し合う際に、倫理についてもリストに加えることを提案してみたい。

以下に、論説へのリンク先をコピペしておく。なお、この雑誌のCurrent tax readingという定期欄が情報豊富で参考になることは、研究者の間でもそれほど知られていない。

 POLICY FORUM                   
65
  Policy Forum: Editors’ Introduction—Ethics and Taxation
https://doi.org/10.32721/ctj.2024.72.1.pf.editors
Kim Brooks, Kevin Milligan, and Daniel Sandler
67
 
Policy Forum: Transparency—An Essential Condition for Ethical Behaviour in Tax Planning
https://doi.org/10.32721/ctj.2024.72.1.pf.latulippe
Lyne Latulippe
83  Policy Forum: Using Retributive Justice To Ensure Public Trust in Canada’s Tax System
https://doi.org/10.32721/ctj.2024.72.1.pf.farrar
Jonathan Farrar and Tisha King
95   
Policy Forum: Some Reflections on Ethical Considerations in Tax Litigation
https://doi.org/10.32721/ctj.2024.72.1.pf.gammie
Malcolm Gammie
 
107 
 
 Policy Forum: Ethics and Tax Practice—We Need To Talk
https://doi.org/10.32721/ctj.2024.72.1.pf.wensley
Karen Wensley