2026/07/12

欧州委員会の2026年税制報告書に、納税協力の社会的経済的側面に関する章

欧州委員会租税・関税同盟総局(DG TAXUD)が、Annual Report on Taxation 2026, Directorate-General for Taxation and Customs Union, European Commission, Publications Office of the European Union, Luxembourg, 2026を公表した。

特徴的なのがその第4章で、納税協力の社会的経済的側面を論ずる。

  • 納税者の観点からアプローチ
  • 昨年の2025年版では、タックス・ギャップの測定方法(第4章)と税務行政の役割(第5章)を論じていた
  • 既存研究で明らかにされてきた知見を総合
  • 納税コンプライアンスは、摘発確率と罰則だけでなく、制度の簡素さ、法的安定性、申告支援、源泉徴収・第三者情報、行政能力、公平感、政府への信頼、納税モラルの相互作用による
第4章冒頭の2つの段落(101頁)は、次のように述べている。
課税当局によるコンプライアンス確保の取組みを促進または制約する社会的・行動的要因を理解するためには、納税者の視点を考慮することが有益である。高水準の納税コンプライアンスは、さまざまな制度的・社会的・経済的要因の所産であり、税務行政と納税者との相互作用の結果として生じる。欧州委員会の『Mind the Gap報告書』(2025a)は、各国のコンプライアンス執行の枠組みおよび能力、ならびにその基礎にある決定要因について、包括的かつ詳細な分析を行った。同報告書を補完するものとして、本章は、納税者の視点から納税コンプライアンスを論じる。本章の前提は、納税コンプライアンス確保の取組みが社会構造の中に埋め込まれていること、および、納税コンプライアンスを構成する相互補完的な諸要素を認識することがタックス・ギャップを縮小する取組みに資すること、である。

本章は次のように構成される。4.1で、「租税に対する市民の意識」に関するフラッシュ・ユーロバロメーターのデータから、EUがコンプライアンス執行に取り組むことに対する市民の支持が確認される。また、この節では、租税逋脱と納税コンプライアンスに関する基礎的な合理的選択モデルも紹介する。4.2で、納税コンプライアンスの測定を論じ、租税制度の健全性を示す戦略的指標としてのタックス・ギャップの役割を強調する。4.3で、租税制度のさまざまな側面が、納税者のコンプライアンス行動にどのような影響を及ぼすかを分析的に整理する。4.4で、『Mind the Gap報告書』の国別概要票における分析を参照しつつ、税務行政が有するコンプライアンス執行能力(compliance enforcement capacity)の重要性を強調する。4.5で、自発的納税意欲(tax morale)を論じ、4.6で、本章を通じて取り上げられるフラッシュ・ユーロバロメーターの各変数に対する回答を左右する社会経済的属性を分析する。

この最後の4.6の分析は、次のような結果を示している(114頁以下)。

  • 自営業所得を主たる所得源泉とする者は、租税回避・脱税対策をEUの優先事項と考える確率が10.6ポイント低い。資本所得者では16.1ポイント低い。
  • 自営業者は、申告を容易と考える確率が6.0ポイント低く、専門家を利用する確率が3.6ポイント高い。ところが、税制を公平と評価し、課税当局の支援を十分と考える確率は、むしろ給与所得者より高い。
  • 所得額そのものよりも、所得をどのように稼得しているか、すなわち給与、自営業、年金、社会給付、資本所得という所得源泉の違いの方が、多くの認識を強く説明する。

2026/07/02

ATAD改正案ー欧州委員会はCFCルールをどう改正しようとしているか

[昨日ポストした欧州委員会の提案の続き]

1.現行ATADの構造

現行ATADは、CFC所得の取り込み方法について加盟国に選択肢を与えている(7条2項を参照)。

  • Model A  利子、ロイヤルティ、配当、株式譲渡益、金融リース、保険・銀行・金融所得、低付加価値の請求会社所得など、特定カテゴリーの非分配受動所得を対象にする
  • Model B  税務上の便益を得るために仕組まれた「非真正な取決め」から生じる非分配所得を対象とする(資産・リスク・重要人的機能で識別)。その計算は独立企業原則による(8条2項)
Impact Assessment (5.1.2.1)によれば、17加盟国がModel Aを採用、8加盟国がModel Bを採用、2加盟国が両モデルを組み合わせた変形を採用。このことが、EU域内の断片化、法的不確実性、クロスボーダー企業の追加的コンプライアンス費用を生んでいる、とする。

2.Pillar 2との重複計算

Explanatory Memorandum (13-14頁)は、ATAD上のCFCルールとPillar 2の所得合算ルール(IIR)が低課税所得を親会社側またはグループ側で捕捉するという点で重複する、とする。また、Impact Assessment (5.1.2.2)は、(あ)低課税CFC所在地国のQDMTTと株主所在地国のCFC課税による経済的二重課税という問題と、(い)CFC計算・申告とGloBE計算・報告の重複によるコンプライアンス負担という問題、を指摘する。もっとも、Pillar 2とCFC課税の実際の重複については、Pillar 2施行後の実証データがいまだ乏しいのであって、今回の提案は企業側の意見、ATAD評価及び理論的分析に相当程度依拠している点に注意が必要。

3.改正提案

そこで、主に次の4つの改正を提案している。

  • Model Aの義務化。Model Aは、特定カテゴリーの受動所得を対象とする比較的機械的な方式であり、欧州委員会はこれを、より効果的で、執行しやすく、法的確実性が高い方式と評価している。これに対し、Model Bは、移転価格税制と大きく重なり、各国の移転価格実務に依存するため不統一を生みやすいと評価。
  • Pillar 2対象企業のCFC適用除外。Pillar 2の対象となるMNEグループ又は大規模国内グループに属するEU加盟国の納税者について、原則としてATAD 7条1項から3項のCFCルールを適用しない。なお、改正案7条8項は、5項から7項の定義や適用除外と異なる国内規定を加盟国が維持又は導入することを禁じる(加盟国の上乗せ的な課税を制限)。
  • Side-by-Side制度国に親会社がある場合の特則。Side-by-Side制度国(現時点では米国のみ)にUPEが所在する場合、IIR・UTPRが通常どおり働かないため、単に「Pillar 2対象だからCFC除外」とするとATADの濫用防止水準が低下する。そこで、CFC課税の対象から外すにあたり一定の条件を付す。
  • SME carve-out。小規模・中規模グループおよび国外恒久的施設を有する単体のmicro/small/medium-sized undertaking (これはEU会計指令の用語)について、CFCルールを適用しない。

2026/07/01

欧州委員会が税制簡素化パッケージを提案

1. 提案の概要

欧州委員会は2026年6月24日、EU税制の簡素化パッケージを提案した。

  • 直接税分野の複数指令をまとめて改正する「直接税オムニバス」
  • 税務行政協力指令(DAC)を再編・統合する「DAC Recast」

その目的は、EU税制のコンプライアンス負担を軽減して単一市場の競争力を高めつつ、租税逋脱・租税回避・脱税への防御水準を維持すること。年間約79億ユーロのコンプライアンス・コスト削減を見込む。今後、欧州議会への諮問と理事会での採択手続に付される見込み。

2.直接税オムニバスの骨子

  • EU域内の会社間の配当・利子・ロイヤルティ支払について、源泉税を大幅に除去
  • R&D関連の有形資産について、EU共通の最低限の即時償却・加速償却ルールを導入
  • ATAD関係では、CFC税制とPillar Twoの重複を整理
  • 合併指令、税務紛争解決指令、FASTER指令の改正など
3.DAC Recastの骨子

  • DAC6(MDR)→Pillar Two対象企業について一定のDAC6報告義務から除外
  • DAC7(デジタル・プラットフォーム報告)→オンライン上の商品販売につき小規模・低リスクの売主を報告対象から除外
  • DAC4(国別報告)とDAC9(トップアップ税情報申告)→単一の通知手続を導入
  • TIN(納税者識別番号)についてEUレベルの確認ツールを導入
  • DAC1(基本指令)→生命保険商品を対象除外、残る所得・資本カテゴリーについて交換を義務化
4.各種文書へのリンク

Direct taxation omnibus proposal

2026/06/24

最判令和8年6月23日、相続後債務免除益事件

1.概要

被上告人らは、Aから金融機関に対する借入金債務を相続したが、同債務は、同相続後に免除の効力が生じたことにより消滅した。この免除により受けた経済的利益が一時所得に当たるとする所得税の更正処分の取消訴訟。最高裁第三小法廷は原判決を破棄し、事件を東京高裁に差し戻した。裁判所ウェブサイトはこれ

法廷意見は比較的簡潔であるところ、ふたつの補足意見と反対意見がある。とりわけ沖野補足意見は詳細で、「債務免除益に係る所得税課税の根拠及び要件については様々な議論がある上、本件におけるような相続が関わる場合の相続債務との関係については、従来、十分な議論がされてきたとはいい難い。」と述べて、多数意見が、「本件における本件規定の適用について判断したもの」であると位置づけている。

2.事実関係

  • 銀行が、Bを借主とし、A(Bの子)を保証人として、16億円を貸付け。後に銀行がB・Aを被告として貸金返還訴訟を提起。
  • B死亡後、その相続人であるAとX1(Aの子かつBの養子)が同訴訟を承継。
  • 平成16年4月、Aが借入金債務を引き受け、合計6億2630万円を分割弁済すれば残額9億7370万円を免除するという条件付きで、訴訟上の和解。
  • Aは、銀行に対し上記6億2630万円の大半を支払った。
  • Aは最後の100万円を残して平成26年10月に死亡し、Aの妻X2とX1らがAを相続
  • 銀行とX1・X2は、X1が9億7470万円の支払債務を免責的に引き受け、X2がこれを重畳的に引き受ける旨の債務引受契約を締結。
  • X1・X2は平成27年・28年に各50万円、合計100万円を支払ったため、9億7370万円の債務免除の効力が生じた
  • X1・X2は、相続税につき、修正申告によって、この債務を債務控除しない扱いとしていた。
  • 平成30年4月25日、所轄税務署長は、X1・X2に対し、債務免除により受けた各自4億8685万円の経済的利益が一時所得に当たるとして、所得税の更正処分など。
  • X1・X2がその取消を求めて出訴。
  • 東京地裁令和5年3月14日判決は、請求一部認容。争点は、本件債務免除益の存否、資力喪失(所得税法44条の2)の有無、二重課税の排除(所得税法9条1項16号)の適用の有無、理由附記の不備の有無、前訴の弁護士費用等を「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)として控除することの可否。

3.原審の判断

東京高裁令和6年1月25日判決は、請求全部認容。その理由は、最高裁によって次のようにまとめられている。なお、以下引用文にいう「本件規定」とは、所得税法(令和3年法律第11号による改正前のもの)9条1項16号の「相続、遺贈又は個人からの贈与(省略)により取得するもの」を非課税所得とする旨の規定のこと。

相続税の課税価格の算定に当たり、相続税法14条1項の「確実と認められるもの」に当たらず、担税力を減殺させるものではないとして控除されなかった債務が相続開始後に免除を受けたからといって、これによって債務者に新たな担税力が生じると解するのは相当でない。被相続人から相続した債務であって、相続税の課税価格の算定に当たり、近い将来に免除を受ける可能性が極めて高いこと等を理由に同項によって課税価格に算入すべき価額から控除されなかったものが、その後に免除された場合は、当該債務免除に係る相続人の利益は、形式的には当該債務免除を受けた時点で発生したものといえるとしても、所得税との関係では、潜在的には相続により取得していたものとみることが可能である。また、当該債務免除に係る相続人の利益は、相続により取得した財産のうち控除されなかった上記債務に相当する部分の経済的価値と実質的に同一のものということができる。そうすると、特段の事情のない限り、これに所得税を課すことは本件規定に反するものとして許されないというべきである。本件において上記特段の事情は見当たらないから、本件債務が免除されたことによる利益に所得税を課すことは、本件規定に反し許されない。

4.法廷意見

法廷意見は、次のように判示して、原審の判断が是認できないとした。赤字と下線は引用者による。第1段落が最判平成22年の一般論を踏襲。第2段落が本件に関する判断。以上を受けて、第3段落が結論。

本件規定にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、本件規定の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される(以上につき、最高裁平成20年(行ヒ)第16号同22年7月6日第三小法廷判決・民集64巻5号1277頁参照)。

本件においては被上告人らがAを相続した後に本件債務の免除の効力が生じたのであるから、被上告人らが、これによる経済的利益を相続等により取得したということはできない。そして、本件相続に関し、本件債務が相続税法14条1項所定の「確実と認められるもの」に当たらず、相続税の課税価格に算入すべき価額からその金額が控除されないとしても、本件相続後に本件債務が消滅することによって生ずる経済的価値に対して相続税が課されるものではないから、上記経済的利益に所得税を課すことは、同一の経済的価値に対し相続税と所得税とを二重に課すものとはいえず、本件規定の上記趣旨に反するものではないというべきである。

したがって、本件債務の免除により被上告人らが受ける経済的利益は、本件規定所定の非課税所得には当たらず、上記経済的利益に所得税を課すことが、本件規定に反するということはできない。

5.平木補足意見

平木正洋裁判官の補足意見は、次の(1)と(2)の均衡を問題にする。すなわち、(1)仮にAが存命中に債務免除を受けていた場合には、Aに債務免除益課税がされ、その後の相続では免除済みの債務は控除されない。これに対し、(2)原判決の考え方によれば、Aの死亡後に免除条件が成就しただけで、誰にも債務免除益課税がされない結果になる。

6.沖野補足意見

沖野眞已裁判官の補足意見は多くのことを精緻に述べており、直接に原文にあたることが特に必要であるが、大きくいうと2点に分かれる。「1」では、本件債務免除益に係る所得について本件規定に該当するとするのは本件規定の文理と趣旨を超える、とする。これは多数意見の理由を補強する部分である。「2」では、もっともそれは、本件債務免除益が当然に所得であるという意味ではない、とする。相続税上債務控除されなかった相続債務の免除益について、そもそも所得が発生したといえるかは別問題であり、多数意見はそこを判断していない、と念押しする部分である。

7.石兼反対意見

石兼公博裁判官の反対意見は、本件債務は、相続税課税時には担税力を減少させる価値がないと評価されたものの、所得税課税時には担税力を減少させる価値があるという異なった評価を受けたため、本件債務という同一の消極的経済的価値に対して、所得税と相続税が二重に課税されたとする。

2026/06/17

最判令和8年6月16日、外貨間取引為替差益事件

最高裁の第三小法廷が、令和5年(行ヒ)第366号 所得税更正処分等取消請求事件につき、弁論を開いたうえで、上告棄却。ここから判決文を読める。

1.事案と上告理由

日本の居住者が、スイス所在の外国金融機関にある自己名義の預金口座へ合計105億円を送金、この外国金融機関に資産運用を一任した。この外国金融機関は、運用対象資産に属する外国通貨を用いて、他の種類の外国通貨や外国通貨建て有価証券を取得する取引を行った。

上告理由は、外国通貨により他の種類の外国通貨または同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行っても、為替変動のリスクが依然として存在し、為替差益は確定しない、それゆえ「収入すべき金額」(所得税法36条1項)があるとはいえない、というもの。

2.判旨の概要

最高裁は、上告を棄却した。判旨をたどると、まず、権利確定基準を確認したうえで、

所得税法は、所得の把握についても本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを予定している

と判示する。それを踏まえて、次のように述べる(テクストの色付けは引用者による)。

以上を踏まえると、ある外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、変動する外国為替の売買相場の下で本邦通貨との関係において変動していたある外国通貨の経済的価値が、上記取引により他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値をもって固定化され、他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値が流入することによって、ある外国通貨の取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となるとともに、上記取引時に他の種類の外国通貨又は上記有価証券に係る権利が収入の原因となる権利として確定することから、その時点における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額(所得税法57条の3第1項参照)を同法36条1項にいう「収入すべき金額」とすべきこととなる。

この判示を受けて、次の結論を導いた。

そうすると、居住者が、外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行った場合、上記取引を行った日の属する年分の所得の金額の計算上、上記取引時における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額が「収入すべき金額」となると解するのが相当である。そして、上記円換算額から支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額等を控除した金額が、上記取引に係る所得の金額となるというべきである。

3.補足意見

林道晴裁判官の補足意見は、法廷意見に賛同しつつ、補足して次のように述べ、立法による対応を促している。

しかし、それは飽くまでも為替差損益に係る課税について明文の規定がなく、外国通貨によって他の種類の外国通貨や同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引に係る所得の把握についても本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うほかない現行法を前提とする解釈論にとどまる。外国通貨建ての投資や国際取引が日常的に活発に行われている現状において、所得の把握を常に本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うこと自体に問題がないかも含めて、外貨建取引に係る所得税の課税の在り方を改めて検討すべき時期に来ていると考えられる。仮に、所得の把握を常に本邦通貨の額面価格の単位を基準に行う方針を維持するとしても、為替差益に係る所得の実現時期や、外貨建取引に係る「収入すべき金額」、必要経費等について定める規定を設けることなく、これを所得税法36条1項等の一般的な解釈適用に委ね、外貨建取引が行われた場合の円換算額の計算規定にとどまる同法57条の3を設けるにとどめていることは、租税法律主義の観点から望ましい状況とは考えられないし、日本の租税政策に対する国際社会からの信頼を損なう現象が出てくる可能性も否定できない。