2026/10/25

今年の租税法学会は、社会的包摂がテーマだった

1.今年の第55回租税法学会は、「包摂的経済・社会の構築と租税の役割」がテーマだった。名城大学で開催。伊川正樹教授が総会幹事をつとめられた。

2.運営委員会による「企画趣旨」は、次のように記す(緑字は増井による)。

包摂的な制度が長期的な繁栄を支える一方、排除的な制度は成長や技術進歩を歪めるという見方も有力である。租税は、こうした包摂的な制度を実現・促進する基盤としての役割を果たし得る。租税は単なる財源調達の手段ではなく、経済活動への参加、負担と受益の配分、さらには地域社会や資本蓄積のあり方にまで影響を及ぼす。地方税財政の設計は地域の基盤維持を左右し、政治資金をめぐる課税問題は制度への信頼に関わる。資産管理会社や資本の承継をめぐる課税は、再分配機能と富の集中の抑制に直結する。したがって、税制の設計・運用は、個人や地域を社会が包摂する方向にも、排除する方向にも作用し得るのである。

振り返ると、2015年秋の第44回、新潟大学で「グローバル時代の税制と再分配」を議論した。当時のシンポジウムにはピケティブームの影響があった。今回は、当時と大きな問題意識を共有しつつも、少し角度を変えて、包摂的な経済・社会を実現するうえで制度が果たすべき役割に焦点があたった。

3.上記引用で緑字にした4つが研究報告の論題とされ、それぞれにコメントが付された。

  • 髙橋祐介教授 「政治資金と税」は、政治資金規正法と課税ルールが政治活動に与える影響を検討し、寄付金控除特例などと政党交付金との比較に及ぶ。とくに3点が印象的。1)個票データを用いた実証研究(ポリサイの一丁目一番地!)への呼びかけ。2)Ackerman and Ayres, Voting with Dollars (2002)への目配り。3)一次資料に基づくリサーチ結果が凝縮された「別紙1」。コメントは藤谷武史教授。
  • 伊藤公哉教授「所得税制における再分配機能の強化に向けた資産管理会社等の税制のあり方-アメリカのPHC税制による対応の考察を中心に-」は、くら寿司の株式移転に言及し、米国法を紹介する。さらに知りたいと思ったのは、渕圭吾教授の先行研究との関係。海外ホームオフィスなどの利用とか、PFICなどでどこまで対応できるかも気になる。コメントは、平川英子教授がフランスと対比。
  • 橋本彩教授「資本の承継と税」は、ブルデューの議論を手がかりとして、格差の再生産に租税がどう対応したかを検討する。問題意識の点では、第44回の首藤重幸教授と共通するところがある。他方で、税制ではとらえにくい領域を扱う点が新しい。第44回シンポジウムではすでに人的資本の論点が提示され、第52回で住永佳奈教授がこれを展開した。今回は、さらに「文化資本」が登場したことになる。加藤晴久『ブルデュー 闘う知識人』(2015年)を想起しつつ報告を聴いたが、どう展開するかが難しいと思う。コメントは浅妻章如教授。
  • 今本啓介教授「地方の基盤維持・強化のための地方税財政の方向性」は、第二次分権改革以降の地方税財政改革の状況をレビューし、今後の方向性を論じた。興味深かったのは、応益原則を税源配分基準として、受益以上に納税している部分を他の地方団体に譲与するという構想だ。かねてより私は受益の大きさを各人ごとに計測することは不可能だ(J.S. Mill)と考えていた。そのため、提案は意外であり、興味を惹かれた。国際課税でも似たような議論があるが、線引きをするならむしろ、通常収益と超過収益で区別する議論のほうが有力な気がする。固定資産税についても、第52回の手塚貴大教授の報告と異なる視点が提示された。コメントは片山直子教授。
4.今回は報告が4本で、シンポジウム開始までにコーヒーブレイクの時間があった。たしかに、ブレイクで会員が交流できるのは、学会ならではの貴重な機会だ。報告者にとっても、質問に対応するための時間的余裕が生まれる。でも、聴衆の立場からすると、研究報告が5本あったほうが満足度が高いかもしれない。4本と5本のどちらがいいかは、なかなか判断が難しい。

5.質問を電子的に受け付けるようにしてくれていたのは、明らかによい試みだった。こうした工夫は、今後も継続していただけるとありがたい。