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2026/08/11

Musgraveは韓国で何を助言したのか

1.二度の邂逅と最近の発見

Richard A. Musgrave教授(1910–2007)には、二度、お目にかかったことがある。

一度目は1992年、私が米国ハーバード大学のInternational Tax Programにいたときだった。Musgrave教授がゲストとしてクラスにお越しになり、その場には金子宏先生も出席されていた。二度目は1997年、京都で開催された第53回国際財政学会(IIPF)大会だ。たまたまMusgrave教授がお一人で歩いていらっしゃるところに出会い、「ハーバードで先生のお話をうかがいました」とご挨拶したところ、にこやかに応対してくださった。

2026/06/04

ミュンヘン会合の成果が公表されていた

2025年12月、ミュンヘンで「Building Blocks of an International Tax Order」という研究会合が開かれた。二日間にわたって、12本の論文がプレゼンされ、それに対するコメントが展開された。ぼくは体調不良で行けなかったのだが、提出していた論文を公刊物に加えてもらった。それが、Bulletin for International Taxation Vol.80, Number 4/5, 2026の特集。

特集の趣旨を一言でいえば、断片化した世界において、新しい税制選択がなされる際においても有効に機能しうる国際課税設計の個別要素を検討してみよう、ということだ。会合の招待状には、こう書いてあった。

If a decade ago we wondered about how to further integrate tax international tax rules, today we wonder whether such cooperation can continue even on a bilateral level. In a spirit of some humility, therefore, this conference seeks not to suggest an alternative multilateral path forward. Rather, as we wait upon events, the intent is to explore discrete pieces of international tax architecture that might prove effective as new tax policy choices are made in a more fragmented world.

この文章を引用して序文が特集の趣旨を説明している。それに続く本体は4部構成。以下、149-151頁のabstractをもとに、各論文を概観しておこう。

Part 1: General Principles of International Taxation

Nadine Riedel, “National versus International Welfare”

法人税政策は、根本的に国際的な環境の中で作用しており、各国政府がほとんど内部化しないクロスボーダー外部性を生み出す。本稿は、国際法人課税の経済学的基礎を概観し、近年のOECD/G20改革を評価したうえで、実証的不確実性と地政学的制約の下では、広範な構造的再設計を追求するよりも、既存制度を統合・強化することを主張する。

Shafik Hebous and Alexander Klemm, “Can Siri and Alexa Pay Taxes?”

AIが経済を変容させるにつれて、AIに課税すべきだという主張が勢いを増している。しかし、AIそれ自体を標的とする課税は非効率をもたらすおそれがあり、その負担は最終的には人々に帰着する。本稿は、AI固有の税は適切ではないと論じ、むしろ、イノベーションを阻害することなく、デジタル時代のレントを捕捉し、国境を越える課題に対応し、衡平を保護する税制を重視する。

Mathias Risse and Marco Meyer, “International Tax Justice: The Independence Fallacy and the Myth of Freely Disposable National Income”

各国はしばしば、国民所得を自由に処分できるものとして扱う。著者らはこの前提を “Independence Fallacy” と呼ぶ。相互に結びついた経済においては、所得は、国境を越えて財産制度が承認されることに依存しており、そこからグローバルな分配的正義の義務が生じる。これらの義務は、財政主権を制約し、国際租税協調を支持する。

Johanna Hey, “The Single Tax Principle”

Single tax principle(STP)は、国際租税法において最も議論の多い考え方の一つであり続けている。本稿は、その内容、確立した諸原則との関係、および実務上の含意を検討し、STPから導かれる解決策、とりわけグローバル・ミニマム課税が、分断化した国際租税環境の中で存続可能であり続けるかを、EUの経験からの示唆も踏まえて探究する。

Daniel Shaviro, “Once for Good Measure? Comment on Johanna Hey’s ‘The Single Tax Principle’”

本コメントは、Johanna HeyによるSTP批判に応答する。

Philip Baker, “The Missing Building Block: The Promotion of Human Rights and Taxpayers’ Rights”

本稿は、人権および納税者権利の尊重と促進が、正統性ある国際租税秩序にとって不可欠な構成要素であると主張する。本稿は、この二つの権利枠組みを区別し、それらの法的および実際上の重要性を説明し、国際課税設計の中にこれらを組み込むことが、tax morale、適法性および制度的安定性を維持するうえで重要であることを示す。

Part 2: Taxation of Business Income

Yoshihiro Masui, “The Role of Residence-Based Taxation in Business Income Taxation”

本稿は、事業所得課税における居住地ベース課税の役割を評価する。その重要性は、法人居住地の多義性、居住地の選択可能性の増大、および個人株主所得を正確に課税することの困難性により、低下していると論じる。本稿は、居住地ベース課税の役割が縮小した将来について、三つのシナリオを示す。

Afton Titus, “Digital Services in Africa: Rebalancing Business Income Taxation through Inter-Nation Equity”

本稿は、アフリカにおけるOECDのPillar Oneと国内デジタルサービス税(DST)を比較し、公平性、中立性、簡素性および執行可能性の観点から評価する。アフリカのDSTは、国家間衡平その他の政策原則に照らして良好に機能する一方、Pillar Oneの評価は低い。本稿は、開発途上国の生存にかかわる財政不足が解消されるまでは、先進国はDSTを制約することを避けるべきであると結論づける。

Part 3: Other Sources of Public Revenue 

Wolfgang Schön, “Tariffs and the International Tax Order”

関税は、2025年に、現米国政権が多様な目的のために広範な関税を用いたことにより、国際課税の世界において顕著な特徴となった。本稿の主眼は、関税の役割を、間接税と直接税という二つの異なる文脈において定義することにある。消費課税の観点から見ると、関税は輸入品に対する差別的な税であり、無差別という概念そのものとその帰結に根本的な挑戦を突きつける。所得課税の観点から見ると、関税は、国境を越える物品販売から生じる利益に対する源泉徴収税の代替物として概念化できる。この出発点から、原産地国および仕向地国の政策選択肢が説明される。

Yan Xu, “VAT and Indirect Taxes: Rethinking International Taxation”

本稿は、VAT、デジタル取引税および気候関連賦課金を検討し、断片化したルールの下でデジタル化と脱炭素化により形づくられる経済における、それらの相互作用を明らかにする。本稿は、これらの間接税を国際租税論議の中心へもってくるべきであり、UN主導でOECDの知見を取り入れた多国間枠組みの中で、別個の縦割り領域として扱うのではなく、体系的に調整すべきであると論じる。

Andrés Báez Moreno, “Can Failed Taxes Be Revived through Modest Innovation? On the New Proposals for Net Wealth Taxes”

本稿は、純資産税に関する近時の提案が、伝統的な富裕税についてよく知られた失敗を真に克服しているのかを批判的に検討する。経済状況および透明性をめぐる条件の変化を認めつつも、「今回は違う」という楽観的主張に疑問を呈し、多くの制度設計上および執行上の問題は構造的なものであり、新たな実務上および法的な課題を生じさせうると論じる。

Part 4: Modes of Cooperation

Georg Kofler, “Non-Discrimination of Foreign Firms, Persons and Products”

“Building Blocks of an International Tax Order” という会議テーマの文脈において、本稿は、直接税における国際的な無差別基準の弱点と、なお残る存続可能性を検討する。租税条約、通商法および投資法を素材として、主として欧州の観点から、体系的な概観と現代的論点の選択的検討を通じて、保護の浸食を跡づける。

Robert J. Danon, “The Rise of Tax Treaty Supremacy: The Case of Non-Discrimination”

本コメントは、Georg Kofler教授の “Non-Discrimination of Foreign Firms, Persons and Products”に応答する。

Stef van Weeghel, “The Role of Tax Treaties”

主としてOECDモデルおよびUNモデルによって形づくられてきた二国間および多国間租税条約の拡大は、国際的な制度調整、貿易および投資を促進してきた。しかし、特に開発途上国にとっての公平性をめぐる懸念は残っている。本稿は、租税条約の影響、その批判、および、衡平性と効率性を改善するための、脱政治化され柔軟なモデル条約の可能性を検討する。

Will Morris, “The ‘Modest’ Tax Treaty: A Comment on Stef van Weeghel’s ‘The Role of Tax Treaties’”

本コメントは、租税条約を壮大な制度ではなく契約として位置づけ、その設計における控えめさと現実主義を強調する。

Philip Baker, “Building Blocks of an International Tax Order: Perspectives for Multilateral Cooperation”

本稿は、OECD、UNおよび地域的イニシアティブにおける展開を概観し、改革を主導する見通しを評価する。

2026/04/21

財政史におけるユリウス塔

 昨日のゼミで,プロイセンのビスマルク時代,ベルリンのユリウス塔(Juliusturm)に帝国戦争準備金が保管されていた,という話が出てきた.これは,普仏戦争後のフランス賠償金を原資とするドイツ帝国の戦争準備金のこと.

ただし,第一次大戦のような総力戦になると,現実の戦費が巨大すぎて,このような準備では全く足りなかった.すなわち,1914年の開戦後の戦費のわずか二日分にすぎなかった,といわれている(https://api.pageplace.de/preview/DT0400.9780190070656_A38171694/preview-9780190070656_A38171694.pdfのpage 100.).つまり,19世紀型の「金庫に金を積んでおけば開戦に耐えられる」という発想は,20世紀の大規模総力戦にはとうてい対応できなかったのである.

このことを印象的に示す記述として,同上の出典箇所には,Walther Rathenauの1918年時点での回顧が,次のように引用されている.

戦争支出の一か月分があれば、世界中のあらゆる貧困を一掃できただろう。さらに一か月分があれば、人類に長期的な安全を与えることができただろう。三か月目には、都市は楽園へと変わっていただろう。四か月目には、研究はあらゆる物質的制約から解放されていただろう。五か月目には、同様に芸術もまた解放されていただろう。

その後,第二次大戦後の西ドイツ期になると,財務大臣Fritz Schäfferの時代,1950年代に連邦政府が財政黒字・資金余剰を積み上げた際,ユリウス塔(Juliusturm)という言葉が再び用いられた(https://iwp.uni-koeln.de/sites/iwp/Dokumente/04_Publikationen/iwp_Policy_Paper/DP_01_2007.pdfの31頁).こうして,ユリウス塔は歴史上の実例から一歩離れ,国家が目的を定めて余剰資金を囲い込むことの隠喩へと転化した.

【典拠】Günther Schmölders, Fiscal psychology, 12 National Tax Journal 340 (1959) at 344から.

2026/02/21

LEARNING RESOURCES, INC., ET AL. v. TRUMP, PRESIDENT OF THE UNITED STATES, ET AL.

トランプ相互関税を違法とする米国連邦最高裁判決がでた.

そこでさっそく,「この最高裁判決に関する専門誌の論評を調査せよ」とChatGPTに命じた.

すると,2026年2月20日前後に出た「専門的な論評」(法務・通商実務・判例分析・政策分析寄り)を横断して,次のテクストが生成された.以下,青字がChatGPTの生成したテクスト.

************

結論から言うと、専門誌・実務家向け論評の主要論点は、(1) 判決理由の精密な読み分け(とくに major questions doctrine の位置づけ)、(2) 還付実務(refunds)の設計と権利保全、(3) 代替法源(Section 122/301/232等)による再構築可能性、(4) 実効面では「不確実性の継続」に収斂しています。(最高裁判所)

まず、最高裁判決そのものの最低限の確認です。連邦最高裁は Learning Resources, Inc. v. Trump で「IEEPAは大統領に関税賦課権限を与えていない」と判示し、V.O.S. Selections 側の判決を是認しました(6-3)。判決文シラバスでもその点が明示されています。(最高裁判所)

そのうえで、他の専門的論評をみると、ポイントがいくつかあります。

  1. 判決理由の「多数意見」と「プルーラリティ」を区別する論評(SCOTUSblog)
    SCOTUSblog の詳細分析は、Roberts意見のうち「IEEPAの文理解釈+憲法的背景による結論」(IEEPAは関税法ではない)が6名の法廷意見である一方、major questions doctrine を前面に出す部分は Roberts/Gorsuch/Barrett の3名のみで、法廷意見(majority holding)ではなくプルーラリティにとどまる、と明確に整理しています。これは実務・学説上かなり重要な読み分けです。(SCOTUSblog)
    同じSCOTUSblogの速報でも、Kavanaugh反対意見が「今後の大統領の関税権限を大きく制約しない可能性(他の制定法がある)」と述べている点が強調されています。(SCOTUSblog)

  2. 実務家向け通商・税務論評は「還付(refund)実務」を中心に据える
    Thomson Reuters Tax & Accounting は、企業税務・通商コンプライアンスの観点から、この判決を「大規模還付機会(最大1750億ドル規模)」として位置づけ、判決理由そのものよりも、どの輸入申告が対象か、どう計算・請求するか、期限管理をどうするかという実務課題を前面に出しています。特に、対象エントリーの特定、金額算定、抗議(protests)や post-summary corrections の検討、時効・期限管理の重要性を整理している点が実務色の強い特徴です。(tax.thomsonreuters.com)

Holland & Knight も同様に、最高裁は還付の要否・手続を具体的に指示していないため、権利保全のために記録整理と行政手続(PSC、protest、liquidation延長等)を早期に進めるべきだと整理しています。加えて、判決理由の内部構造(major questions を使ったのは3名、Kaganらは通常の文理解釈中心)まで比較的丁寧に要約しており、判例解説+実務対応のハイブリッド型です。(ホランド・アンド・ナイト)

Norton Rose Fulbright は、還付論点をさらに細かく扱い、(a) CIT(国際貿易裁判所)の全国的差止めの射程、(b) 不法徴収(illegal exaction)的整理、(c) reliquidation の可能性、(d) Customs の今後のガイダンス、(e) 「輸入者記録上の importer of record」にしか政府還付が直接行かないため、私法上の契約紛争(だれが最終的に返金を受けるか)が増える可能性、まで踏み込んでいます。これは The Economist の「refundsはmessになり得る」という指摘を、実務的に具体化した論評と言えます。(nortonrosefulbright.com)

  1. 代替法源(Section 122/301/232等)に関する評価は、概ね「再構築可能だが、機動性は落ちる」で一致
    Holland & Knight は、Section 122(上限15%、150日)、Section 301、Section 232、Section 201、Section 338 などの代替法源を列挙し、それぞれの法的要件や調査手続の必要性を示したうえで、政権がIEEPAの代替として組み合わせるシナリオを解説しています。特に Section 122 の時間制限と、150日の間に301調査を走らせる構図は、The Economist の分析と整合的です。(ホランド・アンド・ナイト)
    Thomson Reuters も同様に、今後は Section 232/301/122、AD/CVD、立法対応などへ政策手段がシフトすると整理しています。(tax.thomsonreuters.com)

  2. 政策分析・国際関係系の専門論評は「不確実性の持続」と対外交渉への影響を強調
    Chatham House の専門家コメントは、法理そのものよりも、北米(USMCA)や各国との交渉実務に与える影響を重視しています。Heather Hurlburt は、判決が IEEPA 系の包括関税を大きく削ったとしても、232/301ベースの関税は残り、還付も命じていないため、実効面での変化は限定されうると指摘しています。(チャタムハウス)
    また Julián Ventura は、Section 122 による新たな10%関税の示唆と、対象・適用・実施の細目が未確定であることから、「uncertainty will continue to be the name of the game」と評価し、貿易相手国側の対応困難性を強調しています。(チャタムハウス)

  3. データ分析系(Global Trade Alert)は「法理」ではなく「関税水準の量的インパクト」を提示
    Global Trade Alert の分析は、IEEPA関税が剥落すると米国の輸入加重平均関税率が 15.4% から 8.3% に低下し、7.1ポイント下がると定量化しています。また、何が落ちて何が残るか(IEEPAのベース関税・上乗せ・緊急EOは無効、232/301/MFNは残る)を明示しており、政策効果の即時測定として有用です。(globaltradealert.org)
    これは The Economist の「実効関税率が約半分に」という記述と整合的ですが、GTAの方が「どの法源ベースの関税が残存するか」をより構造的に示しています。(globaltradealert.org)

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(増井のコメントに戻る)

なるほど.上記で引用されたリンクは実在し,確認できた.

そこで次に,ChatGPTのプロンプトをそのままフォローして,上のまとめを租税法・通商法の視点から,①判決法理,②救済実務,③比較法の順に整理させた.①②③の3項目は,ChatGPTのおすすめをそのまま(=無反省に)フォローしただけのもの.

すると,次のテクストが生成された.

************

本件の出発点は明確です。最高裁は Learning Resources v. Trump で、「IEEPA(International Emergency Economic Powers Act)は大統領に関税賦課権限を与えない」と判示しました。シラバス上も、争点はまさに「IEEPAが関税を許容するか」であり、結論は否定です。

  1. Delegation / Major Questions / Nondelegation の論点整理

この判決で最も重要なのは、「何が法廷意見(majority holding)で、何がそうでないか」を切り分けることです。SCOTUSblog の整理が有用で、6名が参加した法廷意見部分(Parts I, II-A-1, II-B)は、IEEPAの文言・構造・憲法的背景を用いて、IEEPAは関税を授権していないと解しています。他方、major questions doctrine を用いた部分(Parts II-A-2, III)は Roberts/Gorsuch/Barrett の3名のみで、プルーラリティにとどまります。つまり、「major questions で勝った事件」ではあるが、同時に「文理解釈で6名が一致した事件」でもある、という二層構造です。

法廷意見(6名)レベルのコアは、かなり古典的かつ租税法的です。最高裁シラバスは、(a) 憲法上、関税は Article I の taxing power(Congress)に属すること、(b) IEEPAの列挙権限には tariffs/duties の明示がないこと、(c) “regulate . . . importation” を「課税権限」まで含むと読むのは不自然であること、(d) 政府も「regulate」が「tax」を意味した他の制定法例を示せなかったこと、を並べています。さらに “regulate exportation” まで課税を含む読みになりかねず、輸出税禁止との緊張も指摘しています。これは、授権立法の解釈として「税・関税は明示的授権を要する」という強いシグナルです。

そのうえで、Roberts/Gorsuch/Barrett の3名は major questions doctrine を前面に出し、「非常に大きな経済・政治的重要性を持つ権限主張には clear congressional authorization が必要」「緊急事態法制だからといって例外はない」「外交・通商文脈だからといって例外はない」と述べます。ここは今後の行政法・通商法訴訟への波及可能性が大きい。ただし、Kaganら3名は結論には賛成しつつ、「通常の法解釈で足りる。major questions の“thumb on the scale”は不要」と距離を置いています。したがって、本判決の将来射程を読む際は、「IEEPAの解釈に関する先例価値」と「major questions 拡張の先例価値」を分けて扱う必要があります。

Kavanaugh反対意見(Thomas, Alito joined)は、別の意味で重要です。Reutersが要約する通り、反対意見は「今回の判決は大統領の関税権限全般を大きく制約するとは限らない。単に IEEPA という“間違った statutory box”を使っただけだ」と見る。これは、判決の制度的意味を「大統領通商政策の全面否定」ではなく「IEEPAの否定」に限定する読みです。実務上は、この反対意見の評価がそのまま次の争点(122/232/301等)に接続します。

  1. 関税還付の法的性質と実務(illegal exaction / reliquidation / protest)

The Economist の「refundはmessになりうる」という指摘は正確ですが、専門実務論評を読むと、その“mess”の中身はかなり具体的です。SCOTUSblog は、最高裁の判断が解決したのは「授権の有無」であり、refund mechanism(還付の仕組み)や restitution(返還命令)、行政上の回収手続には触れていない点を強調しています。しかも返金の明示的議論は主として Kavanaugh の反対意見側に現れる。つまり、救済は「次段階の訴訟・行政実務」に委ねられている、という構造です。

Norton Rose Fulbright の論評は、この救済論点を最も実務的に分解しています。そこでは、CIT(Court of International Trade)の全国的差止めと、違法関税の徴収金を政府が保持できないという違法徴収(illegal exaction)的な整理を前提に、還付は原則として視野に入るが、具体的な経路は CIT と Customs(CBP)の運用次第だとされます。さらに、reliquidation(再清算)命令の可能性、CBPガイダンス(Federal Register やCSMS)による実務設計、そして未清算 entry と既清算 entry の手続分岐(PSC / protest)が指摘されています。これは、救済法の問題が、行政手続・税関実務・時間管理の問題へ直ちに変換されることを示しています。

この点は、租税法研究者の目で見ると興味深いです。違法課税の返還という一見単純な命題が、通商実務では「誰に返すのか(法的納税者/importer of record)」「どう請求するのか(PSC / protest / CIT complaint)」「いつまでに請求するのか(liquidation 状態・時効・不服申立期間)」「誰が最終的に経済的利益を受けるのか(価格転嫁・契約条項)」という複数の層に分かれます。Norton Rose Fulbright は、政府還付の名宛人は importer of record に限られ、輸入者に償還した第三者には政府から直接還付されないため、契約解釈・私法紛争が増えると警告しています。

Holland & Knight も同様に、判決は refund の要否・運用を決着しておらず、企業側は権利保全(preservation steps)を先行させるべきだと位置づけます。実務家論評の共通トーンは、「勝訴=即自動還付」ではなく、「勝訴+別途の救済・事務プロセス」が必要、という点にあります。

  1. 日本法・WTO法との比較可能な視点

比較法的に見ると、本判決の第一の含意は、「通商政策でも、課税(関税)である以上、授権の明確性が要求される」という統治構造の再確認です。最高裁は関税を Article I の taxing power に明確に接続し、IEEPAの一般的な “regulate importation” から関税権限を引き出す解釈を拒否しました。これは、行政裁量の広い通商・安全保障領域であっても、課税授権には明示性が必要だというメッセージです。日本法の観点からいえば、租税法律主義・課税要件法定主義の議論と比較可能な構造を持ちます(もちろん米国では憲法構造・delegation doctrine の文脈で語られる点が異なる)。

第二に、WTO法との関係では、本判決は直ちに「関税政策の国際法適合化」を意味しません。Reuters も示すように、政権側は他の法源(Section 232/301 等)への切替を明確に示唆しており、実際に判決直後に別法源による10%関税を公表しています。Holland & Knight や Norton Rose Fulbright の整理でも、Section 122(短期・上限付き)、232、301、201、338 など複数の代替経路が列挙され、IEEPA喪失後も高関税政策の再構築は可能と見られています。したがって、本判決の主効果は「関税水準の恒久的低下」よりも、「法源の付け替え・手続の増加・時間差の発生」にあるとみるのが妥当です。

第三に、比較租税法的に面白いのは、「違法な徴収の返還」が財政・政治・私法・行政手続を横断して問題化している点です。Norton Rose Fulbright は、還付額規模ゆえに議会が timing や制約を立法的に設ける可能性にも触れています。これは、租税法でいう不当利得返還・過誤納還付の問題に似て見えつつ、通商法では制度設計がより多元的(CIT、CBP、契約実務、連邦議会)であることを示します。研究上は、「違法課税の救済」を租税手続法だけでなく通商救済法・行政救済法の交点として捉える素材になります。

***********

(増井のコメントに戻る)

ふーん.3つの整理のうち,①法廷意見の2層構造の指摘や,②反対意見の評価がそのまま今後の還付実務につながってくる,というあたりが参考になる.③比較法のところは,要検討.ChatGPTが「比較租税法的に面白い」というテクストを生成するとき,どんな学習経路でそうなるんだろうか.

以上,後半の3つの整理についてはともかく,前半の論評調査からは,今回の敗訴を受け,政権は別の狭いやり方で相互関税を維持しようと試みるだろう,という見通しが得られる.日本企業の目からすると,投資約束への影響が目下の関心事.

2026/01/29

ChatGPT、租税法の研究動向を語る

 窮屈な場所での長い待ち時間に、ChatGPTに聞いてみた。

Q 租税法の研究動向を、国際的・学際的視野の下で、説明せよ

すると、以下のテクストが生成された。所要時間25秒。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++

以下は、**国際的(制度形成の場・各国実装)と学際的(法学×経済学×会計×政治学×心理学×情報科学)**の両軸から見た、近年(とくにBEPS 2.0以後)の租税法研究動向の「見取り図」です。


1. 国際租税秩序の再設計が、研究の“主戦場”になった

(1) グローバル・ミニマム課税(Pillar Two)を中心に、国内法・条約・会計・執行が一体化

  • GloBE(IIR/UTPR/QDMTT)実装が進むにつれ、研究テーマは「理念」から実務に耐える法技術へシフトしています(立法選択、定義、セーフハーバー、申告・情報報告、二重課税調整、紛争処理)。(OECD)

  • 2026年1月には、“Side-by-Side package”(共存・並立の枠組み)が提示され、特定国制度との整合や、QDMTT・申告(GIR)負担の位置づけが論点化しています。(OECD)
    → 研究としては、①「国際合意の法的性質(ソフトローの拘束力)」、②「国内実装の裁量と限界」、③「企業グループ課税の再構成(連結ベースの租税法理)」が中心課題です。

(2) Pillar Oneは“全面合意”より、部分モジュール(Amount B等)へ:TP研究が再編

  • Amount B(基礎的マーケ・販売活動の簡素化)がTPガイドラインに組み込まれ、2025年以降の適用選択が制度設計論点になっています(適用範囲、比較可能性、紛争予防)。(OECD)

(3) UN税条約化の動き:国際課税の“フォーラム競合”が研究対象に

  • 国連では**国際租税協力の枠組条約(Framework Convention)**をめぐるプロセスが進行し(交渉プロセスは2025–2027を目標とする説明もある)、OECD中心の秩序と並走する形で、正統性・包摂性・配分正義が強く論じられています。(financing.desa.un.org)
    → 「誰がルールを作るのか(ガバナンス)」と「どの価値を優先するのか(配分・開発・税源配分)」が、法解釈論そのものに影響する局面が増えています。


2. “執行・透明化・情報”が、租税法を情報法・刑事法・行政学へ接続した

  • 自動的情報交換、受益者情報、プラットフォーム課税、実質的支配者、ペナルティ設計など、透明化インフラが租税法の中核テーマとして定着。

  • 研究の焦点は、

    1. データ収集権限とプライバシー/適正手続(憲法・人権・行政手続)

    2. 国境を越える執行協力(国際行政法)

    3. 刑事・制裁の最適設計(刑事法・行動経済学)
      へ広がっています。
      → “課税要件論”だけではなく、情報→リスク選別→調査→争訟という「税務行政のプロセス法」が、研究フロンティアになっています。


3. 企業租税法は「会計・ガバナンス・サステナビリティ」と融合

  • 税務は企業の**ガバナンス(取締役の監督、税務リスク管理、開示)**と不可分になり、会計(不確実性、引当、実効税率)と一体で論じられます。

  • ESGの文脈では、**“tax transparency / responsible tax”**が、ソフトロー(開示基準・投資家要請)として企業行動を拘束し、法規範との交錯が研究テーマに。


4. 学際化の中心は「実証」「行動」「計量」:租税法研究の方法論が変わった

(1) 実証(Empirics)の標準化

  • 租税法の議論が、判例・条文解釈に加えて、ミクロデータ分析、自然実験、差の差分析、RCT、フィールド実験などを前提に組み立てられる場面が増加。

  • “租税法学”が、**法政策評価(リーガル・ポリシー・アナリティクス)**へ寄ってきています。

(2) 行動科学(tax compliance / tax morale)

  • 「なぜ人は税を払うのか」を、制裁だけでなく、社会規範・信頼・手続的公正・ナッジで説明し、制度設計(申告簡素化、通知文言、第三者報告)に落とし込む研究が定着。

(3) AI・デジタル化:税務行政3.0と法的統制

  • AIによるリスク選別、電子インボイス、リアルタイム報告、プラットフォームデータ連携が進み、論点は

    • アルゴリズムの透明性・説明可能性

    • 差別・偏り(バイアス)と救済

    • 自動化された不利益処分の適正手続
      へ展開。租税法が情報法・行政法・統計倫理と接続します。


5. 比較法・政治経済学の再評価:税は「制度の産物」として研究される

  • 同じ“所得課税”でも、執行能力、社会保障、財政連邦制、地方税体系、政治文化で機能が変わるため、比較制度論が強まっています。

  • とくに国際課税では、国内政治(産業政策・対外関係)と租税立法が直結するため、**政治経済学(誰が得て誰が負担するか)**が解釈・立法論に入り込む傾向が顕著です。


研究動向を一言でまとめると

  1. 国際協調(OECD/UN)×国内実装が中心軸になり、

  2. 租税法は情報・執行・会計・ガバナンス・行動科学・AIへ接続して、

  3. 「解釈」だけでなく**制度運用と効果(実証)**を含む総合領域へ拡張しています。


(続く)

2025/12/27

令和8年度税制改正の大綱、閣議決定

2025年12月26日、政府が「令和8年度税制改正の大綱」を閣議決定。冒頭の文章を箇条書きに直して、そのまま引用する。

  • 物価高への対応の観点から、物価上昇に連動して基礎控除等を引き上げる仕組みを創設するほか、就業調整に対応するとともに、中低所得者に配慮しつつ、所得税の課税最低限を178 万円まで特例的に先取りして引き上げる。
  • 「強い経済」の実現に向けた対応として、大胆な設備投資の促進に向けた税制措置を創設するほか、租税特別措置等の適正化の観点から、賃上げ促進税制の見直しや研究開発税制の強化等を行う。
  • 税負担の公平性を確保する観点から、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置の見直し等を行う。
  • このほか、自動車関係諸税について、自動車税等の環境性能割の廃止や軽油引取税の当分の間税率の廃止等を行う。
  • また、国際観光旅客税の税率の引上げや防衛特別所得税(仮称)の創設等を行う。
【財務省サイト】
      • 令和8年度税制改正要望 HTML ※令和7年8月29日時点での税制改正要望となります。
      • 税制改正の大綱 PDF
      • 税制改正の大綱の概要 PDF
【総務省サイト】

上記引用の冒頭の文章と対比させる趣旨で、自由民主党と日本維新の会による与党税制改正大綱の「基本的考え方」を引用しておく。

  • まず、足元の物価高への対応として、物価上昇に連動して基礎控除等を引き上げる仕組みを創設した。また、長年にわたって据え置かれてきた税制上の基準額について、網羅的な点検を行い、マイカー通勤に係る通勤手当や従業員への食事の支給に関して所得税が非課税となる限度額など、暮らしに関わる分野を中心に見直しを行い、物価高への対応を行った。また、物価高を超える賃上げの実現に向けて、賃上げ促進税制については、措置期間中ではあるが、臨機応変に対応する考えの下、防衛的賃上げに苦しむ中小企業に特化した形に見直す。
  • 「強い経済」を実現するために、大胆な設備投資促進税制を創設し、高付加価値化型の設備投資を強力に後押しする。他方、設備投資時のキャッシュフローを支援するとともに、設備投資後の収益で財政を支える償却制度を積極的に活用することで複数年の財政均衡に配慮した制度とした。さらに、貯蓄から投資への流れを後押しするNISAについては、つみたてNISAの拡充の一環として、国内市場を対象とした一定の株式指数を新たに追加する。結果として、個人の現預金が国内経済に投資され、経済成長を後押しする流れが加速化されることも期待される。
  • 「強い経済」とともに「世界で輝く日本」の実現に向けて、AI・量子・バイオ等の戦略技術分野の研究開発を促進する観点から、研究開発税制について「戦略技術領域型」を創設するとともに、国内の研究人材や研究開発拠点を強化する観点から必要な見直しを行う。また、国際的な租税回避を防止し、企業間の公平な競争環境を整備する観点から、わが国が主導してきた国際課税のBEPSプロジェクトについても積極的に進めていかなければならない。
  • 租税特別措置等については、的を絞り、メリハリを明確にすることでインセンティブを大胆に強化する。また、賃上げや設備投資に積極的ではない企業については租税特別措置の適用除外とする制度の強化・拡充を断行し、積極的に挑戦する企業を集中的に支援する制度に変えていく。今後更なる適用拡大についても検討を行う。
  • 他方で、累次の法人税率引下げによって、企業の利益が設備投資・研究開発そして賃上げの原資として適切に投資されてきたのか、不断の検証と改革も求められる。
  • 税制の公平性の確保に向けては、現行制度を躊躇なく見直す。まず、国内外での公平性の確保については「国境を越えた電子商取引に係る消費税の適正化」等の見直しを行うほか、外国人旅行者向け免税制度や、国外居住親族に係る扶養控除等の適用についてもあり方を検討していく。また、不当廉売関税に係る迂回防止制度を創設し、不公正な貿易に対する措置の実効性と抑止力を高める体制の構築を行う。財政の再分配機能を高める一環として「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」の見直しを行う。さらに、税制への信頼感を著しく棄損する租税回避への対応として「貸付用不動産の評価方法」「インボイス制度導入に係る経過措置」を利用した租税回避について厳格に対応していくとともに、時代の変化にこれからも対応していく。また、「ふるさと納税」について、健全な運用に向けた見直しを行い、制度導入時の崇高な理念の実現に向けた改正を行う。
  • 住民生活に密着した行政サービスを支える地方公共団体の税収をしっかり確保するとともに、経済社会の構造変化に対応し、都市と地方もお互いに支え合うという基本的考えに立ち、偏在性の小さい地方税体系の構築に向けた具体的な取組みについて検討を行っていく。
  • また、デジタル化の進展に伴い、納税手続のデジタル化への対応を国税・地方税とも行うとともに「道府県民税利子割の清算制度」を導入する。今後も、デジタル化の進展による社会経済活動への変化に機敏に対応していく。
  • さらに、消費者が支払った消費税相当分が、全て納税されることなく、事業者の手元に一部残る要因となっている「インボイス制度導入に係る経過措置」については、これまでに決定した各種経過措置を含めて最終的に終了することを堅持しつつ、個人・中小事業者の対応状況等も踏まえた更なる配慮を行うために、見直しを行う。
  • 「基幹産業」としてわが国経済を牽引する自動車産業は、技術面や国際環境など、大きな変化を迎えている。こうした中、自動車関係諸税の見直しについて、わが国の技術的優位性を踏まえた「マルチパスウェイ」等の自動車戦略や国・地方の安定的な財源確保、カーボンニュートラル目標等を踏まえ、今後、車体課税・燃料課税を含めた総合的な検討を行う。
  • 恒久政策には安定財源が必要との考えの下、揮発油税等の当分の間税率廃止及びいわゆる教育無償化に係る財源確保、防衛力強化に係る財源確保について税制上の対応を行う。また、高校生年代の扶養控除の見直しについては、先行して住宅ローン控除や生命保険料控除が拡充されていることも念頭に、今後も真摯な議論を行っていかなければならない。
  • 最後に、財政健全化と積極財政の二項対立ではなく、両者の思想を包含する「責任ある積極財政」の方針の下、「温故知新」の言葉を噛み締めつつ、税制改正に終わりはなく、連綿不断の改革と検証を行っていく決意をもって、以下、令和8年度税制改正に当たっての基本的考え方を述べる。

2025/12/05

OECD (2025) Public trust in tax 2025で、アジア諸国のインタビュー調査

今回のPublic Trust in Tax 2025: Asia and Beyondは、継続してやってきたシリーズの第7版だ。今年は対象国が拡大し、過去最多となる29か国。2024年のラテンアメリカに焦点を当てた分析に続き、本年版ではアジアを深く掘り下げている。

【概要】
  • OECD、ACCA(英国勅許公認会計士)、CA ANZ、IFAC (国際会計士連盟)の共同調査
  • オンライン・インタビューの対象は、29か国、12,467名
  • 今回はとりわけアジア19か国を中心とし、税に対する認識(perceptions)、経験(experiences)、情報源への信頼(trust)をきいた
【Key Findings】
  • アジアでは「財政契約(fiscal contract)」の認識が比較的強い (The fiscal contract appears to be in better health in much of Asia and the Anglophone Pacific than in Western Europe and Latin America.)
  • アジア内でも国による差が大きい (Views on tax do however vary, sometimes significantly, within Asia.) →東南アジアは肯定的評価が強いのに対し、日韓は欧州型の厳しい評価に近いという結果
  • アジアの約8割の国で「税は能力に応じて公平に徴収されている」と回答した割合が多数派 (In 80% of the countries surveyed in Asia, but only in 20% of those outside Asia, more respondents agreed than disagreed that the tax system collects tax in an equitable way.)
  • ほぼ全ての国で、オンライン申告・情報提供の利便性が最も高い評価 (In all countries, respondents viewed the provision of online/digital tax services as the most positive experience of the tax administration.) →しかし情報の「理解しやすさ」は多くの国で課題→日独伊などでは税務行政全般の経験が相対的にネガティブ
【コメント】
  • 公表に必要な資金は日本政府が提供した、との追記が4頁にある
  • データセットはここ
  • "Accountants are the most trusted source of information on tax in almost all countries surveyed."という調査結果は、専門家への信頼という意味では自然かもしれないが、もしかしたらサンプルなどのバイアスがかかっている可能性も排除できない。ちなみにこの結果は、会計士以外の比較対象は、「税務当局・政治家・SNS・メディア・NGO・ビジネスリーダー」等で、それらとの比較で相対的にヨリ信頼できるか、を質問した結果だ



2025/10/07

Graetz (2016) Follow the Moneyを演習会読風にしてみた

Graetz (2016) Follow the Moneyは、国際課税に関するGraetz教授の論文集だ。歴史、事業所得、ポートフォリオ所得、ヨーロッパ、の4部構成で、20年にわたって公表されてきた9つの著名な論文を収録している。私も、これらの論文が公表されてきたそのおりおりに、おおいに刺激を受けてきた。

この論文集は、全体がopen accessになっていて、学習用教材としても使いやすい。そこで、日本で国際課税をともに学ぶ学生さんたちを念頭に、さらに一歩、身近なものにしてみたい、と考えた。

そのためのひとつのやり方として、この本の序文を演習で会読する、という仮想の設定のもとで、ChatGPTに会話台本を作成させてみた。

私のプロンプト:大学の演習で、この文書を会読して議論する、という設定で、会話台本をつくれ

以下が、ChatGPTの作成した結果をもとに、すこし手を加えたものだ。読んでみて、もし興味を覚えた方がいらっしゃったら、今度は、この本そのものをご覧いただければうれしい。

🎓大学演習会話台本:「Graetz『Follow the Money』序文を読む」

登場人物

  • A教授(女性)…租税法・国際課税論の専門家。指導的かつ穏やかな語り口。

  • Bさん(男性学生)…素朴な疑問を率直に投げかけるタイプ。

  • Cさん(女性学生)…国際政治の視点から制度を考えるタイプ。

  • Dさん(男性学生)…理論分析を重視し、批判的に読むタイプ。


【場面】大学ゼミ室。

テーマは「国際課税の制度構造とその政治経済的意味」。
学生たちはGraetzの『Follow the Money』序文を読み終えたところ。


【導入:金の流れを追う】

A教授:
さて、今日はGraetzの『Follow the Money』の序文を読みましたね。まず、この本のタイトル——「金の流れを追う」とは何を意味していると思いますか?

Bさん:
単に「税金の流れ」ってことですか?つまり、どの国でどれだけ取ってるか、みたいな?

A教授:
それも一部です。でもGraetzはもっと広い意味で使っています。お金の流れを追うとは、「資本や利益が国境を越えてどう動き、それに対して国家がどう課税権を主張するか」という制度の構造を解き明かす、ということなんです。

Cさん:
なるほど、税制の技術的な話ではなく、国家と市場の関係全体を見るということですね。

A教授:
その通り。彼は国際課税を“国家の政治経済的構造を映す鏡”と捉えています。租税を通じて、国家がどのように富を制度化しているかが見えるんですね。


【第1幕:源泉地と居住地】

Dさん:
序文の中盤では、1920年代の国際連盟がつくった「源泉地」と「居住地」の二原理が国際課税の基礎だと説明されていました。でも、もう100年も前の仕組みが、今も続いているのは驚きです。

A教授:
ええ。国際課税の骨格は100年前にできた枠組みなんです。つまり、どの国がどの所得を課税できるかを「源泉地」と「居住地」で分ける構造。けれど、Graetzが指摘するように、この枠組みはいまや揺らいでいます。なぜだと思いますか?

Bさん:
デジタル企業のせいですよね。どこで利益が生まれてるのか、わかりにくいから。

A教授:
そうですね。所得の「源泉地」を地理的に特定するのが難しくなっている。企業の「居住地」も、登記を動すなどして簡単に変えられる。つまり、国家の国境と課税の範囲が一致しなくなっているんです。


【第2幕:国際課税と国家主権】

Cさん:
このあたりで、Graetzが「国際課税は国家の主権の問題でもある」と言っていたのが印象的です。税って経済だけの話かと思っていたけれど、主権と深く結びついてるんですね。

A教授:
ええ。近代国家は、徴税を通じて国民を統合してきました。租税は国家の正統性の基盤なんです。
ところがグローバル化によって、国境を越える資本や企業が国家の課税権を相対化してしまった。だからこそGraetzは「国家がどのように財政的主権を再構築できるか」を問うているわけです。

Dさん:
つまり、税制改革は単なる技術ではなく、「国家の再設計」でもある、と。

A教授:
ええ。だから彼は税制を「社会契約」の一部として見るんです。


【第3幕:租税競争と協調】

Bさん:
最後の節で、租税競争と協調の話が出てきましたよね。僕は「競争」と「協調」って正反対のことだと思ってたんですが、Graetzは「同じ制度の二つの面」だと書いていました。どういう意味なんですか?

A教授:
いい質問です。国家は、資本を呼び込むために税率を下げたり優遇措置を作ったりします。これが租税競争。でもその結果、みんなが税収を失う「囚人のジレンマ」に陥る。だから、その弊害を抑えるために協調の仕組みが必要になる。つまり、競争があるから協調が生まれる、というのです。

Cさん:
OECDやG20のBEPSプロジェクトもその流れの一部ですね。でも、Graetzは「協調も政治的妥協の産物だ」とも言っていました。先進国が主導している構造は変わらないのでは?

A教授:
その通り。制度は常に力関係の上に立っています。だからこそ、租税協調は“政治的プロセス”なんです。単なる経済的効率化ではなく、誰がルールをつくるのか、という問題なんです。


【終幕:租税と社会契約】

Dさん:
Graetzは最後に「租税は社会契約の表現である」と締めくくっていますね。これは、租税を単なる財政手段としてでなく、正義や民主主義の制度的基盤と見るという立場なんでしょうか。

A教授:
ええ。国際課税を考えることは、「グローバルな正義」をどう制度化するかを考えることでもある。国家と企業、そして市民社会がどんなルールで富を分け合うか——それがこの本の主題です。

Bさん:
なるほど。国際課税って、すごく“政治哲学的”なテーマなんですね。

A教授:
そうなんです。数字よりも、「制度の背後にある理念」を読むことが、この本を理解する鍵といえるかもしれません。


【ゼミ討論のまとめ】

  • 「金の流れを追う」とは、制度の構造を解き明かすことを通じて資源配分の力学を分析すること。

  • 国際課税の構造(源泉地課税と居住地課税の二分法)は、もはや現実に適合しない。

  • 租税競争と協調は、単純な二項対立ではなく、国際制度の生成過程の両側面。

  • 租税は社会契約の表現だ。

2025/05/31

国税庁保有行政記録情報を利用した統計的研究

国税庁のこのサイトに、ディスカッションペーパーが公表されていた。日本の税務申告データを用いた貴重な研究だ。

たとえば、國枝=米田(2023)は、税務データの学術利用の意義につき、高額所得者の所得分布の分析の例を中心に説明する。すなわち、分析ができるようになった背景として、次のように指摘する(同2頁)。

これまで、我が国においては、国税庁統計年報のような所得階層別の集計データや高額所得者・納税者公示制度が存在したものの、個票を含む税務データの利用がほとんど許されておらず、我が国の財政学者は、国際的に評価される租税政策に関する実証研究を行うことが困難となっていた。・・・しかし、国税庁は、2021 年 6 月に、我が国の税・財政政策の改善・充実等に資する統計的研究を実施する研究者を公募することを公表した。この研究においては、税務大学校職員との共同研究を前提に、国税庁の保有する行政記録情報(税務データ)を利用した分析等を行うことができる。

そして、このような分析の一例として、高額所得者の所得分布のパレート係数の推計を説明し、次のように述べる(同3頁)。

高額所得者のデータを十分含まないサーベイデータでの分析と異なり、税務データを利用することで、我が国においても、超高額所得者への所得集中が進んでいることを明らかにすることができる。高額所得者の所得分布については、さらに分析を進めることとしているが、税務データの学術利用の意義を示す一例と考えられる。

税務データを用いることで、実証研究が進む。実態がわかり、制度改善のヒントになる。引き続き応募がなされ、良い成果が出てくることを期待したい。

法律家の眼からみて興味深いのは、このような研究を可能にしたのが共同研究という枠組みをとるというアイディアだったこと。そうすることで、守秘義務というハードルをクリアしている。

なお、これとは別に、国税庁は、国税庁保有行政記録情報を匿名加工した匿名データを利用して統計的研究を実施する研究に門戸を開いている。

2024/10/12

諸富・宮本・篠田編著『デジタル時代の税制改革』

諸富・宮本・篠田編著『デジタル時代の税制改革』は、「100年ぶりの国際課税改革の分析」という副題のとおり、2つの柱を中心として近年の改革の意義と限界を論ずる論文集。

財政学者と租税法学者の共同研究の成果。序章と第8章が全体像、第1章から第3章が2つの柱に関する検討、第4章と第5章が米国との関係、第6章がEUとの関係、第7章がGloBE情報申告書。一読して、次の点がとくに印象に残る。

  • Pillar One多国間条約が発効しなくても新ルールが今後つねに参照されることになるという認識
  • GloBEが課税ベースに会計の数値を利用するものであるため会計基準ショッピングや会計基準間の競争が生ずること
  • 2017年米国GILTI創設が国際交渉におけるフォーカルポイントを作り出して合意を成立しやすくしたこと
  • ドイツのGloBE受容がCFC税制の相当の改変を伴っていること
  • GloBE情報申告書をCbCRとの比較でみていくという視点
  • 途上国の視点
さらに時間をかけて読んでみたい。この論文やこの紹介とも密接に関連する。

以下に目次をコピペしておこう。

序 章 新しい国際課税ルールの内容,その意義,直面する課題,そして税収効果(諸富 徹)

第1章 経済のデジタル化と「市場国」への課税権配分を巡る論理の変遷(篠田 剛)

第2章 利益Aに係るデジタル課税の意義と課題──移転価格税制の経験を踏まえて(江波戸順史)

第3章 グローバル・ミニマム課税における所得合算ルール(IIR)──税法と会計の関係(中嶋美樹子)

第4章 TCJA2017におけるアメリカ法人税の国際課税方式の変更に関する議論とその影響(吉弘憲介)

第5章 グローバルタックスガバナンスへのアメリカのパワーの影響──「BEPS2.0」第2の柱を素材として(松田有加)

第6章 EUにおけるGloBEルールの受容──ドイツでの国内法制化を中心に(辻 美枝)

第7章 BEPS2.0第2の柱におけるGloBE情報申告書の意義と手続保障(金山知明)

第8章 経済のデジタル化に伴う国際課税の動向と課題(宮本十至子)



2024/09/16

Tax administration is tax policy.

税務行政は租税政策そのものである、という趣旨で、

Tax administration is tax policy.

といわれることがある。この印象的なフレーズの原典は、世銀のこの本だ。すなわち、(シャウプ勧告で有名なあの)シャウプ博士を含む編者が、『途上国における付加価値税(Value Added Taxation in Developing Countries)』と題する書物を1990年に公表し、その中で、IMFのMilka Casanegra de Jantscherさんが、「付加価値税を執行する(Administering the VAT)」という論文を寄せた。その179頁右の箇所に、このフレーズが出てくる。引用する(イタリックは原文のまま、ボールド体は引用者による)。

My sole purpose is to point out that the broad-based and neutral tax discussed in public finance treatises is very different from the VAT that prevails in most developing countries and that administrative constraints are the main cause of this difference. Experience with the VAT shows, once more, that in developing countries tax administration is tax policy.

(仮訳)私の唯一の目的は、財政学の論文で議論されている課税ベースが広くかつ中立的な租税は、ほとんどの発展途上国で普及している付加価値税とは非常に異なっており、この違いの主な原因は行政上の制約であることを指摘することだ。付加価値税の経験は、発展途上国では税務行政は租税政策そのものであることを改めて示しているのである。

この引用から明らかなように、もともとの文脈としては、途上国のVATの経験に照らし「途上国においては」そうだ、という意味であった。これがのちに限定を付さない形で、広く引用されるようになったのだろう。1992年のこの論文では、Milka Casanegra de Jantscher自身が、VATに限定せず「途上国においては」真の意味で税務行政は租税政策そのものであると述べていた。その後、Rihard M. Bird教授は、2004年の Administrative dimensions of tax reform, Asia-Pacific Tax Bulletin, Vol.10, No.3でも、その脚注5で上記1990年の論文を引用しつつ、より一般的に次のように述べている。

In a very real sense, “tax administration is tax policy”. Maximizing revenue for a given administrative outlay is only one dimension of the task of tax administration. Revenue outcomes may not always be the most appropriate basis for assessing administrative performance. How revenue is raised, i.e. the effect of revenue generation effort on equity, the political fortunes of the government, and the level of economic welfare, may be equally (or more) important as how much revenue is raised.

(仮訳) 真の意味で「税務行政は租税政策そのものである」。与えられた行政支出に対する歳入の最大化は、税務行政の任務の一側面にすぎない。歳入アウトカムは、行政業績を評価するための最適基準であるわけでは必ずしもない。歳入がどのように得られるか、すなわち、歳入創出努力が公平性、政府の政治的運命、経済厚生水準に与える影響は、どれだけの歳入が得られるかと同じくらい (あるいはそれ以上に) 重要である。

つまり、Bird教授によると、途上国のVATという元々の文脈を超えて、より普遍的な意味において、税務行政が租税政策そのものだ、というのである。そして、その内容として、歳入に劣らず公平・政治・経済厚生を考えなければならない、という点が敷衍される。なお、Bird教授には同タイトルでこの論文が2014年にあり、そのままリンク先で読めるが、引用してあるフレーズではisがイタリックになっていない(編集の都合だろうか)。

ところで、この"Tax administration is tax policy."というフレーズには、ぼく自身にも個人的な記憶がある。1990年代あたまに米国留学したころ、Milkaさんが大学のクラスにいらっしゃったのだったか、Washington DCへの見学旅行でお目にかかったのだったか、いずれだったかは忘れてしまったが、直に接する彼女の肉声がその大人風の物腰とともに、きわめて迫力に満ちていた。そのときの正確な発言が"tax administration is tax policy"だったか、はたまた"tax policy is tax administration"だったかは、いまとなってはぼくの記憶があいまいだ。文章に残っているところからすると、おそらく彼女の「決め文句」は前者だったのだろう。

2024/08/26

中里古希祝賀論文集

市場・国家と法 -- 中里実先生古稀祝賀論文集が公刊された。租税法の基礎理論、租税法の実践的展開、租税法と公法、租税法とビジネスロー、古希をお祝いして、の5部構成。以下に目次をコピペする。

目次

租税法の基礎理論

最小国家における租税と貨幣 ……………………………………………………渡辺智之

所得の発生と通貨…………………………………………………………………藤岡祐治

所得と自由──ベルクソンからフィッシャーへ……………………………………岡村忠生

租税法と経済学と神経科学──Law, Economics and Neuroscience…………神山弘行

準自発的コンプライアンスについて………………………………………………増井良啓

制定法解釈における議会議事録の参照──イギリスのPepper v. Hart判決の分析…吉村典久

経営判断原則と租税法判断──租税回避否認要件に係る経済的合理性基準の研究…谷口勢津夫

租税法が企業の価格決定に介入することの限界について …………………藤原健太郎

Andreas Kallergis『課税管轄権』を読む……………………………………田中啓之

外国子会社合算税制(タックス・ヘイブン対策税制)の趣旨とその解釈のあり方…長戸貴之

政府系ファンドへの課税問題──国際法の観点から……………………………………中谷和弘

租税法の実践的展開

信託型ストック・オプションに関する租税法上の解釈問題……………………………渡辺徹也

受益証券発行信託型STO・PTS取引に対する適正な課税方法 ──特に不動産セキュリティ・トークンを素材として……………………………………………岩﨑政明

租税属性の移転可能性をめぐる議論──税額控除の給付・移転の広がりを素材に …吉村政穂

企業ファイナンスへの課税の影響Ⅱ……………………………………………橋本慎一朗

資産評価の文脈──国際課税と消費型所得概念を視野に入れつつ…………浅妻章如

租税法上の行政制裁の現状と展望………………………………………………佐藤英明

租税法における後発的事由………………………………………………………渋谷雅弘

執行可能な税制──構造的執行欠缺理論を手がかりに…………………………巽 智彦

国税犯則調査の性質──犯則調査は法体系上の「夾雑物」あるいは「鵺」か…笹倉宏紀

租税法と公法

ジャン・ボダンの主権論に関する覚書 …………………………………………長谷部恭男

準死について──人に関する研究ノート………………………………………小島慎司

納税の義務…………………………………………………………………………石川健治

スタンリー・サリーと日本における行政法の変容──理由附記法理の「原意」をめぐって

………………………………………………………………………………………渕 圭吾

国立大学法人の組織法──国際卓越研究大学の制度を契機として …………山本隆司

パテント・リンケージをめぐる行政法上の問題点──医薬品承認制度と特許権保護の交錯

………………………………………………………………………………………興津征雄

国家の経済活動関与と租税国家──近代日本からの考察一斑………………齋藤 誠

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による積立金運用と法規定………太田匡彦

租税国家原理とは何か──その来歴とゆくえ……………………………………田尾亮介

財政法学の体系に関する試論──特に租税法との関係を念頭において………藤谷武史

公益法人と信託──実体法と税法の交錯…………………………………………溜箭将之

租税法とビジネスロー

ペイレシオ開示の目的とあり方について …………………………………………松井智予

米国におけるスタートアップ企業の組織形態選択と課税………………………星 明男

不正競争防止法における品質等誤認惹起行為……………………………………白石忠志

2023年企業結合ガイドラインにみるバイデン政権下の反トラスト政策 ………滝澤紗矢子

知的生産活動における「資源管理」と法──学際的な議論に向けた準備作業…小島 立

商標権の譲渡をめぐる問題──知的財産権取引と課税の議論の前提として …渕 麻依子

古稀をお祝いして

J. Mark Ramseyer/真砂 靖/古谷一之


中里実先生略歴/中里実先生著作目録

2024/06/19

Graetz教授の『破壊する権限』

 Graetz教授の新著『破壊する権限―いかにして反税運動がアメリカを乗っ取ったか』(2024年、Princeton University Press、本文265頁、謝辞と注と索引つきで359頁、日本語訳なし)は、啓発的な書物である。この書物において、Graetz教授は、反税運動が米国政治を支配するようになった壮絶な過程を描き出す。反税運動は、1978年カリフォルニア州のProposition 13を起点に、1980年大統領選挙を経て米国政治の中枢へと広がり、停滞期を経て、1997年以降の米国を支配するに至った、と主張する。その筆致は冷徹であり、登場人物の言動は劇的であり、描かれる像は陰鬱である。

「第一部 離陸(1978-1981)」は、反税運動が米国政治の中枢に広がった数年間を描く。1978年のProposition 13は、カリフォルニア州憲法を改正して州の財産税を制限した。この動きは、共和党右派のHaward Jarvisが巻き起こしていた。人種別学を退けたBrown事件最高裁判決の後、内国歳入庁(IRS)は人種差別を理由にBob Jones大学などの免税適格を剥奪したところ、これに反発した猛烈なIRS叩きがはじまり、キリスト教福音派が反税運動に加わった。サプライサイド経済学がケインジアン経済学に取って代わり、1980年大統領選でレーガンらの支持を得た。この動きはレーガン政権第1期に1981年大減税をもたらし、巨大な財政赤字が発生した。

「第二部 乱流(1982-1994)」は、振子が逆に傾き、財政赤字の抑制を試みる時期である。1982年と1983年の増税を経て、1986年税制改正は税収中立的改革であり、民主党の課税ベース拡大と共和党サプライサイダーの税率引き下げとの難しい結婚だった。この中で、Glover Norquist, Newt Gingrich, Rush Limbaughの3人組による反税運動が激化する。1988年大統領選で共和党のGeorge H. W. Bushは「Read my lips: no new taxes」と発言した。しかし、大統領就任後にGramm-Rudman-Hollings法の下で増税を余儀なくされたので、これを公約違反であるとしてGingrichらが攻撃を加えた。1992年大統領選で民主党のBill Clintonは「New Democrats」の「a third way」を標榜したが、就任後はエネルギー税(BTU Tax)の廃案に追い込まれた。1994年にGingrichは「The Contract with America」を発表し、1995年には下院議長に上りつめる。大統領と議会の対立が激化する中、1995年11月には政府閉鎖(shutdown)が生じた。

「第三部 復活 (1997-2023)」は、反税運動が復活し米国政治を乗っ取る過程である。民主党Clinton政権の下で、共和党が反税集会を開き、IRSの権力濫用を言い立てる宣伝を続けた。Graetz教授は、Bill Clintonの「三角測量(triangulation)」政策が長期的目標を見失わせた、としている。2000年大統領選で共和党のGeorge W. Bushが選出され、遺産税の廃止、2001年法人税減税などが行われた結果、1990年代の財政余力が浪費された。世界金融危機を経て、2009年1月から民主党のBarack Obama大統領が政権をとり、Tea Party Movementが起こった。2008年選挙戦でObamaは「年収25万ドル以下には増税しない」と公約しており、この制約の下で2010年の財政の崖(fiscal cliff)を迎えた。2016年大統領選挙で共和党のDonald Trumpが選出され、2017年12月に巨大な大減税法案Tax Cuts and Jobs Actが成立した。2020年大統領選挙で勝利した民主党のJoe Bidenの下で、2020年にコロナ対応でAmerican Rescue Actが成立する。2022年Inflation Reduction Actは富裕層課税を実現しなかった。党派を超えた合意が不可能になる中で、共和党は一切の増税を拒否し、民主党は富裕層課税しか提案しないという状況に至った。

本書の表題は、McCulloch v. Maryland, 17 U.S. 316, 431 (1819)のChief Justice John Marshallの有名な一節からきている。

“The power to tax involves the power to destroy; the power to destroy may defeat and render useless the power to create.”

Graetz教授は、本書の記述を終えるにあたり、この一節を引用したうえで、次のように結んでいる。

So, it turns out, does the power not to tax.


この書物は、米国税制に関心のある人にとってはもちろんのこと、より広く、どうしてアメリカ社会がかくも分極化してしまったかを知りたい人にとって、参考になるであろう。租税法を専門とする私は、非営利団体の免税適格をめぐる紛争の背景がここまで突っ込んで描かれていることに、軽い衝撃を受けた。また、1986年税制改革の評価について、Graetz教授がかなり突き放した態度をとっていることについても、いささか感ずるところがある。インサイダーならではの記述には、学ぶところが多い。

しかし、ではどうすればよかったのか。Graetz教授は、終章「アメリカ例外主義の終焉?」において、反税運動の問題点を列挙する。いわく、減税が必ず歳入増をもたらすなどの誤った信念に固着していること、自由について一面的な見方をとっていること、人種的反感を煽り立てること、遺産税を「死の税」と呼ぶなどして世論を枠づけること、公害対策のためのバッズ課税のような価値ある政策手段を排除すること、支出の代わりに特別減税を用いること、国債利率上昇の危険を招きアメリカの資金を海外に逃がすこと、増大する不平等を幇助すること、である。その告発は怒りに満ちており、怒りはもっともである。問題は、出口がどこにあるかである。



2023/06/20

法システムとしての租税法Ⅰ:法制度の中における租税法の機能

 フィナンシャルレビュー152号の特集が、本日公刊された。目次をコピペしておこう。

<特集>法システムとしての租税法Ⅰ:法制度の中における租税法の機能

 

 序文(PDF:605KB)

  1. ローマ数字1.本特集号の目的
  2. ローマ数字2.本特集号の視座と構成
  3. ローマ数字3.今後の展望

中里  実

(東京大学名誉教授)

神山 弘行

(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

 法制度の効率性と租税法の役割
―Kaplow & Shavell の“double distortion” テーゼ再訪

本文(PDF:1126KB)

  1. ローマ数字1.本稿の研究課題と意義
  2. ローマ数字2.Kaplow & Shavell(1994)再訪
  3. ローマ数字3.KS1994 を巡る米国法理論史
  4. ローマ数字4.考察のまとめ

藤谷 武史

(東京大学社会科学研究所教授)

 所得再分配を巡る法制度:GAFA 課税問題と才能課税問題との接点に関する試論

本文(PDF:1221KB)

    1. ローマ数字1.序:最適課税論の出発点と前提
    2. ローマ数字2.従来の移転価格税制の考え方は何故GAFA 等にうまく当てはまらないか
    3. ローマ数字3.長期個人視点の租税法学と短期世帯視点の社会保障法学
    4. ローマ数字4.生涯単位の稼得能力
    5. ローマ数字4.まとめ:所得税という名前だから所得稼得者側の属性の単一の指標を突き詰めることが理想とは言い切れないかもしれない

浅妻 章如

(立教大学法学部教授)

 スタートアップ企業によるイノベーションを促進する税制の設計のあり方

本文(PDF:1142KB)

    1. ローマ数字1.はじめに
    2. ローマ数字2.イノベーション促進税制の正当化
    3. ローマ数字3.イノベーション促進税制の設計
    4. ローマ数字4.わが国のイノベーション促進税制の評価
    5. ローマ数字5.おわりに

長戸 貴之

(学習院大学法学部教授)

 通商法と租税法の抵触
―デジタルサービス税をめぐる論点を素材として―

本文(PDF:863KB)

    1. ローマ数字1.問題の所在
    2. ローマ数字2.新しい領域における衝突
    3. ローマ数字3.結びに代えて

吉村 政穂

(一橋大学大学院法学研究科教授)

 租税の機能としての景気調整機能

本文(PDF:1106KB)

    1. ローマ数字1.はじめに
    2. ローマ数字2.租税法と租税政策における景気調整機能の位置付け
    3. ローマ数字3.現行法の分析
    4. ローマ数字4.おわりに

藤岡 祐治

(一橋大学大学院法学研究科准教授)

 世代間衡平と租税法
―租税・財政・社会保障―

本文(PDF:1212KB)

    1. ローマ数字1.はじめに
    2. ローマ数字2.現在世代の将来世代への責任
    3. ローマ数字3.危機対応の財源
    4. ローマ数字4.社会保障法と租税法
    5. ローマ数字5.結びに代えて

神山 弘行

(東京大学大学院法学政治学研究科教授)