1.二度の邂逅と最近の発見
Richard A. Musgrave教授(1910–2007)には、二度、お目にかかったことがある。
一度目は1992年、私が米国ハーバード大学のInternational Tax Programにいたときだった。Musgrave教授がゲストとしてクラスにお越しになり、その場には金子宏先生も出席されていた。二度目は1997年、京都で開催された第53回国際財政学会(IIPF)大会だ。たまたまMusgrave教授がお一人で歩いていらっしゃるところに出会い、「ハーバードで先生のお話をうかがいました」とご挨拶したところ、にこやかに応対してくださった。
Musgrave教授といえば、私にとっては何よりもThe Theory of Public Finance: A Study in Public Economy (McGraw-Hill, 1959)の著者だった。ところが最近、1960年代の日韓関係を調べる過程で、Musgrave教授が1965年から1967年にかけて韓国の税制改革に関わっていたことを知った。あのときハーバードや京都でお目にかかった先生が、そのさらに30年ほど前には、朴正熙政権下の韓国で税制について助言していたのである。
2.Musgrave教授と韓国
では、Musgrave教授は韓国で何を助言したのだろうか。
主要な報告書は、1965年のRevenue Policy for Korea’s Economic Developmentだ。私は、Richard M. Bird and Oliver Oldman編のReadings on Taxation in Developing Countries, revised edition, Johns Hopkins Press, 1967に収録されたものを読んだ。これは原報告書の一部を抄録したものだ。さらに1967年には、Suggestions for the 1967 Tax Reformという別の報告も作成されていた。
その基本にあったのは、公平かつ執行できる税制を作ることだった。高い法定税率を設けただけでは、公平な税制にはならない。所得が十分に捕捉されず、脱税や過少申告が広く行われるなら、強度の累進税率は名目上のものにとどまる。それよりも課税ベースを広げ、現実の所得をできるだけ課税標準に反映させる。所得税だけですべてを解決しようとせず、土地その他の資産への課税を組み合わせる。間接税についても、奢侈的消費などを適切に選んで財源として利用する。何よりも、税務行政が実際に租税を執行できることを重視する。
3.シャウプ勧告との共通点
この考え方は、1949年のシャウプ勧告と似たところがある。両者には、公平性、広い課税ベース、過度に高い法定税率への警戒、所得税を補完する資産課税や間接税、そして税務行政と執行可能性の重視という共通点がある。
たしかに、日韓で税制改革の文脈は異なっていた。1949年の日本では、戦後インフレを収束させ、財政を安定させるとともに、恒久的な租税制度を構築することが課題だった。これに対して1960年代半ばの韓国では、急速な経済開発に必要な資金を国内でどう動員するかが重要だった。Musgrave報告書がRevenue Policy for Korea’s Economic Developmentと題されていたことは象徴的だ。しかしこの違いは、方法の違いではなく、文脈の違いとみるべきであろう。
3.政策知の選択的組み換え
では、この類似は偶然なのだろうか。
Stanley Surrey教授は1949年のシャウプ使節団のメンバーであり、その後、Harvard International Tax Programを中心に開発途上国の税制改革に深く関わった。Oliver Oldman教授もその中心人物だった。Musgrave教授もまた、このHarvardの知的環境のなかで開発途上国の税制改革を論じていた。Richard Bird教授もこの系譜につながる。
この点を考えるうえで興味深いのが、Malcolm Gillis ed. Tax Reform in Developing Countries(Duke University Press, 1989)だ。そこには Shoup教授自身による“The Tax Mission to Japan, 1949–50”が収められている。Bird教授は “The Administrative Dimension of Tax Reform in Developing Countries” を執筆した。Gillis教授も戦後の開発途上国における税制改革の経験を総括している。すでに1989年の時点で、1949年の日本での税制改革は、開発途上国における戦後の税制改革の長い経験の一つとして振り返られていた。その後、シャウプ使節団を日本国内だけの出来事ではなく、戦後の国際的な税制改革の流れのなかに置き直して論じる研究として、W. Elliot Brownlee, Eisaku Ide and Yasunori Fukagai eds., The Political Economy of Transnational Tax Reform: The Shoup Mission to Japan in Historical Context(Cambridge University Press, 2013)がある。
以上から、次の見立てが出てくる。シャウプ使節団からSurrey、Oldman、Musgrave、Birdらへと連なる戦後アメリカの租税専門家集団のなかで、公平性、広い課税ベース、過度な最高税率への警戒、行政能力に適合した制度設計、実証的な分析、という税制改革の方法論が共有された。韓国では、この政策知が、韓国官僚の調査・政策形成と、経済開発のための国内資源動員という当時の文脈と結びつき、1966–67年の税制・税務行政改革へと選択的に組み替えられた。このような見立てである。
4.韓国から南米へ
Musgrave教授はその後、南米コロンビアをはじめ多くの国の税制改革にも関わった。最近のMaxime Desmarais-Tremblay, “Richard Musgrave in Colombia: The Art of Tax Reform in a Developing Country,” FinanzArchiv / Public Finance Analysis, Vol. 79, No. 4 (2023), pp. 332–360 は、その活動を跡づけている。これらの例をさらに追っていけば、戦後アメリカの租税専門家たちが、ある国で得た経験をどのように次の国へ持ち込み、そこでどのように作り替えていったのか、がわかるだろう。
1992年にハーバードでMusgrave教授のお話をうかがったときには、もちろん、こんなことは考えていなかった。京都でお目にかかったときにも、韓国について先生に尋ねることなど思いつかなかった。今になってみれば、少し聞いておけばよかったと思う。時すでに遅し。
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