04 July 2025

米国でOne Big Beautiful Bill Actが成立

略してOBBBA。2017年12月TCJA以来の大きな税制改正(見方によっては改悪)。とりあえず現時点で検索して上位に出てくるものにリンクを張る。これからたくさん論説や分析が出てくる。いまこんなことをしなくても、いつでも対象時点を指定してAIにまとめ作成を依頼すればいいのだが・・・

日経新聞 トランプ減税法案が下院通過、成立へ 企業と富裕層に恩恵・EVに逆風

TaxProfBlog Friday, June 27, 2025 Tax Policy In The Trump Administration

TaxProfBlog Friday, June 20, 2025 Tax Policy In The Trump Administration

TaxProfBlog Friday, June 13, 2025 Tax Policy In The Trump Administration

TaxProfBlog Friday, May 30, 2025 Tax Policy In The Trump Administration

TaxProfBlog Friday, May 23, 2025 Tax Policy In The Trump Administration

山田&パートナーズ池田美保氏のレポート 2025年5月23日税制改正草案“One Big Beautiful Bill Act” (米国)(下院通過後上院審議前)

Congress.gov  H.R.1 - One Big Beautiful Bill Act, 119th Congress (2025-2026)

The White House  The One Big, Beautiful Bill

WSJ House Passes Trump’s Megabill in GOP Triumph

The Washington Post House passes Trump’s bill

Financial Times House of Representatives approves ‘big, beautiful bill’ in victory for Donald Trump

BBC A look at the key items in Trump's sprawling budget bill

The Economist  July 3, 2025  Trumponomics 2.0 will erode the foundations of America’s prosperity: The Big Beautiful Bill is symptomatic of a wider malaise

29 June 2025

グローバル・ミニマム課税に関するG7声明

 米国Bessent財務長官の発言が先行していたところ、G7の声明が出て、Pillar 2ルールと米国ルールとの共存(side-by-side)について合意された旨が公になった。財務省サイトに日本語仮訳が出ている。

G7の声明第3パラグラフによると、共有された「理解」の内容は次の4点(上記日本語仮訳を参照)。

  • 共存システム(a side-by-side system)では、米国親会社グループの、米国内利益および米国外利益の双方について、UTPRおよびIIRから完全に免除する。
  • 共存システムでは、その共通の政策目的を保持するため、公平な競争環境の観点から特定される重大なリスク、または税源浸食と利益移転のリスクが対処されることへのコミットメントを含む。
  • 共存システムの実現に向けた作業は、「第2の柱」全般に係る執行とコンプライアンスの枠組みの大幅な簡素化(material simplification)の実現と並行して行われる。
  • 共存システムの実現に向けた作業は、「第2の柱」における実質ベースの還付無税額控除(substance-based non-refundable tax credits)の取扱いが、還付付税額控除の取扱いとより整合的になることを確保する変更を検討することと、並行して進められる。

声明はさらに、包摂的枠組み(IF)での議論を期待すること(第5パラグラフ)、米国の899条報復税の削除が上記の理解にとって極めて重要(crucial)であること(第6パラグラフ)、を述べる。なお、第4パラグラフでは、「デジタル経済の課税に関する建設的な対話及びすべての国の課税主権の保持を含む、国際課税システムの安定化のさらなる進展」として、Pillar 1に言及。

以上を受けて、OECD事務総長が、G7声明を歓迎する旨の声明を公表している。英国HM Treasuryの声明は、899条の削除を歓迎。報道いろいろと。

03 June 2025

学資金非課税をめぐる髙橋論文を読む

 髙橋祐介「四海の内は皆な兄弟たり―学資金をめぐる大阪高判令和5年7月26日裁判所HPを出発点として」租税研究907号132頁(2025)は、今年読んだものの中でもダントツに面白い。この判決を出発点としてここまで広がりのある議論ができるのか、と思わせる。

一般に、所得概念を包括的に構成する税制の下では、「純資産の増加は、法令上それを明らかに非課税とする趣旨が規定されていない限りは、課税の対象とされる」(神戸地判昭和59年3月21日訟月30巻8号1485頁)ものと考えられている。ところが、本論文は、国や地方公共団体が個人に与える財やサービスにつき、非課税の根拠規定がなくても実際には課税されていない領域に光をあて、その根拠を詰めて検討する。思考喚起的である。

本論文のタイトルは、論語の一節「四海之内、皆兄弟也」を引いている。およそ人たるもの、親族かどうかにかかわらずタダで支援しあうのが当然だ、という含意である(本論文155頁右を参照)。これは、いかにも高橋教授らしい。たまたま私が今学期のゼミで会読している文献も、人間のpro-socialな側面に着目するもので、本論文と共鳴するものがある。髙橋教授のこのお考えに同意しない方であっても、この論文が収入金額の考え方について発想の転換を迫るもので、所得概念の隠れた部分を見事にあぶりだしていることには異論あるまい。

以上を前提として、今後論点になるかもしれない(と私が思う)点を、3つだけ挙げておく。

*まず全体の論旨について。現在の日本の取扱いの位置づけとして、法令上は課税すべきなのに執行が不足している、という見方をどう考えるか。高橋論文はこの見方を意識していて、「単に課税を差し控えているだけという可能性は否定できない」と述べる(143頁右)。また、国から提供された無利息貸与について、貸与を受けた者の収入金額に算入されるべき利息相当額の経済的利益は、「あっても課税最低限以下の少額なので、課税されない(あるいはそう考えて課税庁は特に調べていない)」という可能性に言及する(145頁左)。この問題は、フリンジ・ベネフィット通達が多くの場合につき「課税しなくて差し支えない」という指針を示していることと同根で、私も以前から気になっているところだ。

*本論文は、①親(サラリーマン)が子(大学生)に仕送りをするケース、②勤労学生のケース、③財団から給付型奨学金を受ける大学生のケース、の3つを比較して、現行法の下でケース②が課税上不利に扱われていると指摘する(140-142頁)。これはオリジナルな分析で、とても興味深い。詳細な論旨は原文にあたっていただくこととして、私の読解によれば、この分析のポイントは、(A)納税主体をどうカウントするか(「一人か二人か」問題)、(B)原資に対する課税の確保(=非課税で消費に充てることを防止する)、である。さて、この分析にあたり、髙橋論文は、ケース③の奨学金受領者をケース①の仕送り受領者と等しく扱う(tax parity)という説明を行っている(142頁左)。これは、所得税法上の学資金が基本的に一律非課税であるという制度の黙示的意図を説明する、という文脈で出てくる言明である。すこし気になるのが、このことの根拠がどこにあるかである。ケース③において、財団は、たしかに支出非控除なのだが、収益稼得時に非収益事業として非課税を享受する場合があり、その範囲では原資に対する課税が確保されない(上記のポイント(B))、ということになるのではなかろうか。

*無利息融資については、米国内国歳入法典7872条のように経済的利益の移転について根拠規定を設けたうえで、非課税閾値を設けるのがスッキリするのではないか。包括的所得概念でみていくと収入・控除のあたりがなかなか難しいので、制定法でえいやっと整理したうえで、de minimusの趣旨で閾値を設けて執行コストを抑えつつ、高額利益享受者には課税する、という方向である。もっとも、これに対しては、政府から無償で貸与されるのは金銭のみに限らず、住宅や車椅子、障害者用のヘルメットといったものも貸与されるところ、どうして融資だけに対象を限定するのか、という批判がありうる(この批判については髙橋教授のメールでの示唆による)。たしかに理屈をとおせば、金銭貸付けに対象を限ることはできまい。米国法の展開も、プランニングに用いられる顕著な例にその都度対応した、という過程の一コマとして理解すべきかもしれない。

以上の他にも、沿革に照らした立法趣旨の整理(138-139頁)や、立替払い(149頁以下)、移転の扱い(154頁)など、本論文には興味深い指摘がたくさんある。本論文の提起する問題を深く掘り下げていくと、究極的には、「支援が支配を生む可能性をどう考えるか」という難問に立ち至る。本論文が多くの読者を得て、後続の議論が新たな光を当ててくれることを期待したい。

31 May 2025

国税庁保有行政記録情報を利用した統計的研究

国税庁のこのサイトに、ディスカッションペーパーが公表されていた。日本の税務申告データを用いた貴重な研究だ。

たとえば、國枝=米田(2023)は、税務データの学術利用の意義につき、高額所得者の所得分布の分析の例を中心に説明する。すなわち、分析ができるようになった背景として、次のように指摘する(同2頁)。

これまで、我が国においては、国税庁統計年報のような所得階層別の集計データや高額所得者・納税者公示制度が存在したものの、個票を含む税務データの利用がほとんど許されておらず、我が国の財政学者は、国際的に評価される租税政策に関する実証研究を行うことが困難となっていた。・・・しかし、国税庁は、2021 年 6 月に、我が国の税・財政政策の改善・充実等に資する統計的研究を実施する研究者を公募することを公表した。この研究においては、税務大学校職員との共同研究を前提に、国税庁の保有する行政記録情報(税務データ)を利用した分析等を行うことができる。

そして、このような分析の一例として、高額所得者の所得分布のパレート係数の推計を説明し、次のように述べる(同3頁)。

高額所得者のデータを十分含まないサーベイデータでの分析と異なり、税務データを利用することで、我が国においても、超高額所得者への所得集中が進んでいることを明らかにすることができる。高額所得者の所得分布については、さらに分析を進めることとしているが、税務データの学術利用の意義を示す一例と考えられる。

税務データを用いることで、実証研究が進む。実態がわかり、制度改善のヒントになる。引き続き応募がなされ、良い成果が出てくることを期待したい。

法律家の眼からみて興味深いのは、このような研究を可能にしたのが共同研究という枠組みをとるというアイディアだったこと。そうすることで、守秘義務というハードルをクリアしている。

なお、これとは別に、国税庁は、国税庁保有行政記録情報を匿名加工した匿名データを利用して統計的研究を実施する研究に門戸を開いている。

20 May 2025

マグナカルタ原本発見と所得概念

 マグナカルタの原本がHarvard Law School図書館で発見された。1946年にオリジナルとは知らずに27ドル50セントで購入したものだという。BBCの上記報道によると、

  • 現在、1215年から1300年までの各版に由来する原本のうち、25点が現存しており、その大半はイギリス国内に保管されている。
  • 現在の価値についてヴィンセント教授は、「具体的な金額を示すのはためらわれるが、2007年にニューヨークで競売にかけられた1297年版のマグナ・カルタは2100万ドル(約30億6000万円)で落札された。つまり、非常に高額な価値があるということだ」と述べた。

とのこと。HLSのウェブサイト記事はこれ。日本でもたとえばこの報道

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この話は、所得について考える素材として使える。そこで昨日の租税政策ゼミで、この話を改変して仮想の設例をつくり、所得概念の復習をやってみた。

【設例】Aさん(日本の居住者)が古本屋でマグナカルタを10万円で買った。それが2000年のことで、本物ではないと思っていた。ところが2025年になって、本物だとわかった。時価は30億円だ。

【問題】Aさんに所得は発生しているか。

【第1説】Aさんは2000年に時価30億円のものを対価10万円でもって低価購入している。だから2000年に29億9990万円分の所得が生じる(実体法レベル)。古本屋が法人だったら一時所得、個人だったら贈与税の課税対象だろう。もっとも現実には5年の除斥期間が満了しているから、いまさら税務署長が決定処分をすることはできない(手続法による課税の制約)。

→この第1説の問題は、2000年の時点で時価が30億円だったといえるか、だ。神の眼からみればそうなのかもしれない。しかし、2025年に本物だとわかるまでは、誰もが本物ではないと信じて、「せいぜい10万円くらいだな」と値付けしていたのではないか。とすれば、2000年の時点で課税すべきだったという立論には弱点がある。

【第2説】Aさんが2025年にこれを30億円で売却したら、取得価額10万円と総収入金額30億円の差額につき、譲渡所得が生ずる。これに対し、譲渡せずに保有し続けていれば、未だ所得は実現しておらず、課税されることはない。

→所得税法は実現原則を採用しているから、この構成は実定法の適用として自然である。購入後に長期間保有していた株式がある時点で大化けして値上がりした場合と同様だとみるわけだ。多くの専門家は、おそらくこの第2説に賛成するであろう。

→なお、実定法以前の所得概念の問題としては、30億円もの値段がつくメカニズムやタイミングについて検討の余地があるかもしれない。それは、美術品の値付けなどと共通する問題として整理できそう。

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昨日のゼミではこのあたりで議論を終えた。やっていけばもっと深く突っ込むことができそう。ただしこれが素材として「受ける」かどうかは、教室で学生さんが「面白い」と思ってくれるかによる。実際、ゼミ後の雑談では、この話ではなく、生成AIの加速的進化がここ数か月で驚くべき状況にあることで、盛り上がった。

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(2025/05/21追記)

上の論述は第1説を退け第2説を推した。これに対し、仮に第1説をとった場合、2000年の受贈益課税に加えて2025年以降の譲渡所得課税が生ずるのではないか、という問題がある。つまり、第1説と第2説は必ずしも択一的関係にある(mutually exclusive)わけではないのかもしれない、というややこしい問題である。

現実問題として、受贈益課税と譲渡所得課税を重ね合わせるのは、(時間差や除斥期間をひとまず脇に置いて考えれば)過大負担を生む危険がある。解釈論上の技術として、第1説の論者は、資産売却時の譲渡所得の算定上、取得費を30億円とすることを志向すべきであろう。参考になる考え方として、渋谷雅弘(2022)「無償取得資産の取得費新規取得費」が、資産の無償取得について新規取得費方式が原則ルールになると論じている。

13 May 2025

豪州国税庁のAI利用について、AIにきいてみた

税制調査会専門家会合(座長 岡村忠生教授)で、早稲田大学の岩崎尚子教授が、「デジタルガバメントの国際比較と経済社会のデジタル化の進展」と題する報告をされた。それによると、デジタル政府世界ランキングでデンマークのように上昇してきた国もあり、日本のように低下傾向にある国もある(スライド10頁)、とのこと。AI利活用も進んでいて、「世界の税務当局の50%以上がAIをリスク評価や不正検知に活用(OECD調査)」(スライド22頁)という。質疑応答を通じて、AI人材不足や自治体対応など、多くの課題が浮き彫りにされた。

中でも重要な課題がAIガバナンスだ。この点について、オーストラリアでは2025年2月、Australian National Audit Office (ANAO)によるレビューが公表されている。このレビューは、豪国税庁(Australian Taxation Office)を対象として、そのAI導入と管理体制に関して包括的な評価を行った。評価の観点は、1)AI導入のためのガバナンス体制が効果的か、2)AIモデルの設計・開発・導入プロセスが効果的か、3)AI導入後のモニタリング・評価・報告が効果的か、の3つ。7つの勧告が出されている。このあたりは、Perplexityで検索をかけてみると、すぐに(日本語で)要約が手に入る。

今日のお話のようにシンギュラリティが予想外に近いのだとすれば、AIが暴走しないための枠組みづくりは税務行政においても大事な課題だと思う。他方で、納税者への助言サービスのほうも急速にAI利用が進むから、民間利用についても考えるべき点が多いはず。

さらに、今後AIが意思決定の前面にでてくるようになると、従来からの通念にも再考が迫られる。すなわち、「人はなぜ自発的に納税するか」については、合理的効用計算だけでは説明できず、社会規範とか信頼とかの要素が働いていると考えられてきた。しかし、AIが損得勘定だけで走るようになっていたら、AIによるプランニングや申告は、生身の人間によるそれとは異なるものになることが容易に予想される。専門家倫理として議論されてきた問題は、私たちがAIに依存するようになった社会では、どうなっていくのか。

さらに憶測を重ねよう。AI主体の納税環境の下では、税務行政のアプローチにも再考が必要になってくる。「人はなぜ納税するか」も違って見えてくるだろう。国ごとの違いが何に起因するかという問い自体が、あるいはひっくりかえるかもしれない。生成AIはつくづく、game changerだ。

23 April 2025

駒場ゼミ3回目にして怒涛の突っ込み

このところ続けて開講してきた「人はなぜ納税するか」ゼミは、このセメスターには駒場で開講している。さっそくSteinmo and D'Attoma, Willing to Pay? A Reasonable Choice Approach (Oxford University Press 2022)を読み始めた。この本は、どうしてある国では高い納税協力が観察され、別の国では低い納税協力が観察されるのか、という問いを扱っている。制度の役割に着目しつつ、これを利益・規範・価値という変数によって説明しようとする試みである。

今日はゼミの3回目で、この本の理論枠組みを説明する章(1 Why Should I Pay? A Cognitive Theory of Tax Morale)の会読にとりかかった。

この章冒頭の引用に出てくるDouglass Northは、二十歳前後の学生のみなさんにはなじみがなかったよう。さもありなん。彼がノーベル経済学賞をとったのが1993年だから、ゼミを受講しているみなさんが生まれるだいぶ前である。私の世代にとっては同時代人としてまぶしかった存在も、遠い歴史上の存在と感じられるのかもしれない。ちなみに、山形さんが青木先生にインタビューしたこの記事「青木先生、比較制度分析って何ですか?」も、今からもう16年前。

今日の会読は厳密に一文ずつ精読するというよりは、まずはパラグラフごとに意味をつかもうというゆるい感じで進めた。ただ乗り問題に対するホッブス的解決のあたり(8頁)ですこし議論が出て、規範の内面化についての軽い質疑があった。また、Rational Choice Instrumentalismに出てくるrationalという言葉と、Steinmoらのいうreasonable choice approach(9頁)に出てくるreasonableという言葉は、いずれも日本語にすると同じ「合理的」になるけど英語だと違う言葉で意味の違いを意識してますよね、といった話があった。ここまでの展開は想定内。

しかしだんだん参加者の発言が鋭くなってくる。本書がいうところのsuccessful societiesとless successful societies(11頁)はどう区別されるか。このいずれに向かうかのtipping pointはどこにあるか。こういった疑問が出てきたあたりで、一見すると平明で常識的なテクストが、実は多くのことを説明していないことが明らかになってくる。

そして、effective institutionsがこうこう、ineffective and/or inefficient institutionsがこうこう、というくだり(12頁)に至って、effectiveとefficientがどう違うかがわかりません、どうしてひとつめの文はeffectiveだけでふたつめの文はineffectiveとinefficientの両方が出てくるのですか、という質問があった。これを起点に、参加者のさまざまな解釈が飛び交うようになった。納税者の納税協力と課税庁の執行能力とで黒板にマトリクスを描いて説明する人がいた。ベン図を描いて概念相互の関係を説明する人もいた。いかにもゼミらしい会読の時間だ。ゼミ担当者は、このくだりはあまり精密な言葉遣いをしておらず単に言い換えたのではと思い、「これは筆が滑ったのではないか、effectiveとineffectiveだけで用語を統一しても文章の意味は変わらないはずだ」と主張したのだが、一笑に付されてしまった。駒場の学生おそるべし。

今日はここまで。次回は各国タックス・ギャップの差異を説明する枠組みの部分の会読に入る。さらに議論が白熱しそうな予感がする。

16 April 2025

Tariff Manを内在的に理解する?

岡村忠生「Scope Eye トランプは、世界の租税政策をどう見ているか?」企業会計77巻5号557頁(2025)は、短いコラムの中に、驚くべき読書量の蓄積を発露している。大きく3つの指摘があり、極度に凝縮された文章の含意を解き明かすのはなかなか容易ではない。

しかしながら、その1つめに限ってみただけでも、トランプ政権の関税発動の背景になる「ものの見方」について、少なくとも次の示唆を与えている(と私には読める)。

  • トランプや共和党の最も強い不快感の対象は、VATの国境税調整だ。いわく、「前段階控除の仕組みを知らない所得課税の感覚からは、輸出免税は輸出補助金であり、輸入時課税は輸入関税に他ならない。」という。
  • 全ての輸入物品に対する包括的関税は、所得税導入前の時期、財源のほとんどを関税に頼っていた19世紀の伝統を継承している。
この指摘と響きあう講演が、南繁樹「国際課税の潮流ートランプ2.0の試練」租税研究906号273頁(2025)。もとの講演日は2025年1月9日。この講演も、広く深い読書に支えられ、多くの重要な主張を含んでいる。

とりわけ、「2.『歴史の終わり』の終わり-国際課税の『脱所得税化』」という節では、「2-2.トランプ政権の関税政策はトランプ固有のものなのか」と題して、図解をまじえて詳しく論を進めている。次の箇所を引用しよう。
ここで今回、トランプ氏が関税を導入するということになると、アメリカにはVATがないわけですが、構造的に見ると輸入消費税と関税が似たような感じになるわけです。

南講演はその直後のところで、「似たような」ということの意味として、「少なくとも見た目は似ているといえるわけです」と補足する。 私の感触ではこの補足はかなり大事であり、制度的には次の点を確認しておく必要があると思う。

  • VATは輸入だけでなく、国内取引にも課される。関税は輸入のみに課される。
  • VATは財とサービスの両方を対象とする。関税の対象は税関を通る貨物だけ。
  • VATは単一税率がベスト・プラクティスといわれており、複数税率といっても日本では2本。関税の税率分類はきわめて複雑で税率がはるかに多い。
南講演はこのあたりの制度的な違いをよくご存じで、いうまでもない当然の前提としたうえで「少なくとも見た目は似ている」と述べている(と私は理解する)。そのうえで、南講演は、さらに一歩思考を進めて所得税と輸入関税の比較に関する大川良文教授の論文を参照しつつ、所得税を関税で置き換えられるのかを検討する。この論文も、外国による報復の可能性がかなり重要であることを示唆していて、勉強になる。

これら二つの論稿----ひとつはコラム、ひとつは講演録----は、思考喚起的であり、きわめて興味深い。いろいろなことが思い浮かぶ。
  • 関税の対象は貨物に限られる。この点、クロスボーダー・サービスの対価に係る源泉税に関する国連の議論は、サービスについても関税類似のものを許容する動きとみることができるか?というのも、2025年3月国連専門家会合この文書では、国連モデル租税条約新12AA条として、閾値も物理的拠点も必要とせず、サービスの対価に対して、グロスベースの源泉地課税を許容することとされたからである。
  • グロスの支払いに対する源泉税は、所得税の一部と見るのが通常だが、本当にその見方で現実の動きをうまく説明できるのか?
  • 「脱所得税化」は望ましい選択か?私たちが政策ドライバーとしての累進所得税を失ったとき、再分配の手立てを現実的に講ずることは可能か?
  • もともと、米国が連邦VATを導入できていれば、こんな話にはならなかったのではないか。
さらに考えてみたい。とりあえず今日はここまで。これから駒場に出講。

02 April 2025

第6回租税法学会賞の募集

 第6回租税法学会賞の募集がはじまっていた。

萌芽的研究を含め、若手研究者による租税法学の発展に寄与しうる研究を奨励するための賞で、関係者にはぜひとも積極的に応募してほしい。

宣伝のためこのサイトからコピペしておく。

6回(2026年度)租税法学会賞の募集について

6回租税法学会賞の応募作品を募集中です(2025/11/30〆切)。

29 March 2025

金子宏先生追悼論文集

日本税務研究センターの日税研論集86号「金子租税法学の回顧と継承―金子宏先生追悼論文集―」が公刊されていた。金子先生は1990年代前半に横浜国立大学で教鞭をとっていらっしゃり、すでに横浜法学32巻1号で追悼特集が組まれている。

横浜国立大学時代の金子先生は、とりわけ国際課税の研究と交流に力を尽くされた。そこで、日税研論集の企画に際し、私はその時期のことを取り上げることとした。先生の法人税制調和論がその後の国際課税ルールの展開の中でどうなったか、30年強が経過した現時点の視点から顧みることができた。また、先生が頻繁に国際会議を催され、私のような若手に対しても参加の機会を与えてくださっていたことが、改めてよくわかった。税研239号の特集でも国際会議の思い出を記される先生方が多く、大変な求心力をもって活動されていたことがなつかしく感じられる。

以下、日税研論集86号の目次をコピペする。

まえがき

金子宏先生の学問業績の概要 中里 実

離婚時の財産分与をめぐる夫婦の課税関係 佐藤英明

横浜国立大学時代の金子宏先生—国際課税を中心として 増井良啓

財産評価に関する金子説とその展開 渋谷雅弘

tax mix:一元的担税力と多元的担税力 浅妻章如

行政機関による情報の取得をめぐる法的理解の変遷 「行政調査」概念を手がかりとして 渕 圭吾

金子租税法学における信義則 藤谷武史

権利確定主義はどこへ―─ 法人税法22 条の2創設は何を変えたのか? 吉村政穂

国際人道税・国際連帯税の構想:地球規模課題と租税法学の空間的拡張 神山弘行

累進的消費課税の執行とプライバシー――中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する議論の参照 長戸貴之

景気安定化の手段としての租税制度の可能性とその限界 藤岡祐治

「租税情報開示禁止原則」について 田中啓之



国連専門家委員会

国連の30th Session of the Committee of Experts on International Cooperation in Tax Mattersが、ニューヨークにおいて、24.03.2025-27.03.2025の日程で開催された。

Conference Room Papers (CRPs) are available HERE. 文書へのリンクをたどりやすいよう、下にコピペして張り付けておく。注目されていたサービス条項(従来Article xxと呼ばれていたもの)については、月曜のThe Digitalized and Globalized Economyのタイトルで E/C.18/2025/CRP.1 – Co-coordinators' Reportのところにある。従来のArticle 12AとArticle 14に代わって、新Article 12AAになることに。

Conference Room Papers (CRPs) - 30th Session

Conference Room Papers (CRPs) for the 30th Session of the Committee of Experts on International Cooperation in Tax Matters are available here. 

https://financing.desa.un.org/sites/default/files/2025-03/CRP.1%20Digitalized%20Economy%2010%20March%20final.pdf

Wednesday, 26 March 2025

Tax, Trade, and Investment Agreements 

E/C.18/2025/CRP.2 – Coordinator’s Report

Transfer Pricing

E/C.18/2025/CRP.4 – Co-coordinators' Report

Dispute Avoidance and Resolution 

E/C.18/2025/CRP.14 – Co-Coordinators' Report

Update of the Manual for the Negotiation of Bilateral Tax Treaties

Digitalization and other Opportunities to Improve Tax Administration

E/C.18/2025/CRP.12 – Co-coordinators' Report

Annex 1Annex 2Annex 3Annex 4

Increasing Tax Transparency 

E/C.18/2025/CRP.13 – Co-coordinators' ReportAppendix


吉村典久教授退職記念論文集

吉村典久教授退職記念論文集が、慶應義塾大学法学研究会サイトの法学研究データベースに掲載されていた。私の論文も掲載していただいた。「南北問題と租税法:グローバルサウスの声にどう向き合うか」というかなり大風呂敷のタイトルで、国連の国際租税協力枠組条約をめぐる動きを中心に、途上国の高まる主張に対して日本政府がどのような方針で臨むべきかについて、意見を述べた。

最近、英語圏の専門誌では、「国連枠組条約を機会に国際課税のガバナンスをとっかえよう!」という論説をよく目にする。私は、南北問題の根深さを意識するからこそ、これには適切な距離を置いたほうがよいと考えた。この論文でも、直接投資額などのデータを踏まえつつ、ふわふわした主張に安易に乗っかってはいけないと主張した。IMFで長く支援にかかわってきたMick Keenさんとランチをはさんで対話した経験が、論旨を固める上で背中を押してくれた。日本の研究者の間でどう受け止められるかはよくわからない。

以下に、論文集全体の目次とリンクをコピペしておこう。

最新号98巻1号(2025年01月)

2025年01月28日発行

その他

表紙

法学研究98巻1号2025年01月 1-1頁

その他

中表紙

法学研究98巻1号2025年01月 2-2頁

その他

写真

法学研究98巻1号2025年01月 3-3頁

その他

堤林剣 

法学研究98巻1号2025年01月 5-7頁

その他

目次

法学研究98巻1号2025年01月 9-12頁

論説

日台民間租税取決め

髙久隆太 

法学研究98巻1号2025年01月 25-46頁

論説

居住用マンションの評価に関する一考察

渋谷雅弘 

法学研究98巻1号2025年01月 139-161頁

論説

不相当に高額な役員給与の損金不算入規定についての一考察

西本靖宏 

法学研究98巻1号2025年01月 227-247頁

論説

国境を越えた現物出資をめぐる課税問題(再論)

吉村政穂 

法学研究98巻1号2025年01月 249-268頁

論説

自己恩赦の憲法適合性:アメリカ大統領の恩赦権を素材として

大林啓吾 

法学研究98巻1号2025年01月 319-352頁

その他

吉村典久教授略歴・主要業績

法学研究98巻1号2025年01月 379-389頁

その他

後記

青木淳一 

法学研究98巻1号2025年01月 391-391頁

その他

執筆者紹介

法学研究98巻1号2025年01月 393-393頁

その他

第97巻第12号目次

法学研究98巻1号2025年01月 394-394頁

その他

奥付

法学研究98巻1号2025年01月 395-395頁

論説

フランスの相続税について

平川英子 

法学研究98巻1号2025年01月 420-397頁

論説

租税法と既得権益:カリフォルニア州のProposition 13 をきっかけに

浅妻章如 

法学研究98巻1号2025年01月 440-421頁

論説

南北問題と租税法:グローバルサウスの声にどう向き合うか

増井良啓 

法学研究98巻1号2025年01月 480-464頁

その他

目次(英文)

法学研究98巻1号2025年01月 488-485頁

その他

裏表紙

法学研究98巻1号2025年01月 489-489頁