13 May 2025

豪州国税庁のAI利用について、AIにきいてみた

税制調査会専門家会合(座長 岡村忠生教授)で、早稲田大学の岩崎尚子教授が、「デジタルガバメントの国際比較と経済社会のデジタル化の進展」と題する報告をされた。それによると、デジタル政府世界ランキングでデンマークのように上昇してきた国もあり、日本のように低下傾向にある国もある(スライド10頁)、とのこと。AI利活用も進んでいて、「世界の税務当局の50%以上がAIをリスク評価や不正検知に活用(OECD調査)」(スライド22頁)という。質疑応答を通じて、AI人材不足や自治体対応など、多くの課題が浮き彫りにされた。

中でも重要な課題がAIガバナンスだ。この点について、オーストラリアでは2025年2月、Australian National Audit Office (ANAO)によるレビューが公表されている。このレビューは、豪国税庁(Australian Taxation Office)を対象として、そのAI導入と管理体制に関して包括的な評価を行った。評価の観点は、1)AI導入のためのガバナンス体制が効果的か、2)AIモデルの設計・開発・導入プロセスが効果的か、3)AI導入後のモニタリング・評価・報告が効果的か、の3つ。7つの勧告が出されている。このあたりは、Perplexityで検索をかけてみると、すぐに(日本語で)要約が手に入る。

今日のお話のようにシンギュラリティが予想外に近いのだとすれば、AIが暴走しないための枠組みづくりは税務行政においても大事な課題だと思う。他方で、納税者への助言サービスのほうも急速にAI利用が進むから、民間利用についても考えるべき点が多いはず。

さらに、今後AIが意思決定の前面にでてくるようになると、従来からの通念にも再考が迫られる。すなわち、「人はなぜ自発的に納税するか」については、合理的効用計算だけでは説明できず、社会規範とか信頼とかの要素が働いていると考えられてきた。しかし、AIが損得勘定だけで走るようになっていたら、AIによるプランニングや申告は、生身の人間によるそれとは異なるものになることが容易に予想される。専門家倫理として議論されてきた問題は、私たちがAIに依存するようになった社会では、どうなっていくのか。

さらに憶測を重ねよう。AI主体の納税環境の下では、税務行政のアプローチにも再考が必要になってくる。「人はなぜ納税するか」も違って見えてくるだろう。国ごとの違いが何に起因するかという問い自体が、あるいはひっくりかえるかもしれない。生成AIはつくづく、game changerだ。

23 April 2025

駒場ゼミ3回目にして怒涛の突っ込み

このところ続けて開講してきた「人はなぜ納税するか」ゼミは、このセメスターには駒場で開講している。さっそくSteinmo and D'Attoma, Willing to Pay? A Reasonable Choice Approach (Oxford University Press 2022)を読み始めた。この本は、どうしてある国では高い納税協力が観察され、別の国では低い納税協力が観察されるのか、という問いを扱っている。制度の役割に着目しつつ、これを利益・規範・価値という変数によって説明しようとする試みである。

今日はゼミの3回目で、この本の理論枠組みを説明する章(1 Why Should I Pay? A Cognitive Theory of Tax Morale)の会読にとりかかった。

この章冒頭の引用に出てくるDouglass Northは、二十歳前後の学生のみなさんにはなじみがなかったよう。さもありなん。彼がノーベル経済学賞をとったのが1993年だから、ゼミを受講しているみなさんが生まれるだいぶ前である。私の世代にとっては同時代人としてまぶしかった存在も、遠い歴史上の存在と感じられるのかもしれない。ちなみに、山形さんが青木先生にインタビューしたこの記事「青木先生、比較制度分析って何ですか?」も、今からもう16年前。

今日の会読は厳密に一文ずつ精読するというよりは、まずはパラグラフごとに意味をつかもうというゆるい感じで進めた。ただ乗り問題に対するホッブス的解決のあたり(8頁)ですこし議論が出て、規範の内面化についての軽い質疑があった。また、Rational Choice Instrumentalismに出てくるrationalという言葉と、Steinmoらのいうreasonable choice approach(9頁)に出てくるreasonableという言葉は、いずれも日本語にすると同じ「合理的」になるけど英語だと違う言葉で意味の違いを意識してますよね、といった話があった。ここまでの展開は想定内。

しかしだんだん参加者の発言が鋭くなってくる。本書がいうところのsuccessful societiesとless successful societies(11頁)はどう区別されるか。このいずれに向かうかのtipping pointはどこにあるか。こういった疑問が出てきたあたりで、一見すると平明で常識的なテクストが、実は多くのことを説明していないことが明らかになってくる。

そして、effective institutionsがこうこう、ineffective and/or inefficient institutionsがこうこう、というくだり(12頁)に至って、effectiveとefficientがどう違うかがわかりません、どうしてひとつめの文はeffectiveだけでふたつめの文はineffectiveとinefficientの両方が出てくるのですか、という質問があった。これを起点に、参加者のさまざまな解釈が飛び交うようになった。納税者の納税協力と課税庁の執行能力とで黒板にマトリクスを描いて説明する人がいた。ベン図を描いて概念相互の関係を説明する人もいた。いかにもゼミらしい会読の時間だ。ゼミ担当者は、このくだりはあまり精密な言葉遣いをしておらず単に言い換えたのではと思い、「これは筆が滑ったのではないか、effectiveとineffectiveだけで用語を統一しても文章の意味は変わらないはずだ」と主張したのだが、一笑に付されてしまった。駒場の学生おそるべし。

今日はここまで。次回は各国タックス・ギャップの差異を説明する枠組みの部分の会読に入る。さらに議論が白熱しそうな予感がする。

16 April 2025

Tariff Manを内在的に理解する?

岡村忠生「Scope Eye トランプは、世界の租税政策をどう見ているか?」企業会計77巻5号557頁(2025)は、短いコラムの中に、驚くべき読書量の蓄積を発露している。大きく3つの指摘があり、極度に凝縮された文章の含意を解き明かすのはなかなか容易ではない。

しかしながら、その1つめに限ってみただけでも、トランプ政権の関税発動の背景になる「ものの見方」について、少なくとも次の示唆を与えている(と私には読める)。

  • トランプや共和党の最も強い不快感の対象は、VATの国境税調整だ。いわく、「前段階控除の仕組みを知らない所得課税の感覚からは、輸出免税は輸出補助金であり、輸入時課税は輸入関税に他ならない。」という。
  • 全ての輸入物品に対する包括的関税は、所得税導入前の時期、財源のほとんどを関税に頼っていた19世紀の伝統を継承している。
この指摘と響きあう講演が、南繁樹「国際課税の潮流ートランプ2.0の試練」租税研究906号273頁(2025)。もとの講演日は2025年1月9日。この講演も、広く深い読書に支えられ、多くの重要な主張を含んでいる。

とりわけ、「2.『歴史の終わり』の終わり-国際課税の『脱所得税化』」という節では、「2-2.トランプ政権の関税政策はトランプ固有のものなのか」と題して、図解をまじえて詳しく論を進めている。次の箇所を引用しよう。
ここで今回、トランプ氏が関税を導入するということになると、アメリカにはVATがないわけですが、構造的に見ると輸入消費税と関税が似たような感じになるわけです。

南講演はその直後のところで、「似たような」ということの意味として、「少なくとも見た目は似ているといえるわけです」と補足する。 私の感触ではこの補足はかなり大事であり、制度的には次の点を確認しておく必要があると思う。

  • VATは輸入だけでなく、国内取引にも課される。関税は輸入のみに課される。
  • VATは財とサービスの両方を対象とする。関税の対象は税関を通る貨物だけ。
  • VATは単一税率がベスト・プラクティスといわれており、複数税率といっても日本では2本。関税の税率分類はきわめて複雑で税率がはるかに多い。
南講演はこのあたりの制度的な違いをよくご存じで、いうまでもない当然の前提としたうえで「少なくとも見た目は似ている」と述べている(と私は理解する)。そのうえで、南講演は、さらに一歩思考を進めて所得税と輸入関税の比較に関する大川良文教授の論文を参照しつつ、所得税を関税で置き換えられるのかを検討する。この論文も、外国による報復の可能性がかなり重要であることを示唆していて、勉強になる。

これら二つの論稿----ひとつはコラム、ひとつは講演録----は、思考喚起的であり、きわめて興味深い。いろいろなことが思い浮かぶ。
  • 関税の対象は貨物に限られる。この点、クロスボーダー・サービスの対価に係る源泉税に関する国連の議論は、サービスについても関税類似のものを許容する動きとみることができるか?というのも、2025年3月国連専門家会合この文書では、国連モデル租税条約新12AA条として、閾値も物理的拠点も必要とせず、サービスの対価に対して、グロスベースの源泉地課税を許容することとされたからである。
  • グロスの支払いに対する源泉税は、所得税の一部と見るのが通常だが、本当にその見方で現実の動きをうまく説明できるのか?
  • 「脱所得税化」は望ましい選択か?私たちが政策ドライバーとしての累進所得税を失ったとき、再分配の手立てを現実的に講ずることは可能か?
  • もともと、米国が連邦VATを導入できていれば、こんな話にはならなかったのではないか。
さらに考えてみたい。とりあえず今日はここまで。これから駒場に出講。

02 April 2025

第6回租税法学会賞の募集

 第6回租税法学会賞の募集がはじまっていた。

萌芽的研究を含め、若手研究者による租税法学の発展に寄与しうる研究を奨励するための賞で、関係者にはぜひとも積極的に応募してほしい。

宣伝のためこのサイトからコピペしておく。

6回(2026年度)租税法学会賞の募集について

6回租税法学会賞の応募作品を募集中です(2025/11/30〆切)。

29 March 2025

金子宏先生追悼論文集

日本税務研究センターの日税研論集86号「金子租税法学の回顧と継承―金子宏先生追悼論文集―」が公刊されていた。金子先生は1990年代前半に横浜国立大学で教鞭をとっていらっしゃり、すでに横浜法学32巻1号で追悼特集が組まれている。

横浜国立大学時代の金子先生は、とりわけ国際課税の研究と交流に力を尽くされた。そこで、日税研論集の企画に際し、私はその時期のことを取り上げることとした。先生の法人税制調和論がその後の国際課税ルールの展開の中でどうなったか、30年強が経過した現時点の視点から顧みることができた。また、先生が頻繁に国際会議を催され、私のような若手に対しても参加の機会を与えてくださっていたことが、改めてよくわかった。税研239号の特集でも国際会議の思い出を記される先生方が多く、大変な求心力をもって活動されていたことがなつかしく感じられる。

以下、日税研論集86号の目次をコピペする。

まえがき

金子宏先生の学問業績の概要 中里 実

離婚時の財産分与をめぐる夫婦の課税関係 佐藤英明

横浜国立大学時代の金子宏先生—国際課税を中心として 増井良啓

財産評価に関する金子説とその展開 渋谷雅弘

tax mix:一元的担税力と多元的担税力 浅妻章如

行政機関による情報の取得をめぐる法的理解の変遷 「行政調査」概念を手がかりとして 渕 圭吾

金子租税法学における信義則 藤谷武史

権利確定主義はどこへ―─ 法人税法22 条の2創設は何を変えたのか? 吉村政穂

国際人道税・国際連帯税の構想:地球規模課題と租税法学の空間的拡張 神山弘行

累進的消費課税の執行とプライバシー――中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する議論の参照 長戸貴之

景気安定化の手段としての租税制度の可能性とその限界 藤岡祐治

「租税情報開示禁止原則」について 田中啓之



国連専門家委員会

国連の30th Session of the Committee of Experts on International Cooperation in Tax Mattersが、ニューヨークにおいて、24.03.2025-27.03.2025の日程で開催された。

Conference Room Papers (CRPs) are available HERE. 文書へのリンクをたどりやすいよう、下にコピペして張り付けておく。注目されていたサービス条項(従来Article xxと呼ばれていたもの)については、月曜のThe Digitalized and Globalized Economyのタイトルで E/C.18/2025/CRP.1 – Co-coordinators' Reportのところにある。従来のArticle 12AとArticle 14に代わって、新Article 12AAになることに。

Conference Room Papers (CRPs) - 30th Session

Conference Room Papers (CRPs) for the 30th Session of the Committee of Experts on International Cooperation in Tax Matters are available here. 

https://financing.desa.un.org/sites/default/files/2025-03/CRP.1%20Digitalized%20Economy%2010%20March%20final.pdf

Wednesday, 26 March 2025

Tax, Trade, and Investment Agreements 

E/C.18/2025/CRP.2 – Coordinator’s Report

Transfer Pricing

E/C.18/2025/CRP.4 – Co-coordinators' Report

Dispute Avoidance and Resolution 

E/C.18/2025/CRP.14 – Co-Coordinators' Report

Update of the Manual for the Negotiation of Bilateral Tax Treaties

Digitalization and other Opportunities to Improve Tax Administration

E/C.18/2025/CRP.12 – Co-coordinators' Report

Annex 1Annex 2Annex 3Annex 4

Increasing Tax Transparency 

E/C.18/2025/CRP.13 – Co-coordinators' ReportAppendix


吉村典久教授退職記念論文集

吉村典久教授退職記念論文集が、慶應義塾大学法学研究会サイトの法学研究データベースに掲載されていた。私の論文も掲載していただいた。「南北問題と租税法:グローバルサウスの声にどう向き合うか」というかなり大風呂敷のタイトルで、国連の国際租税協力枠組条約をめぐる動きを中心に、途上国の高まる主張に対して日本政府がどのような方針で臨むべきかについて、意見を述べた。

最近、英語圏の専門誌では、「国連枠組条約を機会に国際課税のガバナンスをとっかえよう!」という論説をよく目にする。私は、南北問題の根深さを意識するからこそ、これには適切な距離を置いたほうがよいと考えた。この論文でも、直接投資額などのデータを踏まえつつ、ふわふわした主張に安易に乗っかってはいけないと主張した。IMFで長く支援にかかわってきたMick Keenさんとランチをはさんで対話した経験が、論旨を固める上で背中を押してくれた。日本の研究者の間でどう受け止められるかはよくわからない。

以下に、論文集全体の目次とリンクをコピペしておこう。

最新号98巻1号(2025年01月)

2025年01月28日発行

その他

表紙

法学研究98巻1号2025年01月 1-1頁

その他

中表紙

法学研究98巻1号2025年01月 2-2頁

その他

写真

法学研究98巻1号2025年01月 3-3頁

その他

堤林剣 

法学研究98巻1号2025年01月 5-7頁

その他

目次

法学研究98巻1号2025年01月 9-12頁

論説

日台民間租税取決め

髙久隆太 

法学研究98巻1号2025年01月 25-46頁

論説

居住用マンションの評価に関する一考察

渋谷雅弘 

法学研究98巻1号2025年01月 139-161頁

論説

不相当に高額な役員給与の損金不算入規定についての一考察

西本靖宏 

法学研究98巻1号2025年01月 227-247頁

論説

国境を越えた現物出資をめぐる課税問題(再論)

吉村政穂 

法学研究98巻1号2025年01月 249-268頁

論説

自己恩赦の憲法適合性:アメリカ大統領の恩赦権を素材として

大林啓吾 

法学研究98巻1号2025年01月 319-352頁

その他

吉村典久教授略歴・主要業績

法学研究98巻1号2025年01月 379-389頁

その他

後記

青木淳一 

法学研究98巻1号2025年01月 391-391頁

その他

執筆者紹介

法学研究98巻1号2025年01月 393-393頁

その他

第97巻第12号目次

法学研究98巻1号2025年01月 394-394頁

その他

奥付

法学研究98巻1号2025年01月 395-395頁

論説

フランスの相続税について

平川英子 

法学研究98巻1号2025年01月 420-397頁

論説

租税法と既得権益:カリフォルニア州のProposition 13 をきっかけに

浅妻章如 

法学研究98巻1号2025年01月 440-421頁

論説

南北問題と租税法:グローバルサウスの声にどう向き合うか

増井良啓 

法学研究98巻1号2025年01月 480-464頁

その他

目次(英文)

法学研究98巻1号2025年01月 488-485頁

その他

裏表紙

法学研究98巻1号2025年01月 489-489頁