23 March 2017

訳語だけの問題じゃなかった

先日このポストで,OECD/IMF Report "Tax Certainty"の日本語訳の問題を書いたが,もっと大事な理論的問題を賢者が指摘するのを見た。一言でいうと
Tax uncertaintyの何が悪いのか?
ということである。ぼくなりに問いを咀嚼してみると,不確実であるということは,結果がアップサイドとダウンサイドのいずれかにブレるということ。ならば,リスク中立的な企業にとって特に悪いことであるといえるのか?企業はいつだって,他のリスクも同様に考慮したうえで,事業を行っているのではないか?

うーん,どう答えようか。おそらく,課税当局の(それ自体は正当な)インセンティブ構造からして, アップサイドとダウンサイドが打ち消しあって期待値がゼロになるようなことはまれで,システマティックにダウンサイドが大きく出てくる。少なくとも企業側はそう認知している。その場合,不確実性は企業にとって不要なコストが増えるということしか意味しない。これが悪い,ということではなかろうか。

答え方としては,アダム・スミスのような権威を持ち出したり,現実世界のアネクドートを紹介したりすることも,もちろん考えられるのだけれど,とりあえず上のように応答してみたい。

かなり「理論に走った」問答のようだけれど,さにあらず。不確実性という言葉で語られている問題が,実際には,不正確な課税(とくに法の定める以上の過大な課税)の害悪を意味している場合がある。どっちを意味しているのか,具体的によく見きわめたほうがよさそう。

なお,アダム・スミスに頼らないといったすぐあとに引用するのは気が引けるが,『国富論』が「明確の原則」を語る箇所では,腐敗などを念頭においている。以下引用。

II. The tax which each individual is bound to pay ought to be certain, and not arbitrary. The time of payment, the manner of payment, the quantity to be paid, ought all to be clear and plain to the contributor, and to every other person. Where it is otherwise, every person subject to the tax is put more or less in the power of the tax-gathered, who can either aggravate the tax upon any obnoxious contributor, or extort, by the terror of such aggravation, some present or perquisite to himself. The uncertainty of taxation encourages the insolence and favours the corruption of an order of men who are naturally unpopular, even where they are neither insolent nor corrupt. The certainty of what each individual ought to pay is, in taxation, a matter of so great importance that a very considerable degree of inequality, it appears, I believe, from the experience of all nations, is not near so great an evil as a very small degree of uncertainty.

21 March 2017

OECD/IMF report on tax certainty

これである。BEPS行動の実施期における,時宜にかなった報告書。アンケート調査に基づき,租税政策・立法・執行・紛争処理の各面にわたってpractical toolsを提示(43頁以下)。要約は4頁だけだし,本文は60頁弱で読みやすい(一見して長くみえてしまうのは付録が長いからにすぎない)。

OECD/IMF report on tax certainty


This report explores the nature of tax uncertainty, its main sources and effects on business decisions and outlines a set of concrete and practical approaches to help policymakers and tax administrations shape a more certain tax environment. 

Published on 18 March 2017.


ABOUT
This report responds to the request from the G20 Leaders at their Summit in Hangzhou, China in September 2016 for the OECD and the IMF to work on issues of tax certainty.
The request arises against the backdrop of heightened concern about uncertainty in tax matters and its impact on cross-border trade and investment, especially in the context of international taxation. 
This report was originally published as Annex 1 to the OECD Secretary-General Report to the G20 Finance Ministers, which was issued on 17 March 2017 after the G20 Finance Ministers and Central Bank Governors meeting in Baden-Baden, Germany.
さっそく,バーデン=バーデンの20か国財務大臣・中央銀行総裁会議声明のパラ10で,歓迎されている。すでに仮訳がでているのは,よいことだ。ただし,tax certaintyという今回の鍵概念を「税の安定性」と訳しているのは,いかがなものか。certaintyという言葉はアダム・スミス租税原則の「明確の原則」を思わせるもので,内容からしても,「租税の確実性」とか「課税の明確性」とかいったほうが,ぴったりくるのではないか。

インボイス方式導入をめぐる経緯と課題,がアップされていた

これである。13頁のところで,
今後、インボイスの発行及び管理にかかるコストの削減を進めるためには、電子インボイスや電子帳簿の利用を促進する取組が重要になると考えられる。
と述べている。やはり電子化がキーだ。書誌情報は以下。

タイトルインボイス方式導入をめぐる経緯と課題
著者佐藤良
出版地日本
出版社国立国会図書館
出版年2017-03-23
注記インボイス方式導入をめぐる経緯と課題 第949号 国立国会図書館 インボイス方式導入をめぐる経緯と課題 調査と情報―ISSUE BRIEF― NUMBER 949(2017. 3.23.) 国立国会図書館 調査及び立法考査局財政金融課 (佐さ藤とう 良りょう) ● 我が国の消費税では、事業者の事務負担への配慮等から、仕入税額控除の方式として帳簿方式が採用されてきたが、益税の発生や転嫁の不透明性の問題があることから、長くインボイス方式の導入を...
DOI10.11501/10315727
別タイトルHistory and Issues of the Introduction of the Tax Invoice Credit Method
受理日2017-03-16T20:13:55Z
件名(キーワード)経済/税・金融・経済/国税
件名(キーワード)経済/税・金融・経済/地方税
件名(キーワード)日本
資料の種別政府刊行物
資料の種別国立国会図書館刊行物
資料の種別立法情報
掲載誌情報(ISSN形式)1349-2098
掲載誌情報(ISSNL形式)1349-2098
掲載誌情報(URI形式)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10315726
掲載誌名調査と情報
掲載巻(949)
記録形式(IMT形式)application/pdf
言語(ISO639-2形式)jpn : 日本語


09 March 2017

イノベーション:税務の破壊者たち,を読んでみた

EY Tax insightsのこのサイトで3回連載だった。
「世界市場のスピード」
「税務当局による税のデジタル化」
「スマート税務」
というキーワードでもって,企業の税務部門が直面する大きなうねりを指し示している。

はじめのふたつはすぐにわかる。「スマート税務」は,人工知能などを利用してリアルタイムで将来を見通したもの。連載2回目には
一部の国の税務当局は、データ分析や機械学習テクノロジーにおける最近の急速な進歩を利用して、リスクプロファイルの作成、トレンド分析、潜在的な税務調査上の問題点の把握、より詳細な調査を行うための相対的にリスクの高い問題特定などを行っています。例えば、アイルランド、マレーシア、オランダ、ニュージーランド、シンガポールなどの国の行政機関は、ソーシャルネットワークの分析を行い、ネットワークに接続された個人を集めて簡単に可視化されたネットワークを構築し、彼らのリスクを採点しています。
とあり,連載3回目では
OECDの税務行政フォーラムによれば、各国の税務当局のデジタル技術は進化しているとされています。概括的な監視モデルは、より精緻な監視モデルや、過去のデータから学習してパターンを特定する監視のない機械学習技術に取って代わられつつあります。また、各国の税務行政機関は、不正確な納税申告や納税遅延などの問題を予想するための方法を統合するとともに、納税者の行動様式に影響を与えるための規範的な方法も統合しています。
といっている。税務職員が事後的に臨場調査するというモデルと,だいぶ違う。また,企業用のお話だけに,3月の個人用確定申告の年中行事とは,かなり距離がある。

でも,こういう環境になっていることの認識が,納税者の利便性向上とか,適正公平な課税の実現とかを考えるうえで,大事だろう。

Co-operative Tax Compliance: An Asia-Pacific Perspectiveがでていた

荒木知さんのこの論文である。
Co-operative Tax Compliance: An Asia-Pacific Perspective
Satoru Araki
Issue: Asia-Pacific Tax Bulletin, 2017 (Volume 23), No. 2
Published online: 8 March 2017
This article examines the co-operative compliance approach and enhancing relationships between tax administration bodies and large corporate taxpayers, adopted to increase tax collections and to efficiently monitor tax compliance. The author addresses theories underlying co-operative compliance, how it has been applied in five Asia-Pacific countries and its prospects for broader application in the Asia-Pacific region.

租税研究のこの紹介論文の延長とみることができ,豪日韓NZ星のとりくみを簡潔に比較。2014年のこの本の追加ともいえる。