Tax uncertaintyの何が悪いのか?ということである。ぼくなりに問いを咀嚼してみると,不確実であるということは,結果がアップサイドとダウンサイドのいずれかにブレるということ。ならば,リスク中立的な企業にとって特に悪いことであるといえるのか?企業はいつだって,他のリスクも同様に考慮したうえで,事業を行っているのではないか?
うーん,どう答えようか。おそらく,課税当局の(それ自体は正当な)インセンティブ構造からして, アップサイドとダウンサイドが打ち消しあって期待値がゼロになるようなことはまれで,システマティックにダウンサイドが大きく出てくる。少なくとも企業側はそう認知している。その場合,不確実性は企業にとって不要なコストが増えるということしか意味しない。これが悪い,ということではなかろうか。
答え方としては,アダム・スミスのような権威を持ち出したり,現実世界のアネクドートを紹介したりすることも,もちろん考えられるのだけれど,とりあえず上のように応答してみたい。
かなり「理論に走った」問答のようだけれど,さにあらず。不確実性という言葉で語られている問題が,実際には,不正確な課税(とくに法の定める以上の過大な課税)の害悪を意味している場合がある。どっちを意味しているのか,具体的によく見きわめたほうがよさそう。
なお,アダム・スミスに頼らないといったすぐあとに引用するのは気が引けるが,『国富論』が「明確の原則」を語る箇所では,腐敗などを念頭においている。以下引用。
II. The tax which each individual is bound to pay ought to be certain, and not arbitrary. The time of payment, the manner of payment, the quantity to be paid, ought all to be clear and plain to the contributor, and to every other person. Where it is otherwise, every person subject to the tax is put more or less in the power of the tax-gathered, who can either aggravate the tax upon any obnoxious contributor, or extort, by the terror of such aggravation, some present or perquisite to himself. The uncertainty of taxation encourages the insolence and favours the corruption of an order of men who are naturally unpopular, even where they are neither insolent nor corrupt. The certainty of what each individual ought to pay is, in taxation, a matter of so great importance that a very considerable degree of inequality, it appears, I believe, from the experience of all nations, is not near so great an evil as a very small degree of uncertainty.