授業教材リンク「租税条約へのアクセス」の更新作業で、日本語正文とか、英語正文とか、日本語テクストとか、ややこまかい書き分けを行った。これは、日本政府の署名した二国間租税条約の正文が、相手国によってまちまちだからだ。たとえば・・・
- 日米租税条約の場合、2013年1月24日にワシントンで、ひとしく正文である日本語及び英語により本書2通を作成した、とあるので(引用はこれの32頁による)、日本語が(英語とともにひとしく)正文。
- 日英租税条約についても、2006年署名の原条約については同様。しかし、これに、BEPS防止措置条約(MLI)の修正が加わる。MLIは多国間条約で、その正文は英語と仏語(これの最終頁を参照)。日本語を正文としない多国間条約が、日本語も正文とする二国間条約を修正することになる。なお、財務省のサイトには、MLIによる修正を織り込んだ統合条文を日本語で提供してくれており、たいへんありがたいのだが、そこには注意書きとして、「この文書の唯一の目的は、条約に対するBEPS防止措置実施条約の適用に関する理解を容易にすることであり、この文書は法的根拠となるものではない。条約及びBEPS防止措置実施条約の正文のみが、適用可能な法的文書である。」と書いてある(これの1頁囲みを参照)。
- 日仏租税条約については、1995年署名(2007年改正議定書に署名)の原条約の正文は日本語と仏語だ。これを、MLI(正文は英語と仏語)が修正する。
- 相手国の公用語との関係では、別のパタンが生ずることもある。ブラジルとの租税条約の正文は、日本語、ポルトガル語、英語であり、解釈に相違のあるときは英語の本文による(これの67頁を参照)。
- 英語一本だけでいく租税条約もある。シンガポールとの租税条約には、何語が正文テクストであるかを記さず、英語により本書2通を作成した、と書かれている(これの2029頁を参照)。オランダとの租税条約も同様(これの最終頁を参照)。
というようなわけで、他にもいろんなパタンがある。正文テクストは必ずしも日本語というわけではない、ということを明示したくて、書き分けてみた。
もちろん、日本の国会で租税条約の締結を承認する場合、参考資料として提出されるのは日本語テクストだ。市販の租税条約関係法規集などにも日本語版(の統合条文)が載っており、日本の実務では日本語テクストを前提に議論することが多いだろう。日本法の専門家がアプローチする場合に日本語テクストを使用することは合理的である。しかし、翻訳に一定のズレがつきものであることを意識して、本来は何語が正文であるかを意識することもまた大切と思う。とくに、租税条約上の相互協議の局面など、相手国の人と議論するような場合には、このことは必須だろう。