マグナカルタの原本がHarvard Law School図書館で発見された。1946年にオリジナルとは知らずに27ドル50セントで購入したものだという。BBCの上記報道によると、
- 現在、1215年から1300年までの各版に由来する原本のうち、25点が現存しており、その大半はイギリス国内に保管されている。
- 現在の価値についてヴィンセント教授は、「具体的な金額を示すのはためらわれるが、2007年にニューヨークで競売にかけられた1297年版のマグナ・カルタは2100万ドル(約30億6000万円)で落札された。つまり、非常に高額な価値があるということだ」と述べた。
とのこと。HLSのウェブサイト記事はこれ。日本でもたとえばこの報道。
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この話は、所得について考える素材として使える。そこで昨日の租税政策ゼミで、この話を改変して仮想の設例をつくり、所得概念の復習をやってみた。
【設例】Aさん(日本の居住者)が古本屋でマグナカルタを10万円で買った。それが2000年のことで、本物ではないと思っていた。ところが2025年になって、本物だとわかった。時価は30億円だ。
【問題】Aさんに所得は発生しているか。
【第1説】Aさんは2000年に時価30億円のものを対価10万円でもって低価購入している。だから2000年に29億9990万円分の所得が生じる(実体法レベル)。古本屋が法人だったら一時所得、個人だったら贈与税の課税対象だろう。もっとも現実には5年の除斥期間が満了しているから、いまさら税務署長が決定処分をすることはできない(手続法による課税の制約)。
→この第1説の問題は、2000年の時点で時価が30億円だったといえるか、だ。神の眼からみればそうなのかもしれない。しかし、2025年に本物だとわかるまでは、誰もが本物ではないと信じて、「せいぜい10万円くらいだな」と値付けしていたのではないか。とすれば、2000年の時点で課税すべきだったという立論には弱点がある。
【第2説】Aさんが2025年にこれを30億円で売却したら、取得価額10万円と総収入金額30億円の差額につき、譲渡所得が生ずる。これに対し、譲渡せずに保有し続けていれば、未だ所得は実現しておらず、課税されることはない。
→所得税法は実現原則を採用しているから、この構成は実定法の適用として自然である。購入後に長期間保有していた株式がある時点で大化けして値上がりした場合と同様だとみるわけだ。多くの専門家は、おそらくこの第2説に賛成するであろう。
→なお、実定法以前の所得概念の問題としては、30億円もの値段がつくメカニズムやタイミングについて検討の余地があるかもしれない。それは、美術品の値付けなどと共通する問題として整理できそう。
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昨日のゼミではこのあたりで議論を終えた。やっていけばもっと深く突っ込むことができそう。ただしこれが素材として「受ける」かどうかは、教室で学生さんが「面白い」と思ってくれるかによる。実際、ゼミ後の雑談では、この話ではなく、生成AIの加速的進化がここ数か月で驚くべき状況にあることで、盛り上がった。
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(2025/05/21追記)
上の論述は第1説を退け第2説を推した。これに対し、仮に第1説をとった場合、2000年の受贈益課税に加えて2025年以降の譲渡所得課税が生ずるのではないか、という問題がある。つまり、第1説と第2説は必ずしも択一的関係にある(mutually exclusive)わけではないのかもしれない、というややこしい問題である。
現実問題として、受贈益課税と譲渡所得課税を重ね合わせるのは、(時間差や除斥期間をひとまず脇に置いて考えれば)過大負担を生む危険がある。解釈論上の技術として、第1説の論者は、資産売却時の譲渡所得の算定上、取得費を30億円とすることを志向すべきであろう。参考になる考え方として、渋谷雅弘(2022)「無償取得資産の取得費新規取得費」が、資産の無償取得について新規取得費方式が原則ルールになると論じている。