17 August 2016

Mason, Citizenship Taxation (2016)

Ruth Mason教授が,この論文の抜き刷りを送ってくれた。彼女は,人の移動について長く考察を続けてきた。早速に読んでみた。

素材は米国の市民権課税。日本をはじめとする世界各国と異なり,米国は,米国市民に対して全世界所得課税を行う。その根拠を批判的に考察するもので,味わい深い作品になっている。

どこが味わい深いか。国際課税の多くの論題と異なり,この論題が,効率(efficiency)以上に,公正(fairness)と執行可能性(administrability)を重視して論ずべきものだという見通しのもとに,全世界所得課税を基礎づける根拠として市民権がどこまで有効であるかを問うている。

本論文によると,公正に関する論拠は,次の3つに分けることができる。
  • 米国市民権を保持することが同意を意味するという正当化
  • 政府から受ける便益に対する料金としての市民税
  • 社会的責務(social obligation)としての市民税
このうち,第1と第2は論拠として弱い。第3については市民権テストには一定の力があるものの,国民共同体メンバーシップ(national community membership)の指標としては,居住地テストとの間で一長一短である。これが本論文の主要な主張である。

米国特有の話かと思って読み始めたら,さにあらず。ここで語られる話は,もっと普遍的だ。たとえば,選挙権と納税義務との関係に関する論述は,「代表なければ課税なし」というスローガンの理解を鍛えてくれる(190頁)。もちろん米国法に関する論述は手堅く,文献をよく調査されていて,米国政府が海外で米国人を救出すると,その米国人に対して救出費用の補償を求める(192頁)という話など,知らなかった事実も多い。移民の研究や政治理論の文献をサーベイして論じているところも,魅力的だ(Michael Waltzerも出てくる,199頁)。

こうして,素材は現代の特定国の税制に関する一制度であるのだが,「個人に対して国家が全世界課税を行うというのはどういうことなのか」ということを考えさせる。政策上の選択肢として,市民権をひとつの要素として考慮する(231頁)というあたりになると,「住所があれば全世界所得課税」という通念で日本の現行法を金科玉条と思い込むことが,あやうくなってくる。もちろん,2015年度税制改正で,国外転出をする場合に譲渡所得課税の特例を導入したことについても,射程が及んでくる。基礎的研究ならではのインパクトであろう。

1923年に国際連盟に提出した報告書で,Seligmanら4名のエコノミストは,利益説や義務説との関係をふまえて,国家間課税権分配の基準を論じた。そこでは国籍テストにつながるpolitical allegianceを簡単に退けて,有名なeconomic allegianceの探求に向かっていた。しかし米国は市民権課税を続けたから,political allegianceの系譜が残った。本論文は,93年後に出たひとつの回答である。