20 October 2020

消費課税と個人情報

今年の租税法学会第49回研究総会は、統一テーマが「消費課税の将来構想」だった。5本の報告・コメントがあり、シンポジウムで質疑応答があった。それぞれに有益で、勉強になった。ここでは、第一報告がその末尾で提出した「個人情報保護」の観点について、メモを残しておきたい。この観点が、当日に議論された種々の論点に共通する横糸として重要であるように私には感じられたからである。

まず出発点として,事業者を納税義務者とする消費型付加価値税は、その執行に要する個人情報がそれほど広範なものにならなくて済む。免税事業者でいられる金額が高い場合には、とりわけそうであろう。これと比較すると、個人所得税の執行には、納税義務者本人の所得稼得状況に加えて、配偶者控除や扶養控除など家族構成員の状況について、かなり広範な属人的情報を必要とする。このような情報提供が原則として不要なのが、付加価値税の重要な特性である。一般論としては、このようにいえる。

もっとも、第二報告に対するコメントで示唆されたことをきいて思ったのだが、電子インボイスとマイナンバー制度を連携させるような「将来構想」までを視野に入れると、必ずしもそうはいえない場合が出てくるかもしれない。取引情報がリアルタイムで官民で共有されていくような未来像である。今後の展開によっては、付加価値税の執行においても個人情報保護について検討すべき点が出てくる可能性がある。
→このような可能性は、第四報告で取り上げられた「経済のデジタル化」にも関係する。政府部門もデジタル化し、社会全体がDXの波に洗われる中で、取引情報の集積から個人の行動をプロファイリングできるような状況も、あながち夢想的なSF物語にとどまらないだろう。
→他方で、課税情報の収集・利用・保管のプロセスがデジタル化によってどれだけ効率化したとしても、第三報告で言及された金地金の密輸入の事案のように、一定のhard-to-tax sectorと課税当局との間の執行面でのせめぎあいは継続するはず。越境取引における国外事業者なども、広い意味でhard-to-taxの部類に入るかもしれない。

付加価値税の話として一般的に個人情報を国家が収集しなくてもいいということであったとしても、政府作用を全体的にみた場合はどうか。
→再分配の要求により人々が国家から給付を求める局面では、やはり個人情報が必要になるはずだ。この疑問に対する応答は、その場合は給付を求める人があくまで自発的に情報提供しているというもの。それはそうなのかもしれない。
→再分配機能を個人所得税で分担するために高額所得者に追加的な情報提供を求めると、それはそれで個人情報保護の観点から問題にならないか。これに対する応答は、豊かな人にはnoblesse obligeがあるというものだ。たしかに再分配の理屈からはそうなるだろう。現行法でもHNWIは国外財産調書を提出しなければならない。シンポジウムでこの議論をきいて、議論のつながりに気づかされた。再分配に反対する人には説得的でないかもしれないけれど。

やや意外なところで個人情報とのかかわりに気づいたのが、走行距離に応じた課税によって環境負荷を抑える提案についてのやりとりである。個別消費税の存在意義としては、外部性に対処することがある。この観点からみたとき、既存の車体課税が効果的な政策手段か。むしろ走行距離に応じて課税することでCO2削減に資するのではないか。この疑問に対する応答の過程で、車のメーターから走行情報を一元的に取得する仕組みと個人情報保護の関係が指摘された。いわれてみれば当然のことだが、政策をスマートに実施するには情報が要る。このことが現れるいい例だ。もっとも、自動運転が日常的になれば、常時Googleに走行情報を把握されていてもほとんどの人が気にしないようになるのかもしれない。プライバシーに関する私たちの認識も可変である。

以上は、学会のやりとりをきいて、私が勝手に思ったこと。個々の指摘を正確に再現してはいない。どなたの指摘かも明示していない。オーサーシップを含めきちんとした記録は、来年夏刊行の租税法研究49号。