井上康一弁護士と宮武敏夫弁護士の近著「プリザベーション原則」は,同原則の意味を比較法的に探る好論文である(Koichi Inoue and Toshio Miyatake, Preservation Principle, in Guglielmo Maisto ed., Current Tax Treaty Issues: 50th Anniversary of the International Tax Group (IBFD 2020) 101-156)。ここにプリザベーション原則とは,国内法上認められる租税の減免を租税条約が制限することがないという考え方のこと。これを明記する条項として日米租税条約1条2などがある。
井上=宮武論文は,米国財務省による説明と異なり,プリザベーション原則が所得税条約と国内租税法との一般的に承認された関係を示すものではないことを,各国の実例によって明らかにする。それは米国特有の憲法構造に由来するものであって,多くの国々では共有されていないというのである。さらに,租税条約を適用する結果として,国内法だけを適用する場合よりも課税が重くなる場合の扱いについて,各国の扱いがまちまちになっており,非対称的な結果が生ずることを具体例で示す。
井上弁護士は2007年のIFA京都大会の機会にも論文を寄稿された(Bulletin for International Taxation, Vol. 61, No. 9/10) 。今回の共著論文は,英文のものとしてはこれに続くものと位置付けられる。いかにもInternational Tax Groupらしく,比較法の知見を活かすことでプリザベーション原則の意味を掘り下げた。そのことによってプリザベーション原則の役割を相対化することに成功しており,学術的な貢献が大きいと思う。租税条約と国内法の関係については,あたかも天から降ってきたかのごとき原則があるのではなく,あくまで各国の憲法構造によって決まるのである。かねてより私も租税条約の受け皿規定が果たす役割を重視しており,この論文の方向には共感するところがある。総論的分析における一元論・二元論や序列などについての記述には近年の国際法・憲法学説の展開を踏まえてさらに検討すべき点もありそうだが,3つの具体例に関する分析は非常に説得的である。
井上=宮武論文の目次はこの第5章のところをみればわかる。3が総論的分析で,4から6が具体例の分析である。1.序論 2.プリザベーション原則をめぐる議論状況 3.プリザベーション原則一般の分析 4.ソースルールの変更 5.PE閾値テスト 6.事業所得の課税――AOAの適用 7.結語
この論文を所収する書籍には,他にも,租税条約に関する興味深い論文が所収されている。とくに第1章で,John Avery Jones氏と宮武敏夫弁護士が,International Tax Groupの50年にわたる知的活動を活写している。International Tax Groupは,ひとつの論文を公表するために納得のいくまでじっくりと時間をかけてきたという。デジタル化が進みスピードへの要求度が高まった現在においてこそ,この姿勢を見習いたいものである。
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