野田恒平氏の「還流する地下資金 : 犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い」が、書物として公刊された。
これがファイナンス誌上に連載されていた時期は、雑誌が毎月手元に届くと、まっさきにその頁を開くのが楽しみだった。全体として「読ませる」もので、きわめて啓発的だったからである。私が専門とする租税法との関係ではとりわけ実質的支配者(BO)の解説が必見であり、単行本化が強く望まれた。
表題においてマネー・ローンダリング(マネロン)という言葉を避け、「地下資金」という表現を用いたこと自体が、この分野の広がりと奥行きを正確に読者に伝えようとする野田氏の工夫である。野田氏は、マネロンという言葉から想像される範囲よりもはるかに広く、テロリストへの資金供与や大量破壊兵器拡散に寄与する資金供与を含む、巨大な資金移動の全体像を浮かび上がらせようとしているのである。その視野は、横軸において刑事政策から外交・安全保障政策に広がり、縦軸において国際規範・基準の形成から各国の制度設計と実施、さらには米欧の利害対立へと広がっている。野田氏はその経験から得た膨大な知見を深く消化し、自家薬籠中のものとして語っており、その非凡な筆力で読者を楽しませる。魅力的な関連ドキュメンタリー映画の紹介も、活き活きとした叙述を助けている。必ずしも各分野の専門家でない読者にとって、これを一書として通読できることは幸運である。
事件が法を作る。そして法は人が動かす。このダイナミズムを、野田氏は縦横無尽に語っている。どのようなアクターがいかなる経緯によって現行ルールを形成するに至ったか。野田氏の論ずるところを読んで、私は何度も、これまで断片的に見知っていたことがはじめてつながったような気持ちになった。
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