世銀がRevenue Administration Handbookを公表していた。税務行政(関税行政を含む)の構造と運営について包括的かつ体系的な叙述を行うもので、税務行政に関するまとまった教科書になっている。全体で214頁。7章構成、6つの付録がある。著者は世銀のRaúl Félix Junquera-VarelaとCristian Óliver Lucas-Masである。
このハンドブックの第5章が、租税制裁(Tax Sanction)の枠組みに関するガイドラインである。中でも111頁以下に、tax penaltiesについて、その設計に関するベストプラクティスのガイドラインがある。ここにtax penaltiesとは、禁止された行為に対して、または、無申告や過少申告など義務の不履行に対して、租税法が科す(課す)制裁措置のことである。日本法に引き付けていえば、罰則や重加算税がこれに相当するであろう。ハンドブックは、tax penaltiesには懲罰機能(punitive function)と抑止目的(deterring aim)があると述べている(111頁)。なお、この章はこれとは別にsurchargeとinterestについて論じており、こちらは日本法上の過少申告加算税や延滞税に相当する。
さて、この意味におけるtax penaltiesに関する望ましい設計ガイドラインを示すための前提として、ハンドブックは、以下の認識を示している。それ自体として興味深いものであるので、中心的な4つの段落を抜き出して、その部分を全訳しておこう(111-112頁)。
- いくつかの研究の知見によると、納税者は、摘発される確率が 4%以下と非常に低い場合には、摘発される確率よりも刑罰の大きさにヨリ敏感である(Jackson and Jones 1985)。他の研究者たち(Schwartz and Orleans 1967)は、刑事制裁の厳しさと高所得自営業者のコンプライアンスとの間に有意な関係があることを観察している。これはまた、制裁に関する類似研究により支持されており、その研究によると、法的制裁は高階層と高学歴層に最も効果的であることを示している。これらの研究はまた、うしろめたい感情という脅威の方が、法的制裁の威嚇やスティグマよりも、脱税に対する抑止力になることを発見している。
- しかしながら、研究(Allingham and Sandmo 1972)は、摘発される確率が閾値に達すれば軽罰も厳罰と同程度に抑止効果があることを示す証拠を提供している。罰則の厳しさは、必ずしも納税コンプライアンスに直線的な効果をもたらすとは限らない。Jackson and Milliron (1986)は、制裁の社会的コストが利益を上回る可能性があるとしている。制裁が厳しすぎると認識されると納税者は集団として疎外され、結果として、一般的な反感や法律軽視を生む可能性がある。他方で、制裁水準の引き上げが納税者のコンプライアンスに及ぼすプラスの効果は、比較的低く現実的な罰則水準が用いられる場合にも維持されることがわかっている(Carnes and Eglebrecht 1995)。
- Keinan (2006)とAlm (2013)を含むほとんどの研究では、未納付税額に対するペナルティー率が上昇しても、コンプライアンスはわずかにしか上昇しないことが分かっている。推定申告所得-ペナルティー率の弾力性は、通常0.1未満である。また、罰則は金銭的なものに限る必要はない。ここでのポイントは、自己のコンプライアンス行動が公開されるという脅威は、自己の情報が他者に見られるかもしれないという懸念からコンプライアンスに影響を与える可能性があり、他者のコンプライアンス遵守(またはその欠如)の観察が自己の申告行動にも影響を与える可能性があるということである。実験的証拠(Alm 2013)は、コンプライアンス違反の公表がコンプライアンスを高めることを示唆している。他の研究(Oladipupo and Obazee 2016)は、税務知識は税務罰則よりも税務コンプライアンスを促進する傾向が高いことを示している。したがって、政府は税務に関する国民の知識を高めるためにあらゆる手段を講じるべきであり、租税教育を高校レベルのカリキュラムに常に含めるべきである。中小企業経営者も、政府と納税者の相互利益のために、税務知識と意識の向上を図るべきである。
- 新しい制裁制度を設計する際には、納税者の動機を考慮することが適切である。納税者が法的インセンティブなしに常に善良に行動するのであれば、不正行為を抑止するための罰則は余計なものである。多くの場合、罰則の設計は、経済的な考慮が行動の唯一の決定要因であるという逆の仮定から出発する。しかし、納税者の行動に影響を与える規範的要因など、他の要因が介在する場合もある。
なお、上記で引用されている文献については、下記のBibliographyを参照。以下、ハンドブック127頁(第5章末尾)をコピペした。
-Allingham, Michael, and Agnar Sandmo. 1972. “Income Tax Evasion: A Theoretical Analysis.” Journal of Public Economics 1 (3–4): 323–338. https://doi.org/10.1016/0047-2727(72)90010-2.
-Alm, James. 2013. “Designing Responsible Regulatory Policies to Encourage Tax Compliance.” Conference on “Reflections on Responsible Regulation,” Tulane University, New Orleans, March 2013. http://murphy.tulane.edu/files/events/Alm-DesigningResponsibleRegulatoryPolicies-MurphyInstitute-021113.pdf.
-Carnes, G., and T. Eglebrecht. 1995. “An Investigation of the Effect of Detection Risk Perceptions, Penalty Sanctions and Income Visibility on Tax Compliance.” Journal of the American Taxation Association 17 (1): 26–41.
-European Court of Human Rights. 1976. “Engel and Others v. The Netherlands.” Judgment given on 8 June 1976, Strasbourg, France. https://bit.ly/3t1EYbo.
-Gordon, Richard. 1996. “Law of Tax Administration and Procedure.” In Tax Law Design and Drafting, Vol. 1, edited by Victor Thuronyi, Chapter 4. https://www.imf.org/external/pubs/nft/1998/tlaw/eng/ch4.pdf.
-Jackson, Betty, and Sally Jones. 1985. “Salience of Tax Evasion Penalties Versus Detection Risk.” Journal of the American Taxation Association 6 (2): 7–17. https://aaahq.org/ATA/Publications/JATA/Spring-85#jackson.
-Jackson, Betty, and Valerie Milliron. 1986. “Tax Compliance Research: Findings, Problems, and Prospects.” Journal of Accounting Literature 5: 125–65.
-Keinan, Yoram. 2006. “Playing the Audit Lottery: The Role of Penalties in the U.S. Tax Law in the Aftermath of Long Term Capital Holdings v. United States.” Berkeley Business Law Journal 3 (2): 381–436. https://doi.org/10.15779/Z38M86R.
-Lucas-Mas, Cristian Oliver, and Ana Cebreiro Gómez. 2023. “Guidelines for a Framework on Tax Sanctions: Designing the Framework Governing Tax Penalties, Surcharges and Interests.” Unpublished. World Bank, Washington, DC.
-Oladipupo, Adesina Olugoke, and Uyioghosa Obazee. 2016. “Tax Knowledge, Penalties and Tax Compliance in Small and Medium Scale Enterprises in Nigeria.” iBusiness 8 (1): 1–9. https://doi.org/10.4236/ib.2016.81001.
-Sandmo, Agnar. 2004. “The Theory of Tax Evasion: A Retrospective View.” Nordic Workshop on Tax Policy and Public Economics in Helsinki, November 2004. Discussion Paper 31/04. https://dokumen.tips/documents/sandmo-the-theory-of-tax-evasion-vgeorgiousandmopdftax-evasion-is-a-violation.html.
-Schwartz, Richard, and Sonya Orleans. 1967. “On Legal Sanctions.” University of Chicago Law Review 34 (2): 274–300. https://chicagounbound.uchicago.edu/uclrev/vol34/iss2/3.
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