21 October 2023

為替差損益関係の3つの事件

1)東京地判令和4年7月14日(令和2年行ウ195号)は、全体では損が出ているのに為替益が切り出された事件。研究会の様子を記録した浅妻章如教授の「ブログだったもの」にまとめがある。

上記浅妻教授の記録に記されているフロアからの質問「所得税法57条の3は換算だけの規定で所得の発生を規定している訳ではない」は、研究会におけるやり取りの中で、この分野について継続的に研究を行ってきた方の発言。これは、この事案に対して正面から所得概念論からアプローチする意味でも、現行法の解釈論上57条の3と36条の役割分担をはっきりさせる意味でも、重要な指摘である(と私は思った)。

なお、浅妻教授は、https://twitter.com/asatsuma/status/1715513940913045752で、次の数値例を示してくれている。

便宜的に数値改変

€1=¥100時にX氏がG社に€50m(¥50億)を貸しGが€50mで船を購入。

€1=¥120時にGが船を€30M(¥36億)で売却しGがXに€30M(¥36億)弁済しXは対G残債権€20m放棄($も絡むが省略)。

全体で¥14億の損だが為替益¥6億(€30mが¥30億→¥36億)だけ課税され€20mの貸倒損失は非控除。

2)東京地判令和4年8月31日(令和2年行ウ502号、LEX/DB25606598)は、外国通貨によって他の種類の外国通貨を取得する取引と、外国通貨によって有価証券を取得する取引につき、所得が生ずるか否か、どのタイミングで課税するか、が争われた事件。坂巻綾望教授がジュリスト1589号10頁に速報解説を寄稿している。坂巻教授は、藤岡祐治・国家学会雑誌130巻9=10号778頁を引用して、所得税法57条の3は所得の計算にあたって換算が必要な場合における換算方法を定めたものにすぎないという考え方を紹介する。すなわち、「収入金額を生じさせるかどうかは、36条によるべきであって、57条の3は、外貨建取引がなされた場合すべてについて収入金額が生じることを定めたものではないといいうる」という(ただしこの文章にはさらに続いて別の角度からの検討がある)。

3)東京地判令和5年3月9日(令和2年行ウ323号)は、フェラーリ車の所得税法38条2項該当性が争われた事件である。この判決は、外貨の性質について次の注目すべき判示を行う。

譲渡所得とは、ある資産の所有期間中に生じた増加益を清算して課税する趣旨のものである以上、譲渡所得の課税対象となる資産とは、その価値の増加益を観念できるものを指すものというべきである。

ここで、貨幣とは、商品の価値尺度や交換手段として社会に流通するものを指すところ、その性質に照らせば、貨幣自体の価値の増加又は減少を観念することはできない(そして、この理解は、その貨幣が日本で強制通用力を有する円貨であるか、外貨であるかを問わず妥当する)ものというべきである。この点、貨幣と同じく価値尺度としての側面を有する暗号資産につき、その譲渡原価等の計算及びその評価の方法を定める法48条の2において、暗号資産の譲渡により生じた利益が事業所得又は雑所得に該当することを前提にその必要経費に算入する金額を定める旨定めているのも、かかる理解に基づくものと解することができる(なお、同条の制定時の国会審議の際に、政府参考人は、外貨も価値尺度たる貨幣であることから、当該外貨自体の値上がり益を考慮することはできない旨の発言をしている。乙27・21頁、乙28・14頁等)。

そうすると、為替差損益、すなわち外貨と円貨の交換により生じた損益も、当該外貨自体の価値の増減によるものではないこととなるから、譲渡所得の対象となる資産には該当せず、他の類型の所得にも該当しないため雑所得に区分されることとなる。

以上の1)2)3)はいずれも下級審レベルの裁判例であるが、為替差損益の所得課税をめぐって法律論をたたかわせる機運が熟していることを感じさせる。

IFA Cancun Program

すべてアプリで閲覧するようになっていて、スマホ上で完結する感じだが、バックアップのために2つのMain Subjectsについてこのサイトからコピペしておこう。なお、Cahiersについてはここを参照

Main subjects

IFA日本支部、Branch Report中間報告会

 開催が近いので案内をコピペしておこう。

  • 2024年IFAケープタウン大会ブランチレポーターによる中間報告会開催のお知らせ

来る11月1日(水)に下記の中間報告会(研究準備報告会)を開催いたしますので、ご参加ください。(詳細につきましては、メールおよびFAXをご参照ください)

 【日  時】 2023年11月1日(水) 13:30~15:30
 【場  所】 Zoom(Webinar)によるweb会議
 【内  容】 2024年IFAケープタウン大会ブランチレポーターによる中間報告会(研究準備状況報告)

  Subject1: Finding the meaning of nexus for taxes - past, present and future

ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士・片平享介会員

  (コメンテーター:横浜国立大学 川端 康之会員)


  Subject2: Practical approaches to international tax dispute avoidance and resolution

国税庁 剱持敏幸会員、KPMG 鈴木彩子会員
  (コメンテーター:PwC税理士法人 荒井 優美子会員)


 お申し込みは、こちらから可能です(10月26日までにお申し込みください)。IDおよびPWにつきましては、メールおよびFAXで送信した案内状に記載されているものをご利用ください。皆様のご参加をお待ちしております。

(2023/9/15)

令和5年度税制改正の解説、IIRを追加

かねてより令和5年度税制改正の解説がアップされていたところ、このたび、国際課税関係の改正(各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税の創設等関係)の解説が追加されていた。柱2GloBEルールのIIRを日本で国内法化したルールに関する、立案担当者による詳細な解説。リンクをコピペしておこう。

国際課税関係の改正(各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税の創設等関係)
主税局参事官補佐乾 慶一郎
山田 尚功
水野  雅
高倉 俊明
大隅  怜
主税局税制第三課課長補佐小竹 義範
主税局税制第一課課長補佐川上 文吾
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15 October 2023

横浜法学32巻1号、金子宏先生追悼特集

横浜国立大学大学院の紀要の一つである「横浜法学」の32巻1号が、金子宏先生追悼特集。横浜国立大学学術情報リポジトリのリンク先を、コピペしておこう。

碓井, 光明
横浜法学, 32, 1, p. 1-70, 2023-09-25
[Articles:Commemorative Issue in honour of late Professor KANEKO Hiroshi]Tax Credit for Contributions to Specified Nonprofit Corporations
岩倉, 正和,市川, 琢巳
横浜法学, 32, 1, p. 71-114, 2023-09-25
[Articles:Commemorative Issue in honour of late Professor KANEKO Hiroshi]Focusing on Inclusion of Due Diligence Expenses for M&A Transactions in the Acquisition Costs for Securities
岩﨑, 政明
横浜法学, 32, 1, p. 115-129, 2023-09-25
[Articles:Commemorative Issue in honour of late Professor KANEKO Hiroshi]The Implication of " Fair Current Value of Fixed Assets" as the Tax Basis of the Fixed Assets Tax
川端, 康之
横浜法学, 32, 1, p. 131-162, 2023-09-25
[Articles:Commemorative Issue in honour of late Professor KANEKO Hiroshi]Taxation for Transfer Pricing: Centennium of the Tax Base Allocation
吉村, 政穂
横浜法学, 32, 1, p. 163-177, 2023-09-25
[Articles:Commemorative Issue in honour of late Professor KANEKO Hiroshi]Evolution of Investment Trust Taxation in the EU: A Case Study on Germany’s 2016 Amendments
根本, 洋一
横浜法学, 32, 1, p. 179-270, 2023-09-25
[Articles] Die Regel “locus regit actum” im internationalen Privatrecht
君塚, 正臣
横浜法学, 32, 1, p. 271-302, 2023-09-25
[Articles] On the National Tax Appeal Tribunal from Constitutional Perspective
濱口, 太久未
横浜法学, 32, 1, p. 303-363, 2023-09-25
[Articles]Verication of the Establishment of Cabinet Order Delegation Provisions under Article 2, Paragraph 1 (Denition of Trademarks) of the Trademark Law
金子, 章
横浜法学, 32, 1, p. 365-399, 2023-09-25
[Articles]Admissibility of Evidence Obtained by Foreign Authorities
板垣, 勝彦
横浜法学, 32, 1, p. 401-454, 2023-09-25
[Articles]Kyoto City’ s “Vacant House Tax” in Housing Market System and Issues of Local Discretionary Taxes.
遠藤, 元一
横浜法学, 32, 1, p. 455-482, 2023-09-25
[Articles]Claims for Damages against Issuers Based on Misstatements in Securities Reports,etc.

12 October 2023

Pillar One Amount AのMLI

10月11日付けでこのサイトで公開された。下記に条文テクストや注釈などへのリンクをコピペしておく。Overviewからみるのが便宜。なお、7月11日付けのoutcome statementはこのサイト

Text of the MLC

  • English - published 11 October 2023
  • Français (à venir)

 

Explanatory Statement to the MLC

  • English - published 11 October 2023
  • Français (à venir)

 

Understanding on the Application of Certainty for Amount A of Pillar One

  • English - published 11 October 2023
  • Français (à venir)

 

Overview

 

PRESS RELEASE

02 October 2023

ねじまき鳥と所得税

今年もノーベル文学賞の発表が近い。村上春樹・ねじまき鳥クロニクル(第1部泥棒かささぎ編)のはじめのほうに、こんな一節がある。

妻は主に健康食品や自然食料理を専門とする雑誌の編集の仕事をしていて、まずまず悪くない給料をとっていたし、他の雑誌をやっている友だちの編集者からちょっとしたイラストレーションの仕事をまわしてもらっていて(彼女は学生時代ずっとデザインの勉強をしていたし、彼女の目標はフリーランスのイラストレーターになることだった)、その収入も馬鹿にはならなかった。僕の方も失業したあとしばらくは失業保険を受けとることができた。それに僕が家にいて毎日きちんと家事をすれば、外食費やクリーニング代といった余分な出費を浮かすこともできるし、暮しむきは僕が働いて給料をとっているときとたいして変わらないはずだった。

そんな具合に僕は仕事を辞めた。 

所得税法を学ぶと、この一節の中にいろいろと潜在的な課税上の論点が存在することに気がつく。

  • 妻は主に健康食品や自然食料理を専門とする雑誌の編集の仕事をしていて、まずまず悪くない給料をとっていた→妻の給与所得
  • 他の雑誌をやっている友だちの編集者からちょっとしたイラストレーションの仕事をまわしてもらっていて、その収入も馬鹿にはならなかった→妻の副業から生ずる所得がおそらく雑所得
  • 彼女は学生時代ずっとデザインの勉強をしていたし、彼女の目標はフリーランスのイラストレーターになることだった→妻の人的資本を高める支出があったとしても、収入稼得とのタイミングのズレもあって、給与所得の特定支出控除や雑所得の必要経費にはなりそうにない
  • 僕の方も失業したあとしばらくは失業保険を受けとることができた→失業手当には所得税がかからない(雇用保険法12条)
  • 僕が家にいて毎日きちんと家事をすれば、外食費やクリーニング代といった余分な出費を浮かすこともできるし、暮しむきは僕が働いて給料をとっているときとたいして変わらないはずだった→家事労働から生ずる帰属所得はもともと課税対象外
もっといえば、日本法は個人単位主義なので妻と僕がそれぞれ所得税の納税義務者になることとか、妻の所得税の扶養控除との関係では僕の失業手当が非課税のため扶養判定における収入にカウントされないこととか、僕が仕事を辞めた時に退職金を受け取ったとすれば退職所得になることとか、他にもいろんなことに気がつく。

こんなことに気がついても、小説の面白さに比べればそれがどうだ、ということではある。ただまあ、この一節を読むと、1990年代初頭にこれを書いた当時の村上春樹は所得概念の話を知っていたのではないか、という感じがぬぐえない。


Nagato on Pillar 2

Takayuki Nagato, Pillar 2 as a De Facto New Revenue Allocation Mechanism, Tax notes international, Volume 112, October 2, 2023, 23-37

長戸貴之教授(学習院大学)によるOECD柱2(Pillar 2)の最新論評。柱1が米国不参加の可能性により行き詰まりを見せる中、「柱1抜きの柱2」が大きな多国籍企業のみなし超過利益に関する事実上の税収分配メカニズムとなり、軽課税投資ハブを不当に有利に扱うと主張する。

長戸論文によると、柱2の勝者は投資ハブである。15%ミニマム税率は世界規模での加重平均法定税率25%よりも十分に低いから、利益移転の誘因は残る。2021年12月にQDMTTが不透明な過程で登場し、軽課税国が優先して税収を確保できることとなった。QDMTTの優先は途上国に有利であるといわれることがあるが、途上国の課税ベースは既存の移転価格ルールに基礎を置いており、利益移転を防げないなど多くの問題を抱える。QDMTTは、投資ハブが抜け穴を用いて競争的な租税環境を維持しつつ、追加的税収を得る機会を提供する、というのである。

柱2の勝者が投資ハブであるというのはいかにも皮肉な結果である。柱2を支持する論者は、そうなってしまわないように、投資ハブ以外の途上国がGLOBEルールを採用できるよう能力開発を行うことを推奨するであろう。また、IIRやUTPRをピグー税ととらえ、「軽課税国の行動を変容させ最低税率による課税を講じさせるための政策手段」と考えた場合には、税収分配に力点を置くのとはまた異なる視角が得られるであろう。

長戸論文は、その鋭い主張に必ずしも全面的に同意しない人にとっても、精読に値する。前半部分では、ふたつの柱がいかなる過程を経て現在の形になったかを、関連する一次文献と二次文献を読みぬいて浮かび上がらせる。かつて米国法の事業再生について論じたときと同じ客観的な筆致で、米国バイデン政権以前、バイデン政権による柱2の中心課題化、これに反発する勢力の巻き返しを、くっきりと描き出す。グローバルミニマム税の登場が2018年の仏独の提唱にかかること(25頁)、PSAの回想録を用いた事実探求、QDMTTが登場した経緯が「部外者にとって完全なミステリー」であるとの率直な指摘(30頁)、QDMTTをCFCルールに優先させることへの批判など、読みごたえがある。