19 April 2022

最判令和4年4月19日 令和2(行ヒ)283

第三小法廷の判決がここで読める

財産評価基本通達(評価通達)6は、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定めている。 これに依拠して、札幌南税務署長が、不動産鑑定士による鑑定評価額に基づいて財産評価を行い、課税処分。第三小法廷は、当該事案において、これが租税法上の一般原則としての平等原則に違反しないとした。

判決文はまず、次のように述べる。

(1) 相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。

そうであるところ、本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、これが本件各通達評価額を上回るからといって、相続税法22条に違反するものということはできない。

そのうえで、平等原則との関係で、次のように説示する(ゴチックと下線は増井による)。

(2)ア 他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。

しかるのち、この説示を本件事案に次のようにあてはめる。

イ これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。

もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。

こうして、次の結論を導いた。 

ウ したがって、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するということはできない。

はやくも日経新聞が「「路線価否定」の課税訴訟、相続人側の敗訴確定 最高裁」と報じているし、ネット上では実務に対する影響が論じられている。もともと、評価通達の法的位置づけや、客観的な交換価値としての時価との関係、平等原則との関係は、いずれも基本中の基本の論点であり、これらについて第三小法廷が判断を下したことは大きな意味をもつ。判決文の読み解きのための格好の素材。(1)と(2)の相互関係も注目されるが、以下では(2)のアとイを一読しておこう。

アの判示部分は、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、合理的な理由がない限り、平等原則に違反して違法としている。この判示部分には「たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても」と付言されている。理由付けとして挙げているのは、「そして」に続く文章で、①評価通達が相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであること、②課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることが公知の事実であること、である。

アの判示部分は、ここから、本件の事案の処理に直結する一般論を述べる。すなわち、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる、という。かかる合理的な理由があると認められれば、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが平等原則に違反するものではないと解している。

こうして、具体的にどういう事情があれば合理的な理由があることになるかが、重要なポイントとなる。この点を本件について明らかにするのがイのあてはめ部分である。いろいろなことが読み取れるが、とくに重要なポイントは以下。

  • 通達評価額と鑑定評価額との間に大きなかい離があるというだけでは上記事情があるとはいえない
  • しかし・・・
  • 本件では6億円を超える課税価格が0円になっていた
  • 被相続人と上告人らが租税負担の軽減をも意図して本件購入・借入を行っていた
  • そうすると、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある
というのである。

これから多くの解説や評釈が出るだろう。以上は一読した印象のみ。

16 April 2022

Brookingsのセミナー

4月15日のセミナーGlobal corporate tax reform: Why it’s important and what it will do (and not do)の録画が、ここで公開されていた

  • Faulhaberが2つの柱の経緯と内容を要約(BEPSとかGILTIとかの略語もここで説明)
  • パネルで多国籍企業・先進国・途上国へのインパクトを議論
  • 最後にBatchelderが米国財務省の立場を語った
90分でいろんなことがわかる。特に印象深かったのが、Batchelderの法人税を救うという発言(race to the bottomからrace to the topへの転換)と楽観的な見通し。未来は自分たちがつくるという信念か。モデレーターの抑制された突っ込みがかえっていろいろと考えさせる。

以下が要約文。

On Friday, April 15, the Hutchins Center on Fiscal & Monetary Policy and the 

Urban-Brookings Tax Policy Center hosted an event to explain the significance of the agreement; how it will affect multinational corporations, advanced economies, and developing economies; and the prospects for its implementation.

04 April 2022

完全還付と同値の結果をもたらす通算税効果額の授受

「グループ通算制度について」という論文を、渋谷雅弘ほか編『水野忠恒先生古希記念論文集 公法・会計の制度と理論』(中央経済社2022.03)629-641頁に掲載していただいた。

この論文では、グループ通算制度の下における通算税効果額の授受が、一定の条件をみたす場合において、単体法人の欠損金をマイナスの所得とみなした場合の当該単体法人に対する国からの法人税額相当額の還付(完全還付)と同値である、と主張した。新規性を有する主張であると(少なくとも自分では)思う。もともとは、東京の職場からすこし離れて、2018年5月に貴船神社近くの宿で思いついたもの。

欠損金の扱いについて完全還付を軸に考えていくのは、結合企業課税の理論(2002)でたどった筋であり、今回はそれをグループ通算制度にそくして展開した。

なお、制度の沿革を概観した部分を一次資料を引用する形でより丁寧に示したものが、別の報告としてウェブにアップされている(追って雑誌に収録される予定)。こちらの報告では、2000年に出した論文をアップデートする趣旨で、いくつか新しい考察を付け加えている。



02 April 2022

渡辺教授らしい冷静な分析

日本機械輸出組合国際税務研究会の研究論文として、渡辺智之教授の「いわゆるBEPS 2.0をどう捉えるか?」が公表された。2022年2月のpublic consultation documentsまでをカバーしており、渡辺教授らしい冷静な分析。

その大意は以下のとおり。

  • 10月合意は歴史的合意なのか。世界中のほとんどの国・地域が合意に至ったことは画期的で、国際課税ルールに関して方向性を示した実質的内容のある文書。ゆえに10月合意の成立を「歴史的」なものとして評価することは「大げさではない」(3頁)。
  • Pillar 1 のAmount Aは、「デジタルサービス税の蔓延を防ぐ観点からは大きな役割を果たし得る」(7頁)。他方で、Amount Aのレベニュー・ソーシングは、仕向地課税の導入というよりは、源泉地課税の拡張と捉えたほうが適切(13頁)。従来の国際課税ルールそのものの抜本的変更というよりは、一定の多国籍企業の超過利潤から生じる税収の一部を市場国に配分するための財源調整の仕組みとして、「従来の国際課税ルールの外側に付け加えられたもの」(14頁)。
  • Pillar 2 のGloBEルールは、まず、SBIE(Substance-based Income Exclusion)により、最低税率が導入されるのはあくまで超過利潤となり、「低課税国としては、有形資産と支払賃金の一定割合であるSBIE相当分については15%の下限を気にせずより低い税率を設定できる」(12頁、租税競争の存続)。次に、QDMTT(Qualified Domestic Minimum Top-up Tax)を認めたことにより、低課税国としては「QDMTTを適用して超過利潤に15%の課税をしておけば、親会社所在国による上乗せ税の適用を免れることができる」(9頁、ここでDevereux et al. (2022)のモデルを紹介)。

以上のように論じたうえで、渡辺教授は、令和4年度与党税制大綱がAmount Aについて「100年来続いてきた国際課税原則を見直し、市場国に新たな課税権を配分するもの」と評価していることは「疑問である」とする(17頁)。これに対し、GloBEルールについては、超過利潤に関する国家間の税率引き下げ競争を直接抑制するという意味でこれまでにない強力な仕組みを導入したという意味でAmount Aの導入よりも「さらに大きな変革なのかもしれない」(18頁)と述べる。

この論文は、ジュリスト2022年2月号の特集にも応接しており、注目される。GloBEが果たすであろう機能は、モデルルールの公表などによってだんだん見えてきているところ、その最前線をわかりやすく伝えてくれる。Amount Aの位置づけについては、現時点でのsoberな判断と読める。私自身は、今後の展開につながる可能性をもうすこし高く見積もる可能性もあるかもしれないと思う。まだまだ現実の法形成の動きが読めないところがあるので、議論の継続を期待したい。