19 September 2024

ローマからのレシピ助言

1.消費税法の定める「課税の対象」の中核部分は、「国内において事業者が行った資産の譲渡等」だ(消費税法4条1項)。ここに「国内」とは、消費税法の施行地をいう(2条1項1号)。だから、東京都文京区本郷のピザ屋が近所で行うピザの宅配は、「国内において」行われたといえるだろう。また、ローマのピザ屋が近所で行うピザの宅配は、「国内において」行われたとはいえないだろう。ここまでは常識の範囲内で結論が出る。

2.それでは、ローマ在住の料理カウンセラーが本郷のピザ屋店員に対して、電話相談でレシピの助言を継続的に行っていたら、「国内において」行われたといえるだろうか。これはかなりややこしい。

3.内外判定については、消費税法4条3項が、次のように定める。

資産の譲渡等が国内において行われたかどうかの判定は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める場所が国内にあるかどうかにより行うものとする。ただし、第三号に掲げる場合において、同号に定める場所がないときは、当該資産の譲渡等は国内以外の地域で行われたものとする。

一 資産の譲渡又は貸付けである場合 当該譲渡又は貸付けが行われる時において当該資産が所在していた場所(当該資産が船舶、航空機、鉱業権、特許権、著作権、国債証券、株券その他の資産でその所在していた場所が明らかでないものとして政令で定めるものである場合には、政令で定める場所)

二 役務の提供である場合(次号に掲げる場合を除く。) 当該役務の提供が行われた場所(当該役務の提供が国際運輸、国際通信その他の役務の提供で当該役務の提供が行われた場所が明らかでないものとして政令で定めるものである場合には、政令で定める場所)

三 電気通信利用役務の提供である場合 当該電気通信利用役務の提供を受ける者の住所若しくは居所(現在まで引き続いて一年以上居住する場所をいう。)又は本店若しくは主たる事務所の所在地

4.まず迷うのは2号と3号のいずれを適用するかである。これは、3号の「電気通信利用役務の提供」である場合にあたるであろう。というのも、「電気通信利用役務の提供」は、消費税法2条1項8号の3で、次のように定義されているからである(下線は引用者による)。

電気通信利用役務の提供 資産の譲渡等のうち、電気通信回線を介して行われる著作物(著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第二条第一項第一号(定義)に規定する著作物をいう。)の提供(当該著作物の利用の許諾に係る取引を含む。)その他の電気通信回線を介して行われる役務の提供(電話、電信その他の通信設備を用いて他人の通信を媒介する役務の提供を除く。)であつて、他の資産の譲渡等の結果の通知その他の他の資産の譲渡等に付随して行われる役務の提供以外のものをいう。

このあてはめは、消費税法基本通達5-8-3(6)からも確認できよう。

そうなると、レシピ助言サービスを受ける者が日本国内にいるから、「国内において行われた」場合にあたる、といって差支えないように思われる。もっとも厳密にいうと、この結論に至るためには、ピザ屋店員の住所というよりはむしろピザ屋本店の所在地を基準として考えることになりそうで、そうなると、このピザ屋が個人事業なのか株式会社なのかといったことも事実認定する必要があるのだが・・・。ややこしい。

5.以上で、「国内において」という要件についての話はとりあえずおしまい。しかし念のため、課税関係がどうなるかについて補足してみよう(やぶへびになりそうだが・・・)。上記2の電話助言は、個別契約でピザ屋事業者が事業として利用することが定められているような場合には、おそらく「事業者向け電気通信利用役務の提供」に該当するだろう(消費税法2条1項8号の4、消費税法基本通達5-8-4)。そうなると、リバース・チャージ方式による役務受領者納税の出番となる。ただしここでも話はさらに込み入っていて、課税売上割合が95%以上である課税期間においては、当分の間はリバース・チャージ方式の適用がない(平成27年改正消費税法附則42)。こういった点について詳しくは、伴忠彦・海外取引の消費税実務のとらえ方(2024)が頼りになる。この本の69頁を読んで、こんなことになっているのか、とようやく気が付いた。佐藤英明=西山由美・スタンダード消費税法(2022)176頁、国税庁のタックスアンサーも参照。うーん、ますますややこしい。

相続による財産取得と所得税

夏の集中講義で、いい質問があった。質問「日本においては相続、遺贈又は贈与により取得する財産は所得税法上非課税とされていますが、相続税がない国においては、相続により取得した財産に対して、相続した個人の所得として所得税を課税するのでしょうか?」

はて。どう答えるのがいいだろうか。次のような答えを考えてみた。

日本法は課税所得の範囲を包括的に構成しているので、所得税法に特段の非課税規定がなければ、当然に課税所得に含まれる(一時所得となる)。このことから、他の国でも同じではないか、とうっかり考えてしまいがちだ。ところがどっこい、各国の立法例は一筋縄では説明できない。

このことを、連邦レベルの遺産税が廃止されているカナダやオーストラリアの例で考えてみよう。

まず、この両国は、財産を取得する者の側の所得税の考え方が日本と異なり、「源泉(source)」から生ずる所得を制限的に課税対象に含める、という考え方だ。そこで、両国ともに、私的贈与(事業に関係しない贈与)は、贈与を受ける人にとっては「源泉」から生ずるものではないために非課税となり、贈与を行う人にとっては控除しない、という取扱いとなる(Ault et al. Comparative Income Taxation: A Structural Analysis (4th edition, 2019) 300)。遺産の相続についても、同様の考え方で、受け取ったからといって当然に個人の所得として所得税を課すわけではない。

さらに、以上に加えて、含み損益を抱える財産の扱いが問題になる。そしてこの点については、カナダとオーストラリアで扱いが異なる(Ault et al.同上同頁)。

  • カナダでは、資本財産の生前移転と死亡移転のいずれについても、移転者にとって所得の実現と扱われ、移転時の時価に相当する収入があったものとされ、被移転者にとって財産の取得価額が移転時の時価とされる。ただし、配偶者間の移転については例外がある。これを日本流にいえば、生前贈与と相続のいずれについても原則として所得税法59条1項のみなし譲渡の規定が適用されるようなイメージ。
  • オーストラリアでは、生前贈与は実現事象であり時価課税をもたらすが、相続の場合は含み損益課税が繰り延べられて相続人が取得費を引き継ぐ。後者を日本流にいえば、所得税法60条1項による取得費引継ぎのようなイメージ。

両国でこのような扱いになった経緯は、興味深い。いずれも連邦制をとる国であり、州間競争があったことなど、この間の経緯に関する良い研究が、一高龍司「カナダ及びオーストラリアにおける遺産・相続税の廃止と死亡時譲渡所得課税制度」日税研論集56号(2004年)45頁。これは最近の論文だと思っていたが、じっさいには公表後もう20年もたっていた!

さて。こんな答え方で、質問した方は納得していただけただろうか?もうすこし別の角度からの答え方としては、増井良啓・租税法入門第3版Chapter 21(所得税と相続)もあわせてご覧いただければうれしい。

16 September 2024

Tax administration is tax policy.

税務行政は租税政策そのものである、という趣旨で、

Tax administration is tax policy.

といわれることがある。この印象的なフレーズの原典は、世銀のこの本だ。すなわち、(シャウプ勧告で有名なあの)シャウプ博士を含む編者が、『途上国における付加価値税(Value Added Taxation in Developing Countries)』と題する書物を1990年に公表し、その中で、IMFのMilka Casanegra de Jantscherさんが、「付加価値税を執行する(Administering the VAT)」という論文を寄せた。その179頁右の箇所に、このフレーズが出てくる。引用する(イタリックは原文のまま、ボールド体は引用者による)。

My sole purpose is to point out that the broad-based and neutral tax discussed in public finance treatises is very different from the VAT that prevails in most developing countries and that administrative constraints are the main cause of this difference. Experience with the VAT shows, once more, that in developing countries tax administration is tax policy.

(仮訳)私の唯一の目的は、財政学の論文で議論されている課税ベースが広くかつ中立的な租税は、ほとんどの発展途上国で普及している付加価値税とは非常に異なっており、この違いの主な原因は行政上の制約であることを指摘することだ。付加価値税の経験は、発展途上国では税務行政租税政策そのものであることを改めて示しているのである。

この引用から明らかなように、もともとの文脈としては、途上国のVATの経験に照らし「途上国においては」そうだ、という意味であった。これがのちに限定を付さない形で、広く引用されるようになったのだろう。1992年のこの論文では、Milka Casanegra de Jantscher自身が、VATに限定せず「途上国においては」真の意味で税務行政は租税政策そのものであると述べていた。その後、Rihard M. Bird教授は、2004年の Administrative dimensions of tax reform, Asia-Pacific Tax Bulletin, Vol.10, No.3でも、その脚注5で上記1990年の論文を引用しつつ、より一般的に次のように述べている。

In a very real sense, “tax administration is tax policy”. Maximizing revenue for a given administrative outlay is only one dimension of the task of tax administration. Revenue outcomes may not always be the most appropriate basis for assessing administrative performance. How revenue is raised, i.e. the effect of revenue generation effort on equity, the political fortunes of the government, and the level of economic welfare, may be equally (or more) important as how much revenue is raised.

(仮訳) 真の意味で「税務行政は租税政策そのものである」。与えられた行政支出に対する歳入の最大化は、税務行政の任務の一側面にすぎない。歳入アウトカムは、行政業績を評価するための最適基準であるわけでは必ずしもない。歳入がどのように得られるか、すなわち、歳入創出努力が公平性、政府の政治的運命、経済厚生水準に与える影響は、どれだけの歳入が得られるかと同じくらい (あるいはそれ以上に) 重要である。

つまり、Bird教授によると、途上国のVATという元々の文脈を超えて、より普遍的な意味において、税務行政が租税政策そのものだ、というのである。そして、その内容として、歳入に劣らず公平・政治・経済厚生を考えなければならない、という点が敷衍される。なお、Bird教授には同タイトルでこの論文が2014年にあり、そのままリンク先で読めるが、引用してあるフレーズではisがイタリックになっていない(編集の都合だろうか)。

ところで、この"Tax administration is tax policy."というフレーズには、ぼく自身にも個人的な記憶がある。1990年代あたまに米国留学したころ、Milkaさんが大学のクラスにいらっしゃったのだったか、Washington DCへの見学旅行でお目にかかったのだったか、いずれだったかは忘れてしまったが、直に接する彼女の肉声がその大人風の物腰とともに、きわめて迫力に満ちていた。そのときの正確な発言が"tax administration is tax policy"だったか、はたまた"tax policy is tax administration"だったかは、いまとなってはぼくの記憶があいまいだ。文章に残っているところからすると、おそらく彼女の「決め文句」は前者だったのだろう。