19 September 2024

相続による財産取得と所得税

夏の集中講義で、いい質問があった。質問「日本においては相続、遺贈又は贈与により取得する財産は所得税法上非課税とされていますが、相続税がない国においては、相続により取得した財産に対して、相続した個人の所得として所得税を課税するのでしょうか?」

はて。どう答えるのがいいだろうか。次のような答えを考えてみた。

日本法は課税所得の範囲を包括的に構成しているので、所得税法に特段の非課税規定がなければ、当然に課税所得に含まれる(一時所得となる)。このことから、他の国でも同じではないか、とうっかり考えてしまいがちだ。ところがどっこい、各国の立法例は一筋縄では説明できない。

このことを、連邦レベルの遺産税が廃止されているカナダやオーストラリアの例で考えてみよう。

まず、この両国は、財産を取得する者の側の所得税の考え方が日本と異なり、「源泉(source)」から生ずる所得を制限的に課税対象に含める、という考え方だ。そこで、両国ともに、私的贈与(事業に関係しない贈与)は、贈与を受ける人にとっては「源泉」から生ずるものではないために非課税となり、贈与を行う人にとっては控除しない、という取扱いとなる(Ault et al. Comparative Income Taxation: A Structural Analysis (4th edition, 2019) 300)。遺産の相続についても、同様の考え方で、受け取ったからといって当然に個人の所得として所得税を課すわけではない。

さらに、以上に加えて、含み損益を抱える財産の扱いが問題になる。そしてこの点については、カナダとオーストラリアで扱いが異なる(Ault et al.同上同頁)。

  • カナダでは、資本財産の生前移転と死亡移転のいずれについても、移転者にとって所得の実現と扱われ、移転時の時価に相当する収入があったものとされ、被移転者にとって財産の取得価額が移転時の時価とされる。ただし、配偶者間の移転については例外がある。これを日本流にいえば、生前贈与と相続のいずれについても原則として所得税法59条1項のみなし譲渡の規定が適用されるようなイメージ。
  • オーストラリアでは、生前贈与は実現事象であり時価課税をもたらすが、相続の場合は含み損益課税が繰り延べられて相続人が取得費を引き継ぐ。後者を日本流にいえば、所得税法60条1項による取得費引継ぎのようなイメージ。

両国でこのような扱いになった経緯は、興味深い。いずれも連邦制をとる国であり、州間競争があったことなど、この間の経緯に関する良い研究が、一高龍司「カナダ及びオーストラリアにおける遺産・相続税の廃止と死亡時譲渡所得課税制度」日税研論集56号(2004年)45頁。これは最近の論文だと思っていたが、じっさいには公表後もう20年もたっていた!

さて。こんな答え方で、質問した方は納得していただけただろうか?もうすこし別の角度からの答え方としては、増井良啓・租税法入門第3版Chapter 21(所得税と相続)もあわせてご覧いただければうれしい。

No comments:

Post a Comment

Comments may be moderated for posts older than 7 days.