23 June 2017

学生注目! 日印条約のPEの規定

Steve Towersの金曜ショーをうつらうつらとながめていたら,日印条約がでてきた。どういう文脈かというと,

  • MLI(BEPS防止措置実施条約)の各国の選択状況を分析したところ,PEに関する条文について,かなりの留保がついている(→したがって既存の二国間租税条約を修正しない)
  • この中で,現在のところ例外的に,双方の当事国が一致して選択した例がいくつかある
  • そのひとつが,「コミッショネア契約を通じた恒久的施設の地位の人為的な回避に関する規定(MLI12条)」に関する,日印条約の規定だ
というのである。PE課税に積極的な,他ならぬインドとの関係である。日印租税条約5条7aと5条8が修正されていくことが見込まれるわけで,古い体育会系の表現でいえば,「学生注目!」と叫ぶべきもの。→関連記事

BEPS行動7と8-10の討議ドラフト

これである。週末に読むべきものが,どんどんたまっていく。

22/06/2017 – Public comments are invited on the following discussion drafts:
  • Revised Guidance on Profit Splits, which deals with work in relation to Actions 8-10 ("Assure that transfer pricing outcomes are in line with value creation") of the BEPS Action Plan.

Release of a discussion draft containing Additional Guidance on 
Attribution of Profits to Permanent Establishments
The Report on Action 7 of the BEPS Action Plan (Preventing the Artificial Avoidance of Permanent Establishment Status) mandated the development of additional guidance on how the rules of Article 7 of the OECD Model Tax Convention would apply to PEs resulting from the changes in the Report, in particular for PEs outside the financial sector. The Report indicated that there is also a need to take account of the results of the work on other parts of the BEPS Action Plan dealing with transfer pricing, in particular the work related to intangibles, risk and capital. Importantly, the Report explicitly stated that the changes to Article 5 of the Model Tax Convention do not require substantive modifications to the existing rules and guidance on the attribution of profits to permanent establishments under Article 7 (see paragraph 19-20 of the Report).
Under this mandate, this new discussion draft has been developed which replaces the discussion draft published for comments in July 2016. This new discussion draft sets out high-level general principles outlined in paragraph 1-21 and 36-42 for the attribution of profits to permanent establishments in the circumstances addressed by the Report on BEPS Action 7. Importantly, countries agree that these principles are relevant and applicable in attributing profits to permanent establishments. This discussion draft also includes examples illustrating the attribution of profits to permanent establishments arising under Article 5(5) and from the anti-fragmentation rules in Article 5(4.1) of the OECD Model Tax Convention.
Please note that comments are not sought on the 2016 Discussion Draft or on the changes to the PE definitions that have been agreed under Action 7 and which were published in the 2015 Final Report, "Preventing the Artificial Avoidance of Permanent Establishment Status." Commentators should concentrate solely on the proposed guidance in this discussion draft on the application of Article 7 to determine the attribution of profits to permanent establishments.


Discussion Draft on the Revised Guidance on Profit Splits
Action 10 of the BEPS Action Plan invited clarification of the application of transfer pricing methods, in particular the transactional profit split method, in the context of global value chains. 
Under this mandate, this revised discussion draft replaces the draft released for public comment in July 2016. Building on the existing guidance in the OECD Transfer Pricing Guidelines, as well as comments received on the July 2016 draft, this revised draft is intended to clarify the application of the transactional profit split method, in particular, by identifying indicators for its use as the most appropriate transfer pricing method, and providing additional guidance on determining the profits to be split. The revised draft also includes a number of examples illustrating these principles.  While comments are invited on any aspect of the revised draft, the document also identifies a number of issues relating to the application of the profit split method on which feedback is particularly sought.

国税庁,「税務行政の将来像~ スマート化を目指して ~」を公表

このサイトである。下に引用しておこう。

ホーム活動報告・発表・統計報道発表資料(プレスリリース)目次>税務行政の将来像 ~ スマート化を目指して ~
平成29年6月
国税庁

税務行政の将来像 ~ スマート化を目指して ~

財務省設置法第19条には、国税庁の任務として、内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現が定められており、申告納税制度の下で、納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現することが、国税庁の使命(ミッション)とされています。
そのため、国税庁では、納税者サービスの充実に努めるとともに、適正な申告を行った納税者の皆様が不公平感を抱かないよう、適正・公平な課税・徴収に努めているところです。
今後とも、納税者の皆様の理解と信頼を得て、国税庁のミッションを十分に果たしていくためには、その時々における課税・徴収上の個々の課題に的確に対応していくことはもとより、税の執行上の課題を中心に税務行政の透明性の観点から、中長期的に目指すべき将来像について国税当局として考えていることを明らかにし、着実に取り組んでいくことが重要と考えています。そこで、以下のように「税務行政の将来像」として取りまとめ、公表することとしました。

20 June 2017

Atkinson (2015)はPart Threeがいい

ゼミで3週間にわたり,アトキンソン教授の『21世紀の不平等』を会読した。原題は
Inequality: What Can Be Done?
で,2015年に刊行された。同年中に山形さんたちの日本語訳が出た。

この本は,第1部で不平等の拡大をデータで示して診断を下し,第2部で所得分布をより平等な方向へと転換させるための15の提案を行い,第3部でこれらの提案の実現可能性を検討している。ゼミではこの順番で毎週別のレポーターをたて,それぞれのテクストをめぐって議論した。そのせいだろうか,第3部の粘り強さが印象に残った。

第3部は,3つの論点を扱う。

  • パイの縮小?Shrinking the Cake?
  • グローバル化のせいで何もできないか?Globalisation Prevents Action?
  • 予算は足りるだろうか?Can We Afford It?

そして,いずれについても楽観論が成立しうるという見通しを示す。教授によると,グローバル化も技術革新も,それに対して何も手が出せないような代物ではなく,私たち自身がそれに対して能動的に働きかけることができる。グローバル化の下での税制に関する個別の記述については,課税情報交換やBEPS行動計画に接している私のような者からすると,いくつか留保をつけたいところもないではない。しかし,この本のメッセージの中で一番大事なのは,根っこのところでのこの楽観的見通しだろうと思う。分配の問題を議論するときに,現実世界の制約可能性を考えると,無力感を抱きがちになる。この本は「じっくり考えるとそうでもないよ」と語り掛け,球を打ち返そうとしている。

アトキンソン教授は2017年1月1日に亡くなった。この弔辞を読むと,2014年に不治のガンであるとわかり,急いでこの本を書いたという。ハンブルグの貧困地域の病院で6か月看護師のボランティアをした,という若いころの話からはじまっていて,どういう人だったかが浮かび上がってくる。自由主義的でときに辛辣なThe Economist誌が,ここまで敬意あふれるあたたかい弔辞を書いている。その後のこの論文集が教授にささげられているのも,うなずける。

19 June 2017

税調で,7か国の納税者利便の向上策が報告されていた

第10回 税制調査会(2017年6月19日)資料一覧

15 June 2017

冗談ではなかった

BEPS防止措置実施条約に対する各国のポジションの分析が,続々とでている。この一覧表はなかなか便利。まあ,当事国の間でマッチングが成立したら,既存の二国間租税条約がそのまま修正されるのだから,熱心に分析するのもあたりまえか。

11 June 2017

BEPS多国間条約に関する日本国の選択の概要,速報版

定例のSteve Towersの金曜ショーによると,各国のポジションを示すリストの合計頁数は2000頁を超えており,国際課税の専門家にとってはこの週末に読むべきものが多いらしい(もちろん冗談)。残念ながら私には,それらの全部に目を通す気力も(視力も)ない。

とりあえず,日本国の選択の概要(暫定版)をもとに,署名時の日本国の留保と通告のリストを読んでみた。これなら合計23頁。いまのところ,対象租税協定(Covered Tax Agreements)になるのは,日中や日英など,35本のよう。

とくに印象的なのは・・・

  • 7条(条約の濫用)につきPPTを選択
  • PE認定につき,12条(問屋)は選択,13条(準備的補助的活動)は選択肢A,14条(契約の分割)は留保
  • 仲裁(第6部)は選択

といった点である。条約締結ポリシーの機微を反映して,細かいところでいろいろと留保がついている。

  • 3条(課税上存在しない団体 transparent entities)→3条2に留保
  • 4条(双方居住者に該当する団体 dual resident entities)→4条1第2文に留保
  • 5条→特に記載がなく,要するに適用しないということらしい
  • 7条→PPTを選択し,すでに既存条約で入っている規定をリストアップ,たとえば日英や日仏の配当条項など
  • 8条→留保
  • 9条(不動産化体株式)→9条4を選択,9条1に相当する規定をもつ既存条約をリストアップ
  • 10条(第三国PE)→受け入れ,ただしリストアップはまだのよう
  • 11条(セービング条項)→留保
  • 12条(問屋)→受け入れ,既存条約をリストアップ
  • 13条(準備的補助的活動)→選択肢A
  • 14条(契約の分割)→留保
  • 16条(相互協議)→受け入れ
  • 17条(対応的調整)→受け入れ,ただしリストアップはまだのよう
  • 18条(仲裁)→受け入れ
  • 19条12→留保
  • 23条2→留保,いわゆるベースボール方式をとらない
  • 26条→仲裁条項を有する7本の既存条約をリストアップ
  • 28条→仲裁の範囲につき留保と異議
以上,暫定版として公表されたものの,速報版。読み間違えていないといいのだが・・・。
関連記事

08 June 2017

多国間BEPS条約の署名式

これがその様子。
  • 日本国がどれを約束して,どれに留保を付すか,を示すリストがこれである。
  • このリストによると,日本国の締結した35本の二国間租税条約が修正されることになるよう。
  • 留保項目がかなりある。たとえば,8条のdividend transfer transactionsの規定は短いので便利だと思って,今学期の国際租税法の授業で説明メモをつくったのであったが,日本国はその全体を留保するということになっている。さっそく次回の授業で「8条は日本の締結した二国間租税条約については適用がありません」と補足せねばならぬ。
  • 現時点で,他にどういう国や地域が署名するか,それらの国・地域がどういうポジションをとっているかは,この表からわかる。国・地域の名前のところをクリックすると,上の日本国のリストと同様の情報が得られる。
  • 米国が署名しないことや,英国が12条(PE認定の回避)に留保を付すことなどは,すでに報道されていたとおり。
→過去の関連記事

03 June 2017

ルソー対スミス

稲葉振一郎『不平等との闘い ルソーからピケティまで』(文春新書2016年)を読んでみた。
*格差是正と成長路線の対立を「ルソー対スミス」の原型対立から説き起こし,それにマルクスを対比させたうえで,
*おもむろに古典派から新古典派経済学→不平等ルネッサンスと論述をすすめ(労働経済学の関心のシフトやシカゴ学派による「人的資本」への着目など),
*その延長線上でピケティとその論敵たちによる現在の議論を位置付ける
というくみたて。

日本の新書,おそるべし。数学註はここ

関連ブログ。現行制度に近いところではこれも。

01 June 2017

Henry Simonsを忘れないために

この論文The Forgotten Henry Simons (2013)が有益。1899年にイリノイの小さな村で生まれた彼は,経済的理由により(姉がそうしたように)東部の大学に行くことはできず,中西部ミシガン大学で経済学を学ぶ。1927年にFrank Knightの影響下でシカゴ大学で教えるようになるが,経済学部ではテニュアをとれないまま,1939年にロースクールに移籍。1938年のPersonal Income Taxationは,書きためていた作品がその直前に公刊されたもの。彼は自由市場を信奉し,制度学派(institutionalist economists)とリーガル・リアリストを批判するが,このころから学内の知的中心として地歩を固めていく。しかし1946年没。

彼のPersonal Income Taxation (1938)になぜ日本語訳がないか。謎だが,もしもっと長く活動して第二次大戦後の時期を彼が生きていたら,状況は違ったかもしれない。