最判平成元年9月14日判例時報1336号93頁は、租税負担に関する錯誤の有名な事件だ。法科大学院の「租税法」の授業でも、毎年取り上げてきた(金子宏ほか・ケースブック租税法第5版の§163.01)。授業全体のイントロダクションでこの事件を紹介することで、私的取引の構築にあたっていかに租税法が重要であるかを力説する先生もいらつしやる。
この事件で問題とされたのは、改正前の民法95条だった。では改正後の規定でどうなるか。改正前の判例や学説が現行民法95条の改正にどう反映しているのか。腑におちる説明がほしいなあと思っていたところ、山下純司ほか・法解釈入門第2版でぴったりの説明を見つけた。
同95頁以下の山下教授の説明によると、現行法の下では民法95条1項の2号錯誤(「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」)にあたるか、また、同条2項にいう「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」にあたるか、の問題になる。そして、同様の事件を現行95条の下で解決するためには、改正前の民法95条でどのような議論があって現行95条の条文につながったかを確認する必要がある、という(98頁)。こうして、判例の展開とともに、富井説、我妻説、相手方の認識可能性を統一的な要件と考える一元説、動機が法律行為の内容に含まれているかを重視する法律行為内容化説といつた学説の発展が説明される。
民法95条2項の基礎事情の表示をめぐる今後の展望として、山下教授は、法律行為内容化説の基準が見た目ほど明快なものではなく、契約交渉過程のさまざまな事情を柔軟に考慮しなければならないことを指摘する。そして、上記の事件との関係では、「夫婦間で離婚に向け財産分与契約を締結する際に、税金まで考慮に入れた話し合いが行われている以上は、この点に重大な事実誤認があれば財産分与契約をやり直すことが暗黙の前提になっていたと理解することはできるだろう」(107頁)と述べる。
租税負担に関する錯誤無効(現行民法では取消し)を認めるかどうかについて、裁判例は、事実関係に応じて異なる結論を出してきた(前掲ケースブック租税法第5版125頁、東亜由美・租税判例百選第4版35頁、中里実・租税判例百選第5版35頁)。今後も、事案に立ち入った詳細な検討を要するということだ。