26 December 2020

最判平成元年9月14日 租税負担に関する錯誤

最判平成元年9月14日判例時報1336号93頁は、租税負担に関する錯誤の有名な事件だ。法科大学院の「租税法」の授業でも、毎年取り上げてきた(金子宏ほか・ケースブック租税法第5版の§163.01)。授業全体のイントロダクションでこの事件を紹介することで、私的取引の構築にあたっていかに租税法が重要であるかを力説する先生もいらつしやる。

この事件で問題とされたのは、改正前の民法95条だった。では改正後の規定でどうなるか。改正前の判例や学説が現行民法95条の改正にどう反映しているのか。腑におちる説明がほしいなあと思っていたところ、山下純司ほか・法解釈入門第2版でぴったりの説明を見つけた。

同95頁以下の山下教授の説明によると、現行法の下では民法95条1項の2号錯誤(「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」)にあたるか、また、同条2項にいう「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」にあたるか、の問題になる。そして、同様の事件を現行95条の下で解決するためには、改正前の民法95条でどのような議論があって現行95条の条文につながったかを確認する必要がある、という(98頁)。こうして、判例の展開とともに、富井説、我妻説、相手方の認識可能性を統一的な要件と考える一元説、動機が法律行為の内容に含まれているかを重視する法律行為内容化説といつた学説の発展が説明される。

民法95条2項の基礎事情の表示をめぐる今後の展望として、山下教授は、法律行為内容化説の基準が見た目ほど明快なものではなく、契約交渉過程のさまざまな事情を柔軟に考慮しなければならないことを指摘する。そして、上記の事件との関係では、「夫婦間で離婚に向け財産分与契約を締結する際に、税金まで考慮に入れた話し合いが行われている以上は、この点に重大な事実誤認があれば財産分与契約をやり直すことが暗黙の前提になっていたと理解することはできるだろう」(107頁)と述べる。

租税負担に関する錯誤無効(現行民法では取消し)を認めるかどうかについて、裁判例は、事実関係に応じて異なる結論を出してきた(前掲ケースブック租税法第5版125頁、東亜由美・租税判例百選第4版35頁、中里実・租税判例百選第5版35頁)。今後も、事案に立ち入った詳細な検討を要するということだ。

24 December 2020

IFA Japan Branch, Webinar on Digital Taxation

昨日夕刻,IFA日本支部のWebinarがあった。デジタルサービス税の現況,問題点,根拠,向き合い方などをはじめとして,幅広い論点について,活発な意見交換がなされた。時間厳守の報告と,報告を踏まえた的確なコメント,それに対する応答,というやりとりが気持ち良い。フロアからの文字媒体での質問も,時間節約と内容充実に貢献していたと思う。ご高配いただいた関係各位に深謝。

今後のセミナーも今回のように,十分な事前準備のうえ当日のモノローグはできるだけ短く,そのぶん使える貴重な時間をパネリストやフロアとの相互対話にあてる,といった運営を望みたいものだ。

   日時:2020年12月23日 15時~16時30分

 場所:Zoom Webinar

 内容:デジタル課税

 講師:渡辺徹也会員(早稲田大学法学部教授)

 コメンテーター:渡辺智之会員、岡直樹会員、山川博樹会員

 司会:青山慶二会員

21 December 2020

租税法の論文表彰サイトまとめ

日本国内でよく知られたものとして,次のような賞がある。

公益財団法人日本税務研究センターの「日税研究賞」→これは,「日本税理士会連合会との共催で、租税等に関する未公表論文及び既公表論文・著書を公募し、そのうち秀逸と認められたものを表彰することにより、租税等に関する学術的研究の奨励及び研究水準の向上を目的とするものです。応募論文等の審査は、大学教授をはじめ学識経験者等によって構成される選考委員会において行われます。授賞論文等については「入選論文集」として刊行し、広く一般に公表しています。」というもの

公益財団法人租税資料館の「租税資料館賞」→これは,「税法学並びに税法と関連の深い学術の研究を助成するため、税法等に関する優れた著書及び論文に対して、毎年「租税資料館賞」として表彰を行ない、賞金を贈呈しています。 」というもの

公益財団法人納税協会連合会の「税に関する論文」→これは,「公益財団法人納税協会連合会では、租税等に関する研究の奨励及び研究内容の向上並びに学術研究の助成に寄与すること等を目的として、第〇〇回『税に関する論文』を募集します。租税等について研究されている方であれば、どなたでもご応募いただけますので、奮ってご応募ください。」というもの

これらに加え,以前から商事法務研究会賞もあるし,新しく租税法学会賞もはじまった。IFAのMitchell B. Carroll Prizeも有名。



19 December 2020

オンライン版我妻栄関係文書

 J-DAC ジャパン デジタル アーカイブズ センターのサイトに,アップされていた。

そのうち第1部の分類一覧は以下のようになっている。このうちとくに,租税徴収制度調査会のところに直接にリンクを張ろうとしたが(下記赤字の部分),どうやら,分類一覧からクリックしないと入れないようだ。

憲法 憲法改正関係 憲法調査会 憲法問題研究会 憲法普及会・民主政治教育連盟他
選挙制度 選挙制度調査会 選挙制度審議会 土地収用法 土地収用法
租税法 租税徴収制度調査会 租税徴収関係
公法 各省設置法 法務庁関係 火薬類取締法 警察官職務執行法
司法試験 法制審議会司法試験制度部会 法制審議会司法試験法改正関係
上訴制度・司法制度 法制審議会上訴制度小委員会 法制審議会司法制度部会
臨時司法制度調査会 臨時司法制度調査会総会 臨時司法制度調査会
その他 法曹一元関係 海外視察・国内調査 意見書 最終実質審議
司法制度研究会 司法制度研究会
司法その他 法曹一元特別委員会 最高裁判所機構改革問題 検察官適格審査会

12 December 2020

租税行政3.0

OECD (2020), Tax Administration 3.0: The Digital Transformation of Tax Administration

これは,2020年12月の税務長官会議(FTA)でリリースされた文書である。経済社会のデジタル化が進む中で,税務執行のDXを構想する。

Tax Administration 3.0という表現は,次の3段階を意識している(7頁)。

  • 租税行政1.0 紙ベース,手作業,タコツボのプロセス
  • 租税行政2.0 デジタルデータ,デジタル分析ツール,政府の他部局・民間部門・外国との協働
  • 租税行政3.0 納税者の用いるシステムの中に課税プロセスを組み込む

→つまり,現在到達しつつある2.0から一歩進んで,3.0にバージョンアップし,次のような段階を構想するのである(12頁)。

  • 納税が人々の生活や事業活動に統合されたシームレスな経験となる
  • デジタル・プラットフォームが租税行政のエージェントとなる
  • 税務執行がリアルタイム化する
  • 透明なプロセスの下で納税者は賦課徴収をチェックする
  • 政府一体のアプローチをとる
  • ハイテクに適応する人材・組織にする
→そして,こういう段階に至るために何が必要であるか,その構成要素を示している。章立ては次のとおり。

  • 第1章「租税行政3.0への旅」は,租税行政の現況をみて,その構造的限界を指摘し,DXにより何が可能になるかを示す(9頁以下)。
  • 第2章「燃えるプラットフォーム」は,いまなぜDXを検討すべきかを述べる(17頁以下)。理由として指摘するのは,仕事の変化,新しいビジネスモデル,グローバル化,技術の変化,社会の期待である。
  • 第3章「租税行政3.0の実際」は,租税行政の未来像を物語タッチで描く(25頁以下)。
  • 第4章「租税行政3.0の構成要素」は,6つの構成要素を提示する(34頁以下)。それらは,1. Digital identity(37頁),2. Taxpayer touchpoints(41頁),3. Data management and standards(44頁),4. Tax rule management and application(48頁),5. New skill sets(52頁),6. Governance frameworks(57頁)である。

この文書自体は特定の方向を打ち出すものではない。ロードマップの作成などはあくまで次のステップとされている。しかし,税務執行が今後どういう方向になっていくのかを,「租税行政3.0」という言葉で大胆に提示している。国税庁の「税務行政の将来像~ スマート化を目指して ~」とも方向が一致し,税務職員にとっては必読の文献が出たといえよう。のみならず,税理士業務や企業税務に携わるプロにとって,今後はどういうスキルセットが重要になるかを示す道標になる。研修の教材にも使える。税務のプロでなくとも,第3章の仮想未来の物語などは,個人納税者のMaryや,法人を設立するKim,多国籍企業のSmart Falconといった設例になっていて,読んでいて楽しい。DXとかリアルタイムとかいうといかにも新規そうな感じがするが,じつは,多国籍企業の移転価格に関する課税庁のモニタリングなどはそのような動きを先取りしているのかもしれない。

個人情報保護をはじめいろいろ検討すべき点があると思う。ここでは1点だけ。この文書にはノルウェーやオーストラリア,シンガポールなどからのインプットが記されている。これに対し,日本の実務の中にも,各国の参考になるものが多々あるはずである。日本の国税庁がそれらを対外発信して国際的な対話を行っていくことも,今後の租税行政3.0にふさわしい仕事ではあるまいか。

10 December 2020

与党の令和3年度税制改正大綱

リンクはここから。自民党のサイトには次の記述がある。

以下引用*****************

来年度の税制改正では新型コロナウイルス感染症の影響で経済が落ち込む中、厳しい経営環境を下支えするため、研究開発投資に対する税額控除の上限を引き上げや繰越欠損金制度を拡充するほか、雇用を守り、賃上げを行う中小企業を対象にした所得拡大促進税制の延長などを盛り込みました。

個人所得課税についても住宅ローン減税を延長。固定資産税もコロナ禍前の地価上昇に対応するため、令和3年度に限って固定資産税の上昇分を令和2年度水準に据え置くなど、厳しい状況にある方々への対応を行っています。

また、政府与党が掲げる「デジタル化」「グリーン化」の方針に沿った攻めの視点からの新たな税制も創設。納税環境のデジタル化を進めるため、税務関係書類における押印義務も大幅に見直すなど、幅広い改正を含んでいます。

***********************引用終わり

05 December 2020

証券税制研究会の書物が電子化

吉村政穂教授のtweetで,6月発行のこの本が電子化されていたことを知る。各章をそれぞれに,PDFでダウンロードできて便利。研究成果の公表は,日本でもこういう形が増えていくのだろう。以下に目次とリンク先をコピーペーストしておく。

目次

はしがき
成城大学経済学部特任教授 田近栄治

第1章 事業体選択と社会保険料—増大する社会保険料への事業主の対応と帰結—
成城大学経済学部特任教授 田近栄治

第2章 税制が中小法人オーナーの節税行動に与える影響
—法人企業統計個票を用いた分析—

京都産業大学経済学部教授 八塩裕之

第3章 企業貯蓄と税制:予備的考察
中央大学法学部教授 國枝繁樹

第4章 中小企業税制が租税回避行動と企業成長に及ぼす影響
大東文化大学経済学部准教授 布袋正樹
学習院大学経済学部教授 細野薫
一橋大学大学院経営管理研究科准教授 宮川大介

第5章 ACEの税率—産業別財務データによる試算—
日本証券経済研究所主任研究員 山田直夫

第6章 電子化経済と「国際課税原則」
一橋大学大学院経済学研究科教授 渡辺智之

第7章 法人税はどこへ向かうのか?
専修大学経済学部教授 鈴木将覚

第8章 利益移転の実証分析
京都大学大学院経済学研究科准教授 長谷川誠

第9章 2014年税制改正が,個人投資家の投資意識・行動に与えた影響
—マイクロデータによる株式投資に関する実証分析—

東洋大学経済学部教授 大野裕之

第10章 税制と企業統治—企業金融・ファイナンス論の視点—
筑波大学社会工学域助教 折原正訓

第11章 異質な収益率と資本所得課税—正常収益と超過収益—
静岡大学学術院人文社会科学領域准教授・当研究所客員研究員 高松慶裕

 

03 December 2020

IFAインドネシア支部主催のInternational Tax Seminar

日本支部の案内をそのまま,コピーペーストしておこう。登録も簡単だ。

 12月9日および16日にIFAインドネシア支部主催のInternational Tax Seminarがオンラインにて開催されますので、ご案内申し上げます。日本とインドネシアの間には0~2時間の時差がございます。下記の時間は、インドネシア支部がございますジャカルタとの時差(2時間)を考慮した時間となっておりますので、ご注意ください。

【日時】12月9日(基調講演、第1・2セッション)、  15:30-19:00(JST)
    12月16日(第3・パネルディスカッション)、16:00-19:00(JST)
【場所】Online
【内容】基調講演:John Hutagaol (DGT) and Pascal Saint-Amans (OECD)
           第1セッション:Taxation issues in the context of the Digital Economy -  recent international tax developments and lesson learned from Asian Countries
  (Miranda Stewart,  Kuntal Dave, Bruno da Silva, and Arnaldo Purba)
           第2セッション:Current Development in Transfer Pricing - Challenges on the application of Arm's Length principle due to COVID-19
 ( Permana Adi, Balim Boerman, Dwi Astuti, Neha Shah)
           第3セッション:Recent International Tax Updates on impact of Multilateral Instrument Implementation to the Tax Treaty and Tax Treaty dispute resolution.
(Hans Mooij, Sandra Knaepen, P. Putu Oka Kusumawardani)
           パネルディスカッション:recent international tax developments and its implementation in Indonesia
(Ay Tjhing Phan, Cindy Sukiman, Dries Schilderman, Mohamad Hendriana, Andrew Auerbach)
   参加費は無料です。ご興味のある方は、こちらからご登録ください。

30 November 2020

首藤重幸教授古稀祝賀退職記念論集がアップされていた

ここと,ここから,ダウンロードできる。目次は,以下のとおり。

江泉芳信教授 加藤哲夫教授 首藤重幸教授 古稀祝賀退職記念論集 早稲田法学第95巻第 3 号(第 2 分冊)
 論 説
要綱行政の再検討   李   斗 領  (189)
審査請求における審査庁の管轄決定の標準時    岡 田 正 則  (225)
イギリスにおける司法審査請求の今日的要件についての一考察─いわゆる「第 2 段階目の上訴に関する基準:Second Appeal Criteria」の司法審査請求への適用の意義と射程─    長 内 祐 樹  (243)
我が国国際租税法における法令遵守確保策─OECD/ICAP プログラムを展望して─ 川 端 康 之  (269)
持続可能な土地市場政策・法への模索(下)─ドイツにおける農業構造の変動と農林地取引法の動揺─ 楜 澤 能 生  (291)
フクシマ後の原発安全規制と司法審査─基本設計論に着目して─  黒 川 哲 志  (337)
事業承継税制の諸問題   小 池 正 明  (355)
ロースクールでの行政法教育とその成果    小 島 延 夫  (385)
許認可又は免許の更新   小 林 博 志  (413)
原子力規制の変化と行政訴訟に関する一考察─川内原発設置変更許可取消訴訟・福岡地裁判決の検討を中心に─ 下 山 憲 治  (441)
行政の裁判的統制におけるコンセイユ・デタモデルの可能性─ヨーロッパ比較行政裁判制度からみたフランス─ 杉 原 丈 史  (465)
制限行為能力者の納税義務履行行為に関する若干の考察─租税法における私人の行為に係る基礎的考察─ 高 野 幸 大  (495)
自衛隊災害派遣法制の一考察  田 村 達 久  (525)
処分性拡大再論と訴訟選択論に関する一試論    趙   元 済  (551)
消費課税における中小事業者─消費税の性質論を基礎として─  西 山 由 美  (583)
市場規制としてのプリンシプルとその実効性確保    坂 東 洋 行  (607)
地方議会による所属議員に対する出席停止の懲罰議決の司法審査について   人 見   剛  (639)
違法な課税処分をめぐる国家賠償訴訟─固定資産税の誤課税に関する公定力克服の「その後」─ 平 川 英 子  (665)
税務行政の ICT 化の現状と当面の課題    藤 曲 武 美  (691)
地方交付税法第 6 条の 3 第 2 項の解釈と運用    森   稔 樹  (717)
防衛の需要を充足するための土地調達をめぐる法的問題について─ドイツにおける防衛目的の土地調達における衡量判断の枠組みを参照して─  山 田 真 一 郎  (741)
イギリスにおける付加価値税制度と税収ギャップ(Tax Gap)    山 元 俊 一  (771)
学術世界の生態系─アメリカ連邦取引委員会 vs. OMICS 事件を契機として─ 山 本 順 一  (797)
株式対価 M&A と課税─株式交付に対応する課税制度のあり方─ 渡 辺 徹 也  (825)

28 November 2020

ITをめぐる国際政治,米欧の「大取引」を求める論説

The Economist誌2020年11月21日付けBriefingの,次の記事である。
A grand bargain

その論旨はおおきく,3段から成る。
1)ITにおける米国の覇権に中国が挑戦しているとの認識の下で,トランプ政権はHuawei排除などdecouplingに動いたが,今後の米国はEUやインド,日本などと組むべきだ。米欧対立は競争・課税・プライバシーなど多くの局面で存在するが,妥協の余地はある。国が私企業のようにふるまう傾向を放置すると,インターネットの分断(splinternet)によりデジタル保護主義が蔓延してしまう。
2)こういう背景のもとで,いまこそ,大きな取引(a grand bargain)が必要だ。欧州は米IT企業の権益を保障し,その代わり,米国は規制や課税などを受け入れる。問題はそれをどこまで公式のしくみにするか。
3)妥協に至るのは難しい。しかし,二国間協定やゆるい協力よりも,より頑健で(robust)で特化したアプローチが必要だ。たとえばWorld Data OrganizationとかGADD(General Agreement on Data and Digital InfrastructureつまりデジタルインフラにおけるGATT,これなども参照)のようなもの。

この記事が英国の視点から書かれていることに注意は必要である。2)でいう「大取引」の妥協の内容などは,欧州にとって虫のいいことをいっているような気がしなくもない。しかし,なかなかよく取材してある。かつての地政学は地理的領域を基礎にしていたところ,デジタル化の進んだいまや,分析の単位はプラットフォームである,という指摘(第16段落)などは,なかなか秀逸だ。21世紀前半における体制選択が,技術の在り方にかかっている。自由な民主主義を掲げる国々が,どうやって協調路線を組むか。第12段落や第13段落では,Robert Knakedigital trade zoneや,それよりもよりゆるやかな提案として,日本のAPIが米のCNASと独のMERICSとともに打ち出したtechnology allianceに言及している。G20で2019年に打ち出されたOsaka Trackや,Global Parthership in AI(これに関する日本の記事)なども,「大取引」にむけての萌芽として言及されている。

問題はもちろん,3)で論じられているように,「本当に現実化するのか?」だ。この記事は,最後の第34段落で,1944年にブレトンウッズ体制ができたことを引き合いに出して,コロナは世界大戦とは異なるものの,コロナ渦を生き延びることが十分な動機付けを与えるかもしれない,と結んでいる。「幸運に恵まれれば(with luck)」という修飾語つきではあるが。

デジタル経済をめぐる国際課税の動きについては,これまで,巨大IT企業のレントの争奪戦という見地から,Joseph Bankman, Mitchell Kane & Alan O. Sykes, Collecting the Rent: The Global Battle to Capture MNE Profits, 72 Tax Law Review 197 (2019)が導きの糸のようにぼくは思っていた。これに対し,今回のこの記事は,技術圏(technosphere)をめぐる地政学的文脈に光を当てている。よくよく考えなければならない。

24 October 2020

「租税法学習のためのリンク」のトリセツ

大学の授業でご一緒する学生の皆さんのためによかれと思ってリンクを掲げてきたが,不親切にも取扱説明書をつけないままで,もう20年以上になってしまった。遅ればせながら,かんたんに使い方を記しておこう。

租税法学習のためのリンクをクリックすると,授業でよく言及するサイトを並べてある。これが簡略版。そこから詳細版をクリックすると、ほぼ地域別にリンク先を並べてある。日本のものだと,「e-Gov」の「法令検索」から,所得税法や所得税法施行令などをとってくることができる(毎年3月末の税制改正が反映されるまで数か月タイムラグがあることに注意)。裁判例への無料アクセスも充実していて,たとえば「税務訴訟資料」は租税関係行政・民事事件裁判例のうち国税に関する裁判例をほぼ網羅的に収録(それなのにわざわざ事件番号を消してあるのが資料としての価値を損なってしまっていてとても残念)。「SSRN」のサイトは,ワーキングペーパーなどを入手するうえで不可欠。★リンク集を「簡略版」と「詳細版」に分けたことを受けて、記述を修正(2023.12.23)。

税制改正の内容(国税 地方税)は,それぞれ,財務省と総務省のサイトへのリンク。とくに便利なものとして,「国税」→「税制改正の概要」→各年度の「税制改正の解説」と進むと,それぞれの年度改正について立案担当者の執筆した解説が手に入る。解説は現在,平成17年度までさかのぼってみることができる。もっと古いものもアップしてほしいが,いまのところ,紙媒体の「改正税法のすべて」をみるしかなさそう。

租税条約へのアクセスに関しては,先日ポストしたこれをみてほしい。税制史をクリックすると,そこにリンクを張っておいたように,1949年のシャウプ勧告をボランティアの方がアップしてくれている。Literacyは、データベース一覧が便利。★かつてのGACoSがLiteracyに進化したことを受けて、記載を修正(2021.08.13)。

なお,ゼミで租税法の英語文献を読むときに,「この単語の意味がワカラネ」と思って,普通の辞書をみてもまだサッパリわからん,ということがあるかもしれない。そういう困りごとを助けてくれるのが,立教大学浅妻章如教授のこの単語帳

20 October 2020

消費課税と個人情報

今年の租税法学会第49回研究総会は、統一テーマが「消費課税の将来構想」だった。5本の報告・コメントがあり、シンポジウムで質疑応答があった。それぞれに有益で、勉強になった。ここでは、第一報告がその末尾で提出した「個人情報保護」の観点について、メモを残しておきたい。この観点が、当日に議論された種々の論点に共通する横糸として重要であるように私には感じられたからである。

まず出発点として,事業者を納税義務者とする消費型付加価値税は、その執行に要する個人情報がそれほど広範なものにならなくて済む。免税事業者でいられる金額が高い場合には、とりわけそうであろう。これと比較すると、個人所得税の執行には、納税義務者本人の所得稼得状況に加えて、配偶者控除や扶養控除など家族構成員の状況について、かなり広範な属人的情報を必要とする。このような情報提供が原則として不要なのが、付加価値税の重要な特性である。一般論としては、このようにいえる。

もっとも、第二報告に対するコメントで示唆されたことをきいて思ったのだが、電子インボイスとマイナンバー制度を連携させるような「将来構想」までを視野に入れると、必ずしもそうはいえない場合が出てくるかもしれない。取引情報がリアルタイムで官民で共有されていくような未来像である。今後の展開によっては、付加価値税の執行においても個人情報保護について検討すべき点が出てくる可能性がある。
→このような可能性は、第四報告で取り上げられた「経済のデジタル化」にも関係する。政府部門もデジタル化し、社会全体がDXの波に洗われる中で、取引情報の集積から個人の行動をプロファイリングできるような状況も、あながち夢想的なSF物語にとどまらないだろう。
→他方で、課税情報の収集・利用・保管のプロセスがデジタル化によってどれだけ効率化したとしても、第三報告で言及された金地金の密輸入の事案のように、一定のhard-to-tax sectorと課税当局との間の執行面でのせめぎあいは継続するはず。越境取引における国外事業者なども、広い意味でhard-to-taxの部類に入るかもしれない。

付加価値税の話として一般的に個人情報を国家が収集しなくてもいいということであったとしても、政府作用を全体的にみた場合はどうか。
→再分配の要求により人々が国家から給付を求める局面では、やはり個人情報が必要になるはずだ。この疑問に対する応答は、その場合は給付を求める人があくまで自発的に情報提供しているというもの。それはそうなのかもしれない。
→再分配機能を個人所得税で分担するために高額所得者に追加的な情報提供を求めると、それはそれで個人情報保護の観点から問題にならないか。これに対する応答は、豊かな人にはnoblesse obligeがあるというものだ。たしかに再分配の理屈からはそうなるだろう。現行法でもHNWIは国外財産調書を提出しなければならない。シンポジウムでこの議論をきいて、議論のつながりに気づかされた。再分配に反対する人には説得的でないかもしれないけれど。

やや意外なところで個人情報とのかかわりに気づいたのが、走行距離に応じた課税によって環境負荷を抑える提案についてのやりとりである。個別消費税の存在意義としては、外部性に対処することがある。この観点からみたとき、既存の車体課税が効果的な政策手段か。むしろ走行距離に応じて課税することでCO2削減に資するのではないか。この疑問に対する応答の過程で、車のメーターから走行情報を一元的に取得する仕組みと個人情報保護の関係が指摘された。いわれてみれば当然のことだが、政策をスマートに実施するには情報が要る。このことが現れるいい例だ。もっとも、自動運転が日常的になれば、常時Googleに走行情報を把握されていてもほとんどの人が気にしないようになるのかもしれない。プライバシーに関する私たちの認識も可変である。

以上は、学会のやりとりをきいて、私が勝手に思ったこと。個々の指摘を正確に再現してはいない。どなたの指摘かも明示していない。オーサーシップを含めきちんとした記録は、来年夏刊行の租税法研究49号。

07 October 2020

Schoen教授の「課税とデモクラシー」

 Wolfgang Schoen, Taxation and Democracy, 72 Tax Law Review 235 (2019)

「代表なくして課税なし」というとき、民主的入力を決定する者、租税負担を負う者、公共支出の便益を享受する者が一致することを前提とする。しかし、参政権の拡大とともにこの一致は崩れたし、国境を越える個人の移住に伴って「納税しないが投票できる」あるいは「投票できないが納税する」場合が生ずる。この中で、博覧強記の文献引用とともに、課税に関する実体的な制約を憲法上明記することの意義をダイナミックに探求するのが、本論文の魅力である。

本論文によると、John Lockeに由来する「合意に基づく保護」の系譜が英米の「議会を通じて執政府のやりすぎに対して納税者の権利を保護する」ことにつながり、Thomas Hobbesに由来する「内容に基づく保護」の系譜が独の「憲法に実体的な規定を置くことで納税者の権利を保護する」やり方につながる。

個人の移住のうち租税目的でないものについては、非居住者である市民が本国に納税しないままに参政権を行使する問題と、居住者である非市民(国籍を有さない個人)が参政権をもたないのに納税する問題が検討される。これに対し、租税目的で行う移住については、各国の租税競争は、可動性のある個人にとっては民主的過程を改善するが、可動性のない個人にとっては負担を押しつけられるおそれがある。

このような見取り図を描くことによって、本論文は、課税に関して実体的な制約を憲法上明記するドイツ流の行き方に固有の意義を主張しようとする。新たな視角からの問題提起であり,米国流の緩やかな違憲審査基準を展開してきた日本法にとってもインパクトがある。ただし、「多数による専制」による再分配に警戒的な本論文それ自身の哲学的基礎がどこにあるか。また、租税競争との関係での本論文の検討結果は、憲法で租税法の内容に制約を設けても効果的でないというものであり、居住者である非市民の保護に関する筆致とかなり段差があるのではないか。こういった点について、さらに対話の必要があろう。

課税と民主主義に関心のある方にとって、今後の必読文献のひとつとなるに違いない。


05 October 2020

IFAマレーシア支部,国連モデル12B条のWebinar

IFA Malaysia will be hosting a webinar this Thursday on 8 October 2020 and would like to extend this invitation to our fellow IFA branches in the region. We would very much appreciate it if you would circulate this among your members.

The webinar will focus on the recently proposed Article 12B of the UN Model Double Taxation Convention. If adopted, Article 12B will grant the source country greater taxing rights on payments for automated digital services without the need for a substantial physical presence in the source country, and will have potentially far-reaching implications on the taxation of the digital economy.
 
We are honoured to have Mr. Carlos Protto and Mr. Rajat Bansal, members of the UN Tax Committee and the drafters of Article 12B, to share with us the objectives and policy thinking behind Article 12B in the key presentation, and a distinguished panel of speakers from OECD, EY and Netflix who will share their thoughts and analyses of its potential impact from the perspectives of policy, business and tax practice. 

(10月8日日本時間夜に下記を追記)
視聴したところ,多数向けのwebinarながら報告者2名のプレゼンだけでなく,その後のパネルや司会とのやりとり,聴衆のテクスト送信による質問への応答など,かなりインターアクティブで,いろいろなことがわかった。国連モデル12B条という提案が,現在Inclusive Frameworkで議論しているデジタル課税の話とどうつながるかについては,12B条はあくまで二国間の解決で,その意味では各国が単独でデジタルサービス税を入れているのと似たり寄ったりだ,きちんとするには多国間枠組みが必要だ,という見解があった。またマレーシアはすでに1月からデジタルサービス税を実施しているそうで,その経験に照らして,それが「直接税」なら租税条約の範囲内になるが「間接税」なら外れるとか,そのどちらかで執行部局が違ってくることとか,現地特有の問題関心もうかがえた。

今年のIFA総会は7つのWebinars

 IFA Virtual Programme

IFA is very pleased to present its virtual programme with seven webinars to take place from 16 - 25 November 2020. The Main Subjects of this years’ Cahiers and IFA’s regular sessions will be held virtually on the IFA website and on the IFA App. Also IFA’s Young IFA Network (YIN) and Women IFA Network (WIN) will organise a virtual session, and you can visit the virtual poster programme. Through seven dynamic sessions, our experienced speakers will focus on important developments in the world of international taxation.

Apart from the opening and closing event, the sessions will include:

  • Monday 16 November 2020 15.00-18.30 (CET) Subject 1: Reconstructing the treaty network
    General Reporters: David Duff (Canada) and Daniel Gutmann (France)
    Chair: Liselott Kana (Chile)
  • Tuesday 17 November 2020 15.00-17.00 (CET) Subject 2: Exchange of information: issues, use and collaboration
    General Reporters: Armando Lara Yaffar (Mexico) and Tatiana Falcão (Brazil)
    Chair: Christoph Schelling (Switzerland)
  • Wednesday 18 November 2020 15.00-17.00 (CET) WIN Seminar - Impacts of the actual implementation of measures to tax digital economy
    Moderator: Ana Claudia Utumi (Brazil)
  • Thursday 19 November 2020 15.00-17.00 (CET) YIN Seminar - #tomorrowstaxleaders's view on #covid19, #stfah, #thenewnormal
    Moderators: Claudia Suter (Switzerland), Maikel Evers (Netherlands)
  • Monday 23 November 2020 15.00-17.00 (CET) IFA/EU
    Chair: Luc De Broe (Belgium)
  • Tuesday 24 November 2020 15.00-17.00 (CET) IFA/OECD
    Chair: Stef Van Weeghel (Netherlands)
  • Wednesday 25 November 2020 15.00-17.30 Recent developments in international taxation
    Chair: Chloe Burnett (Australia)

The WIN Seminar will be held in memory of Carol P. Tello, President of IFA USA Branch.

The event will be opened by the IFA President, Murray Clayson and the President of the Cancun Congress, Edgar Anaya, on 16 November 2020, followed by a brief introduction on the scientific programme by the Chair of the PSC, Robert Danon. Also, a General Assembly will be held during the virtual event on Wednesday 25 November from 12.00 - 13.30 hours (CET). The programme will be closed by the Chair of the upcoming 2021 Berlin Congress, Christian Kaeser, on Wednesday 25 November after the session on Recent Developments.

Registration is reserved for IFA members and without charge. The sessions will be live but to ensure these sessions are convenient for all participants across the globe, all sessions will be recorded and made available to participants if they wish to access these at a later stage. Registration is now open. Go to My IFA to register and we hope to meet you online!

 

01 September 2020

租税条約の調べ方

調べ方といっても,一次資料については「租税条約へのアクセス」にリンクがある。ここではもうすこし入口を広げることを意識して,私が個人的によく参照する二次文献を挙げておこう。日本では特にここ10年くらいだろうか,租税条約に関する書物が多く出版されているので,以下に記すのはもちろん網羅的なものではない。

OECDモデル租税条約は2017年版が最新で,日本語訳や,解説書籍もある。国連モデル租税条約については,国連の会合に定期的に出席している方々の論説がある(最近のもの)。BEPS防止措置実施条約を織り込んだ解説も出ているし,税務行政執行共助条約の注釈を日本語で紹介したものもある。

それぞれのモデルの差異や,コメンタリーがいつどのように修正されたかについて,いわば「注釈の注釈」を精密に記載するのがLeidenのMaterialsで,聖書注釈の伝統を感じさせる(活字が小さいのが玉に瑕)。この流れをくむ日本語の書物もある。

古典的なものとして,アメリカ法律協会の1991年のこの書物は力を与えてくれ,いつ読んでもすばらしいと思う。フォーゲル教授のコンメンタールは,国際チームに引き継がれた2015年の英語版第4版があり,ドイツ語版は第7版が来年出るそうだ。よりグローバルな範囲をオンラインでカバーするのが,IBFDの国際共同プロジェクトによるGTTCで,私も参加している。GTTCは租税条約に関する各国裁判例のIBFDデータベースにリンクするのが売り。裁判例を集めて毎年研究会が開かれ,その成果がになっている。

他にもよい書物がたくさんあるし,論文に至っては枚挙にいとまがない(たとえば最近味読したこの作品)。しかもこれらは日々量産されている。ここでは,モデル租税条約の起草過程を調べたい方のために公開データベースがあることを付記するにとどめよう。

21 August 2020

Digitalisation of the economy - key public documents 2015-2020

BEPS Action 1のサイトに,これまでの文書へのリンクがある。一覧性があり便利なので,そのままcopy & pasteしておく。
その後,2020年6月にMnuchin letter to four European finance ministersがあり,OECD Secretary-General Angel Gurríaの声明。

2020年8月にblueprintsがInclusive Frameworkに回覧される→ustax-by-maxにまとめ。 今後のタイムラインについては,8月4日付けのこの記事が次のように記す。以下そのまま原文を引用。
  • The OECD had planned to present the blueprints to the relevant OECD working parties and the Inclusive Framework country members by the end of last week. Countries will have until the end of August to comment;
  • The blueprints will be sent for approval of the Inclusive Framework at a meeting in September 2020;
  • They will be presented for final approval/adoption at the OECD Inclusive Framework meeting scheduled for 8–9 October 2020; and
  • The OECD Inclusive Framework will report to the G20 Finance Ministers meeting on 15–16 October 2020, followed by the G20 Leaders’ summit on 21–22 November 2020.

17 August 2020

不平等研究の文献バトル,コロナ以前

Saez and Zucman, The Triumph of Injustice - How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay (2019)は,勇ましい書物である。読者の心を突き動かして,鼓舞するようなところがある。ところがその文献リストには,不平等をより小さく見積もるAuten and Splinter (2019)などが,載っていない。米国で貧富の格差が増加していることがすでに顕著な事実であるだけに,多くの読者は,一つの推計から特定の政策に飛びつく危険があるのではないか。実際には,より精密な実証結果を求めてプロのエコノミストの間で具体的な数字の当否が真剣に議論されている。この事実は,法律家の観点からみても,もっと広く知られてよいと思う。(なお,この書物によるeconomic substance doctrineの理解や,国家主権のとらえ方については,法律家として言いたいことがないわけではないが,ここでは触れない。)

まさにこのような学問的論争の様子を伝えるのが,The Economist2019年11月30日号の記事Measuring the 1%だ(TaxProfBlogにも一部を抄録)。COVID-19以前のものではあるが,なお有益。ほんの数頁で,多くの文献をサーベイしている。そして,Piketty, Saez, Zucmanらの推計よりもヨリ小さな数字を示す研究があることに注意を促して,政策形成者に慎重さを求めている。この記事が出されたのは,米国大統領選挙で民主党候補を誰にするかが争われ,WarrenやSandersが財産保有税の構想を打ち出していた時期である。大きな論点は4つ。

トップ1%の所得 欧州では所得集中がそれほどでもないというのがBlanchet et al. (2019)。そして前述のAuten and Splinter (2019)が,課税と社会保障の効果を考慮に入れた場合には,米国でもトップ1%の所得のシェアは1960年代以降増えていないとする。Auten and Splinter (2019)によると,Piketty, Saez, ZucmanによるDistributional National Accountのプロジェクトには,個人所得税の申告に出てこないmissing GDPの扱いにいくつかエラーがあるという。

中間層の所得停滞 Rose (2016) これ

労働分配率の減少 Rognlie (2015)  Smith et al. (2019)  Cette et al. (2019)

富の計測 Auten et al. (2013)  Hirschl and Rank (2015) Saez and Zucman (2016) Smith et al. (2020) Jakobsen et al. (2020)

この記事に対しては,LSEの人が反論をアップしている。こうして論争は続く。新型コロナ感染症の拡大は富の分配状況にも大きな影響を与えているはずであり,それを織り込んだ事実認識が今後特に重要。日本の現況についても,プロによる精密な計測が待たれる。

FATCAに対する法廷闘争,アップデート

エコノミスト誌の次の記事は,欧州のGDPRを根拠にした法廷闘争が係属していることを報じている。Hands off, Uncle Sam --- Should personal financial data be sent to foreign tax authorities?  Activists argue current rules favour transparency over privacy

Jennyという偽名で提起したテストケースらしい。検索してみたら,こんな記事でていた

ECJはこの7月にも,privacy shieldにクロ判定を突き付けている。そのソースは,これや,これなど。今後,FATCAやCRSに基づく越境データ移転について,ECJとして何らかの判断を下すことになるのか。要注意。

14 August 2020

国連専門家会合,2020年10月のための文書

国連の21st Session of the Committee of Experts on International Cooperation on Tax Matters, 20 October – 6 November 2020, Virtual informal meetings
のための文書が,パブリックコメントのために公開されていた

中でもデジタル経済との関係で注目されるのが,automated digital servicesから生ずる所得に対してグロスの源泉地課税を許容する新しい条文ドラフトだ(New Article 12B – INCOME FROM AUTOMATED DIGITAL SERVICES)。これは,OECDのPillar Oneのunified approachとは,全く異なる。

注意すべきは,下記のように文書の位置づけが示されていることである。あくまで,議論のプロセスの過程にある文書と見ておくべきだろう。
At its 20th session in June 2020, a drafting group composed of those seeking consideration of an additional provision in the UN Model Tax Convention to deal with certain aspects of taxation in an increasingly digitalized economy was mandated to put forward a draft of a proposal along those lines.  This process is without prejudice to the ultimate inclusion or otherwise of any provision in the UN Model and it was recognised that it should take on board not only the calls in favour of such a provision, but also relevant discussions about clarifying objectives and recognizing practical complexities. 
The input document will next be considered in a Subcommittee meeting prior to the Committee’s twenty-first session.  The proposal should be read in the context of previous papers considered by the Committee:   E/C.18/2020/CRP25 of 30 May 2020 and  paper E/C.18/2019/CRP12  of 5 April 2019, as well as paper E/C.18/2019/CRP16 of 30 September 2019 which was not formally considered by the Commission but which informs the discussion.
-    Drafting Group Proposal – Possible Tax Treaty, Provision on Payments for Digital Services
-    Drafting Group Cover Note

アルゼンチンのTeijeiroさんのコメントはこれで,米中の強い反対に直面するだろうと指摘している。

10 August 2020

駒場ゼミ,夏休み自主勉強会

正規のゼミは終わったけれど,その後,夏休み中にゼミ生有志で自主的にthe Economistを読もうという企画が自然発生。すべて学生さんの発案で,これをメイン記事にして,香港からの移住の記事と,グローバルな移民の記事を読んだ。参加者のリサーチも相まって,お盆休みらしからぬ深い議論になった。オンライン夏合宿みたいな感じ。


Inoue and Miyatake, Preservation Principle

井上康一弁護士と宮武敏夫弁護士の近著「プリザベーション原則」は,同原則の意味を比較法的に探る好論文である(Koichi Inoue and Toshio Miyatake, Preservation Principle, in Guglielmo Maisto ed., Current Tax Treaty Issues: 50th Anniversary of the International Tax Group (IBFD 2020) 101-156)。ここにプリザベーション原則とは,国内法上認められる租税の減免を租税条約が制限することがないという考え方のこと。これを明記する条項として日米租税条約1条2などがある。

井上=宮武論文は,米国財務省による説明と異なり,プリザベーション原則が所得税条約と国内租税法との一般的に承認された関係を示すものではないことを,各国の実例によって明らかにする。それは米国特有の憲法構造に由来するものであって,多くの国々では共有されていないというのである。さらに,租税条約を適用する結果として,国内法だけを適用する場合よりも課税が重くなる場合の扱いについて,各国の扱いがまちまちになっており,非対称的な結果が生ずることを具体例で示す。

井上弁護士は2007年のIFA京都大会の機会にも論文を寄稿された(Bulletin for International Taxation, Vol. 61, No. 9/10) 。今回の共著論文は,英文のものとしてはこれに続くものと位置付けられる。いかにもInternational Tax Groupらしく,比較法の知見を活かすことでプリザベーション原則の意味を掘り下げた。そのことによってプリザベーション原則の役割を相対化することに成功しており,学術的な貢献が大きいと思う。租税条約と国内法の関係については,あたかも天から降ってきたかのごとき原則があるのではなく,あくまで各国の憲法構造によって決まるのである。かねてより私も租税条約の受け皿規定が果たす役割を重視しており,この論文の方向には共感するところがある。総論的分析における一元論・二元論や序列などについての記述には近年の国際法・憲法学説の展開を踏まえてさらに検討すべき点もありそうだが,3つの具体例に関する分析は非常に説得的である。

井上=宮武論文の目次はこの第5章のところをみればわかる。3が総論的分析で,4から6が具体例の分析である。1.序論 2.プリザベーション原則をめぐる議論状況 3.プリザベーション原則一般の分析 4.ソースルールの変更 5.PE閾値テスト 6.事業所得の課税――AOAの適用 7.結語

この論文を所収する書籍には,他にも,租税条約に関する興味深い論文が所収されている。とくに第1章で,John Avery Jones氏と宮武敏夫弁護士が,International Tax Groupの50年にわたる知的活動を活写している。International Tax Groupは,ひとつの論文を公表するために納得のいくまでじっくりと時間をかけてきたという。デジタル化が進みスピードへの要求度が高まった現在においてこそ,この姿勢を見習いたいものである。

07 August 2020

租税法学会第49回総会がオンラインで

学会ページへのリンクがこれ。その末尾に明記されているように,今回は会員のみの参加で,例年と違ってオブザーバーの傍聴不可。研究総会のプログラムを引用しておく。
「消費課税の将来構想」
 ①研究報告
「消費課税の意義と将来構想」報告:渡辺智之(一橋大学)コメント:田中治(同志社大学)
「近時の消費税法の改正とその課題」報告:酒井貴子(大阪府立大学)コメント:望月爾(立命館大学)
「越境取引と消費税」報告:西山由美(明治学院大学)コメント:田中啓之(北海道大学)
「経済のデジタル化・キャッシュレス化と消費税」報告:野一色直人(京都産業大学)コメント:渡辺徹也(早稲田大学)
「脱炭素社会と消費課税~車体課税を中心として」報告:柴由花(椙山女学園大学)コメント:神山弘行(東京大学)
②質疑討論

25 July 2020

金融庁,恒久的施設に係る参考事例集の一部改定

7月22日付けで一部改定されていた。改定の趣旨として,次のように説明されている

  • 金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令が改正され、海外の投資運用業者が、海外における業務を継続することが困難になった場合に、金融庁長官の承認を得て日本で一時的に業務を継続できることとなりました。
  • これを受け、金融庁は、当該承認を得て日本で一時的に業務を継続する者の独立代理人の要件等の明確化を図るため、関係当局と協議し、今般、国外ファンドと投資一任契約を締結し特定の投資活動を行う国内の投資運用業者と同様に独立代理人に該当するかどうかの判定を行うこととして、「参考事例集」等を改定しましたので公表します。

→本体は以下からみることができる。

「参考事例集」(PDF:134KB)(令和2年7月22日一部改定)

「Q&A」(PDF:67KB)(令和2年7月22日一部改定)


→なお,同日付けで出された災害等により海外における業務継続が困難になった金融事業者が本邦で一時的に業務を行うための承認制度に関するQ&Aにも,PEについて次の短い言及がある。以下そのまま引用する。
【税法関係】(問3) 外国投資運用業者の役職員が業務継続の目的で来日し、国内で賃借したオフィス、または国内関連投資運用業者のオフィス内で業務継続を一定期間(90 日以内)行う場合、業務継続のみを行うのであれば、当該外国投資運用業者の顧客への営業活動を当該オフィスから行ったとしても、その場所が税法上の恒久的施設(いわゆる PE)として認定されることはない、との理解でよいか。(答)本制度の活用によって、税法の解釈に何らかの変更がなされるものではなく、個々に判断されることになりますので、個別に税務署等にご相談ください。

22 July 2020

Intertaxの48巻8/9号でコロナ特集

「新型コロナと財政政策」の特集として13編。おおまかに分けて,総説編,地域編,国際課税編といったくくり。最後の論文などはかなり辛口で,租税条約の適用について今期のゼミで議論したことと密接に関連。

COVID-19 Nordic Responses (p. 754) 

Åsa HanssonCécile Brokelind

COVID-19 and Fiscal Policies: Tax Policy and the COVID-19 Crisis (p. 794) 

John VellaAlice PirlotRichard Collier

12 July 2020

Doumaさんの人気courseraはこんなシラバスだった

Rethinking International Tax Lawのオンラインコースは2016年くらいから好意的なレビューがあるし,受講者数も多い(本日現在で37815人登録だった)。そこで,オンライン授業の環境になったのをきっかけに,そのシラバスがどうなっているかを眺めてみた(我流Faculty Developmentのつもり)。

6週間の計画で,多国籍企業の国際的タックスプランニングを理解しようとする。そしてこの目標に至るために必要な知的道具立てを,いくつかの柱をたてて講じる。次の構成だ。
  • 国際的タックスプランニング―基本設例(base case)の提示
  • 法人税制のデザイン
  • 国際課税と租税条約の原則
  • 移転価格
  • EU法と国家補助
  • タックスプランニングと倫理的側面
まず第1週ではbase caseとして,多国籍企業がどういうふうに国際的タックスプランニングをしているかを示す。受講者の関心をかきたてるためのいわゆる「つかみ」か。具体的には,2014年の欧州委員会による調査文書をもとに,Amazonがルクセンブルグに知的財産保有会社をおいて欧州各国に進出したときのしくみが紹介される。この例は,米国法とルクセンブルグ法のミスマッチとか,利子費用の控除によって課税所得が減少することとか,ルクセンブルグ課税当局がAmazonに与えたtax rulingとか,それがEU法上の国家補助金の禁止ルールとの関係で問題になることとか,初回にしてはずいぶんいろいろなことが入っている。そこで,これらをひとつひとつ解きほぐしていくだよ,と受講者を安心させて,第2週以下の構成につなげる。

こうして到達目標をはじめに提示しているので,その後の数週間分の学習の方向性がくっきりと見えることになる。なので,法人税制のデザインとか,源泉地課税と居住地課税の調整とか,移転価格とか,EU法上の国家補助とか,それぞれの学習内容はいたってオーソドックスな教科書的内容であっても,受講者は「やっていこう」という動機が継続できるだろう。山頂への見晴らしがよい登山道を歩いていくようなものだ。第6週には,全体のまとめとして,いろいろなステークホールダー(国際機関・各国政府・多国籍企業・アドバイザー・NGOなど)のキー・パーソンにインタビューしている。多様な立場があることを受講者に実感してもらうことで,タックスプランニングの倫理的側面に注意を向けるというやり方。

オンライン授業の工夫もいろいろ参考になる。
  • courseraらしくビデオを数分単位で細分化してある。
  • ビデオの途中で,「ここはつまづくかな」というポイントで,2択の簡単な質問が出てきて,受講者の知識習得を確認して次に進む,というつくり。
  • 毎週,van Raadさんへのインタビューがある。
  • 応用編のトラックがあって,「一歩先に」行きたい人がみることができる(たとえば移転価格の週には無形資産の応用編)。
  • ビデオを文字に書き起こしたファイルもある。
  • 必読文献と参考文献を区別してリンクをはってある。
レビューにもあったが,BEPS実施やEU法のその後の動きを反映しておらず,すこし古くなっている感じはある。DoumaさんもLeidenからAmsterdamに移ったから,まったく同じ形でのアップデートが出るのかどうかはわからない。とはいえ,国際課税を速習するコース設計のひとつの到達点としていまでも参照できると思う。

05 July 2020

最判令和2・7・2クラヴィス事件

消費者金融業者Xが,顧客から受領した制限超過利息等に係る収益の額を益金計上して法人税申告
→Xが破産,過払返還請求権に係る破産債権が確定
→Xが破産債権者に一部を配当
Xが更正の請求(その理由は,過払金返還請求権に係る破産債権が破産手続において事後的に確定した場合には,当該請求権の発生原因となった制限超過利息等に係る受領金額を当該受領の日が属する各事業年度に遡って益金の額から減額して計算すべきであるというもの)
大阪高判平成30年10月19日判例タイムズ1458号124頁がこれを認めていたところ,最高裁で破棄自判。

最高裁は,まず一般的に,次のように述べる。
  • 法人税の課税においては,事業年度ごとに収益等の額を計算することが原則であるといえるから,貸金業を営む法人が受領し,申告時に収益計上された制限超過利息等につき,後にこれが利息制限法所定の制限利率を超えていることを理由に不当利得として返還すべきことが確定した場合においても,これに伴う事由に基づく会計処理としては,当該事由の生じた日の属する事業年度の損失とする処理,すなわち前期損益修正によることが公正処理基準に合致するというべきである。
そして,破産した法人の場合についても,次のように述べて同じことがあてまはるとする。
  • 法人税法は,事業年度ごとに区切って収益等の額の計算を行うことの例外として,例えば,特定の事業年度に発生した欠損金額が考慮されずに別の事業年度の所得に対して課税が行われ得ることに対しては,青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し(57条)及び欠損金の繰戻しによる還付(80条)等の制度を設け,また,解散した法人については,残余財産がないと見込まれる場合における期限切れ欠損金相当額の損金算入(59条3項)等の制度を設けている。課税関係の調整が図られる場合を定めたこのような特別の規定が,破産者である法人についても適用されることを前提とし,具体的な要件と手続を詳細に定めていることからすれば,同法は,破産者である法人であっても,特別に定められた要件と手続の下においてのみ事業年度を超えた課税関係の調整を行うことを原則としているものと解される。そして,同法及びその関係法令においては,法人が受領した制限超過利息等を益金の額に算入して法人税の申告をし,その後の事業年度に当該制限超過利息等についての不当利得返還請求権に係る破産債権が破産手続により確定した場合に前期損益修正と異なる取扱いを許容する特別の規定は見当たらず,また,企業会計上も,上記の場合に過年度の収益を減額させる計算をすることが公正妥当な会計慣行として確立していることはうかがわれないことからすると,法人税法が上記の場合について上記原則に対する例外を許容しているものと解することはできない。このことは,上記不当利得返還請求権に係る破産債権の一部ないし全部につき現に配当がされ,また,当該法人が現に遡って決算を修正する処理をしたとしても異なるものではない。
こうして,「上記の場合において,当該制限超過利息等の受領の日が属する事業年度の益金の額を減額する計算をすることは,公正処理基準に従ったものということはできないと解するのが相当である。」と述べて,本件について更正の請求の要件を満たさないとした。これが原判決を破棄する理由。

さらに,次のように述べて,自判。
  • 以上に説示したところによれば,本件各通知処分が最後配当及び追加配当がされる前にされたことをもって違法であるということもできないから,本件各通知処分は適法であり,また,上告人が本件債権1及び2の発生原因となった制限超過利息等に対応する法人税相当額を保持することについて法律上の原因がないということもできない。したがって,被上告人の主位的請求及び予備的請求に理由がないことは明らかであり,これらの請求をいずれも棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

IFA Cahier 2020が出ていた

1939年以来のcahierで,今回はその第105巻になる。

まず105aが,BEPS防止措置条約実施条約(MLI)によって租税条約ネットワークがどう変わっているかを検討。General Reportは次の2部構成。
Part One: Impact of the BEPS Actions and the MLI on the Tax Treaty Network
1.1. Background to the BEPS Actions and the MLI
1.2. Direct impact of the BEPS Actions and the MLI
1.3. Indirect impact of the BEPS Actions and the MLI(BEPSプロジェクトの過程で締結された二国間租税条約や,MLI署名後に締結された二国間租税条約に対する影響)
Part Two: Practical Implementation of Provisions of the MLI
2.1. Procedural aspects(批准や統合テクストの問題)
2.2. Interpretation issues relating to the MLI and the covered tax agreements
2.3. Interpretation issues relating to other tax treaties
2.4. Tax planning after the BEPS Action Plan
41の支部レポートをもとに,租税条約ネットワークがどう変容しているかを実証的に示している。日本の支部レポートは中村真由子会員が執筆。

105bは,情報交換の問題を扱う。General Reportは次の章立て。
1. Instruments and processes of international application
2. Instruments and processes of regional application(EU法とUS FATCA)
3. Select issues on the handling of tax information subjected to EOI(秘密保持・データ保護・内部通報保護・盗まれたデータの使用)
4. Impacts of virtual currencies on the established EOI frameworks
5. Conclusion
40の支部レポートとEUレポートが基礎になっている。日本の支部レポートは安井欧貴会員が執筆。EUレポート81頁では,欧州司法裁判所に係属中のこの事件についてもコメントされている。

コロナ渦の中,例年どおり国際共同研究の成果が公表されることになってよかった。11月にはオンラインのプログラムを予定。

24 June 2020

オフショア間接譲渡ツールキットを読んでみた

PCTのThe Taxation of Offshore Indirect Transfers Toolkitを,法科大学院のゼミで読んでみた。一人だけで読むのとは違って,いろいろな角度からの質問や意見が出て,この文書をいますこし多角的に読むことができたと思う。参加者に感謝。
  • Vodafone事件のインド最高裁判決(24頁)は,どういう理由付けで課税を否定したのか?長い判決だから全部読むのはなかなか大変。しかし日本でもいくつか研究があるし,その中でも居波論文などはオンラインで簡単に読める。
  • この文書はモデル1(原資産のみなし譲渡課税)とモデル2(外国株主による株式譲渡益に対する課税)の間で優劣をつけていないという(7頁末尾)。でも,途上国の税務執行資源不足を考えると,モデル1のほうがおすすめ,ということではないか?
  • モデル1については,二重課税を排除できないとか,現地会社の法人格の独立性を否定しているとかのデメリットがあるという(43頁)。これは資本輸出国や多国籍企業の利害を反映したものではないか?逆に,モデル2は執行面で課題があるということだ(51頁)。となると,モデル1とモデル2のどちらを選ぶかというレベルで,資本輸出国や多国籍企業vs.資本輸入国の潜在的対立があるのではないか?
  • 中間に介在する会社の居住地たるLTJ(low tax jurisdiction)は,このような課税を嫌うのではないか(11頁の設例)?原資産所在地国が源泉地課税を拡張するあまり,LTJの経済戦略を損なう形で課税の手を伸ばしてしまっているのではないか?また,そうだからこそ,税務執行上の課題が生ずるのでは?租税条約で規律すべき事項では?MLI9条にケイマン諸島などは文句をいわないのか?
  • 原資産所在地国がLSR(location specific rent)をつかまえることに国家間衡平および効率性の観点から理由があるというのがこの文書のスタンス。このスタンスを真剣にとらえる場合には,不当に手を伸ばしているという評価にはならないのではないか?
  • 多国籍企業としては,原資産所在地国のキャピタルゲイン課税を回避するために,何層にも株式所有関係を作り出して,上流の株式を譲渡することで,原資産そのものを譲渡したのと同様の経済効果をもたらすことができる。ならば,原資産所在地国が課税の手を伸ばしていくのも自然ではないか?
  • 原資産所在地国の居住者が,わざわざLSRのentityを介して,自国の不動産化体株式を所有する場合がある(round tripping)。このいう使われ方には防御策を講じてしかるべきではないか?
  • この文書を読んだ途上国の租税政策立案者は,勇気づけられるだろうか?2つのモデルの提示や,対象資産の定義の重要性の指摘は,たしかに役に立つだろう。でも,執行面の課題が大きいというアキレス腱について,改善の見込みはどれほどあるのだろうか?
  • この文書は,各国がまちまちの国内法をもっているので,より統一性のとれたアプローチが租税の確実性(tax certainty)を向上させる,と結んでいる(55頁)。本当だろうか?
だいぶいろんな論点を生む力のある文書であることが,議論していて感じられた。ほかにも,脚注4で主要な先行研究をおさえている点,Kaneの議論を踏まえて税収上の含意をタイミングのそれと同定している点(これはモデルの前提条件に依存しているものと思われた),モデル租税条約13条4の採択動向を実証的に示している点(39%だったという)など,研究面で参考になる点が多い。
Cover page of Toolkit For Addressing Difficulties in Accessing Comparables Data for Transfer Pricing Analyses - Discussion Draft

13 June 2020

Cristobal Young, The Myth of Millionaire Tax Flight

億万長者の税目的による移住は,統計的には小さな規模でしか観察されない。このことを実証する研究。
How Place Still Matters for the Rich
SERIES: STUDIES IN SOCIAL INEQUALITY
2017

【概要】本書のリサーチ・クエスチョンは,《グローバル化時代において豊かな人とその人が住む場所にはいかなる関係があるか》である。つまり,「可動性のある富豪mobile millionaire」なのか,「埋め込まれたエリートembedded elites」なのか。本書の答えは後者である。
 まず,米国の各州の間で富豪がどの程度移住しているかを,1999年から2011年の所得税申告データ4500万件をもとに実証。その結果,低所得者のほうが高所得者よりもひんぱんに移住することや,個人所得税が高い州と低い州の間での移住が統計的には小さいこと,結婚し・子どもがいて・働いている場合に移住しにくいこと,などが示される。
 つぎに,国際的な移住について,フォーブスの2010年富豪番付1010人をもとに検討する。その結果,富豪は生まれた国に住み続けるのがほとんどで,課税目的で移住する数は統計的には小さく,移住する時期は子ども時代・キャリア前・成功後,といったことが示される。移住する代わりにオフショアに資金を隠すのではないか,という仮説についても,所得税のない湾岸諸国の富豪がオフショア口座の上顧客であることなど租税以外の目的を強調。結局,富豪の5-6%がmobile elitesで,グローバル金融資産の5%が課税目的でオフショアに置かれる,と結論。
 ではどうして富豪にとって場所が意味をもつのか?それは,所得がどこに住むかに依存するからだという。つまり,場所に基盤をもつ人的資本や,社会的資本が特定の場所に集積しており,そこに住んでいるからこそ富を稼得し維持できる。だから,シェンゲン条約以後も西欧諸国間での移住は起きなかったし,NAFTA以降も米国市民はメキシコに移住しなかった。
 こうして本書は,米国の州が所得税の最高税率を引き上げること(millionaire taxes)は,多くの人の通念に反し,富豪の深刻な州外逃避を引き起こすわけではないとする。

【コメント】この話こそが,HNWIの課税を考える上で一番知りたいこと。富豪がどこまで可動なのかによって,所得税の最高税率の設定や,税制全体の累進度の設計が,大きく違ってくるからだ。
 そして私たちは,スポーツ選手やロックスターの国外移住といった華やかなアネクドートを耳にするたびに,「ああ,豊かな人はこんなに簡単に国境を越えて移住するのだ」と思ってしまう。日本でも武富士事件やユニマット事件など,裁判例に登場する国外転出事例の印象がとても強い(日税研論集74号85頁以下を参照)。
 本書はこれに対する反証を提示している点で,きわめて注目される。米国の州間の移住に関する実証は,所得税申告データをもとにしていて,なかなか説得力がある。国際的な移住に関する話は,今後深堀りが必要だろうが,Forbesのリストからできるところまでやってくれた,という感じ。2017年12月にLSEで本書に関するシンポジウムがあり,評者が「英国でもここまでの実証研究ができていない」とコメントしてる。
 何よりも,富豪も人間だから,個人としての生活があり,ライフサイクルがある。人的資本を蓄積し稼働させることができる場所が限られていること。文化的適合性や情報交換にとって「その都市」が大事であること。だから移住する場合が限られる。この説明は直感的にしっくりくる。
 もし本書の主張が正しいとすれば,その租税政策に対する含意は普遍化でき,かなり大きいものになる。私は日本の税制に関心があるので,まずは日本のデータを対象にした良い実証研究があったら,教えてほしいものだ。東京23区とそれ以外の移動とか,富裕層の出国・入国とか,何らかのデータはありそうなのだが。
 それに,コロナ以後はどうなのか。もし国境を越える人の移動が制限され,オンラインで働くことが新常態になったとしよう。そうなったら,富豪の移住動態にはどう影響するのだろうか。租税政策にとって重要なことが,今後の究明を待っている。
Cover of The Myth of Millionaire Tax Flight by Cristobal Young